第12話

「全員、位置について。よ~い。」

『ピー!』『バシャーン!』

「おお、いいぞ。みんないいスタートだ。その勢いで記録更新だ。」

 真っ赤なジャージと首にホイッスルをぶら下げた男性体育教師。体操服の上からでも胸板の厚さが十分見て取れる。白い帽子に太陽光がわずかに反射している。

 夏空には少し遠い、薄いブルー。まだ初夏で水に入るにはまだ肌寒い中、学校では水泳の授業が始まっている。25メートルプールの回りにはスクール水着の男女が体育座りをしては隣の生徒と小さな声で談笑している。授業という緊張感には欠けているようにしか見えない。一定の間隔を置きながら、生徒たちはプールに飛び込んでいく。

「ぶくぶく!た、助けて~!」「ぐぁ!ぶはぁ!く、苦しい~!」

 泳いでいた男女の生徒が水面から手をあげている。明らかに溺れかけている。

「待ってろ~!これに掴まれ~っ!」

 体育教師は救命用の黒い浮き輪を波立つプールに投げ込む。『ザバン、ザバン』。ふたつ投げ込み、もうひとつは色黒の屈強そうな男子生徒がロープを握りこんでいる。水泳部員だろう。プールでもがいていた男女の生徒はいずれも浮輪に抱きついて、事なきを得た。そのままプールサイドに上がると、特に何事もなかったように、座り込んだ。水を飲んだ様子もない。

「大丈夫です。」

ふたりとも教師の問いかけにはそう回答した。教師が念のため保健室に行くよう指示をしようとした時、授業終了のチャイムがプールにも聞えた。そのままふたりは更衣室へ移動した。

「「「「「「「「キャー、キャー、キャー、キャー、キャー、キャー!!!!」」」」」」」」

「「「「「「「「ぐはッ、ぐはッ、ぐはッ、ぐはッ、ぐはッ、ぐはッ!!!!」」」」」」」」

 突如、男女それぞれの更衣室から悲鳴と絶叫が気狂いのように交差する。

「どうしたんだ?」

 体育教師が女子更衣室のドアをぶち壊さんばかりの勢いで、開いて中を除く。

「「「「「「「「キャー、キャー、キャー、キャー、キャー、キャー!!!!」」」」」」」」

 さらに混乱を招いた。無論体育教師は覗きのために侵入したわけではない。生徒の安全確保のためだ。こういう場合、男子より女子を優先するのが、教師としては当然である。決して役得などではない。たぶん。

「「「「「「「「先生、覗かないで~。」」」」」」」」

 こんな声が沸き起こる中でも、生徒のためだと冷静になっている教師。

「いったいどうしたんだ。」

 大半の女子が水着のままで、興奮している中で、ひとり眼鏡をかけた生徒が落ち着いた口調で教師に向かう。

「先生、あれを見てください。あの男子生徒が何気に女子更衣室で着替えているんです。」

 そこにはすでに水着を脱いで、女子の下着を手にしている男子生徒。どう見ても変態・痴漢行為にしか見えない。さきほど溺れた男子生徒である。

「おい、ちょっと、こっちへ来い!」

 男子生徒は教員室へ引っ張って行かれた。

 一方、男子更衣室では、同じく浮輪で救われた女子生徒がいきなり、着替え始めて、大量の鼻血を出して倒れる男子生徒が続出。こちらは真面目な生徒から、連れ出されていた。

 異変はそれだけでは済まなかった。

「ただいま。」

 帰宅したある男子生徒。出迎える母親。

「ママ、お腹空いたよ。早くごはん食べたいな。」

「あなた、誰?うちの娘と同じ学校の男子制服着てるようだけど。」

 女子生徒の家ではこの逆のことが発生していた。


執事李茶土の声がマイクもないのに、生徒会室に反響する。執事の声は良く通るのか。

「今お話したのが、現世のとある学校のプールでの事件です。こうした前代未聞の事件がいくつも発生したのです。学校側が溺れた生徒たちと面談すると、どうも一緒におぼれたものの魂が入れ替わるというとんでもない事件のようなのです。男女が入れ替わると困りますよね。仕方なく学校側は魂優先で、表面女子、内面男子であれば、男子として扱います。変な話ですが、男子ばかりの家に、娘が来て家族が喜ぶというような奇妙な事象が生じています。でも大半は困っている。魂優先なので、男子が女子の着替えに混じる。その逆もありです。そのうち、なりすましも登場し、大混乱を招いています。この事件を解決するようにとの閻魔女王様のご指示が出ております。」 

 嘘つき少女・真美の事件が解決?したのもつかの間、新たな事件が勃発した。生徒会室に集まる四人とオレ。絵里華はすっかり元気になっていたが、オレは夢遊病者のようにふらふらしている。当面の策は検討未了のうちに、次の指令が来てしまったという状況である。しかし、事件解決って生徒会の仕事?

「そういうわけでこんな指令が出てしまったので、とりあえずやるしかない。状況を確認するためにはまずは実際に行ってみないと。みんないいかな?」

 美緒は副会長としてしっかりと仕切っている。

((わかりましたどす。))「どうしてもっていうなら行かなくもないわ。」「美緒たんと一緒だよ。」「・・・。」

 オレは無言だが、生徒会長なので当然同行することになっている。生徒会長ってこんな軽いポストだっけ。

 

 五人は現地の高校に到着した。

「どうして、また夜なのよ?今回は授業中に出たようなので、昼の活動かとてっきり思ってたのに。」

 由梨はさかんに美緒に抗議する。

『ガタガタガタガタ』

「由梨、夜は怖いのかな?」

 美緒が薄ら笑いを浮かべながら由梨に視線をやる。

「ち、違うわよ。まだ夜は寒いじゃない。だいたい水泳授業にはまだ早い時期なのよ。」

「でも水温はそれほどでもないよ。ほら。」

 万步はいきなりプールに飛び込んだ。『キャッキャッ』言いながら、バシャバシャと水をかいている。

「アイドル時代を思い出すなあ。」

 すっかりプールを堪能しているようだ。ちなみに、スクール水着に身を包んでいる。他のメンバーもそれは同じ。ということは、都も同じである。メンバーのスク水には名前など貼っていないが、由梨だけは『6-2 たいなか』とマジックで書いてある。お約束である。

 プールサイドに都を残して、四人は水の中にいる。

「きゃっ。やめてよ、万步。いくらあたしのボディがナイスだからといって、触ったらダメだよ。オシリがムズイよ。ぽっ。」

 照れながら由梨が万步に向けて軽く注意をした。なごやかではある。

「まっほは何もしてないよ。」

 確かに、ふたりの距離は3メートルは離れているので、あり得ない。

「じゃあ、いったいだれが?」

 由梨がそういう間もなく、プールの水面はそれまでとまったく違う様相を呈している。あちこちで波が季節外れのサンタクロース帽子を並べたように立っている。波はマスゲームのようにきちんと整列している。不規則な並び方が普通であるだけに、これはこれで奇妙である。しかしそんな要警戒の雰囲気がMAXな中で。

「カメラ持ってる男子は集まってね。」

 万步はカメラ小僧を呼んでいた。相手はもちろんジバク。万步に緊張感なし。

((腐女子はこの指とまれどす。))

 絵里華はオタ女子を探していた。相手は当然ジバク。絵里華も緩んでいる。

 オレはプールサイドでぼんやりしている。目に力がまったく入っていない。

「みんな気をつけろ。様子がおかしいぞ。」

 美緒はすでに剣を構えている。その目つきはハンターのように、獲物を見つけたようだ。

 プールに立っている波と思われたものにだんだんと色がついてきた。青白い肌色。人の手だ。それも無数。水面で地獄へ誘うように蠢いている。見ていると三途の川に呼ばれているかのような錯覚に陥る。いやそれが現実か?さらにひそひそ話声らしきものが聞こえる。

「き、気持ちわるい。怖いわ。」

 由梨は不気味な手の軍団に取り囲まれてしまった。だらしなく緩やかに曲がった指先が由梨のからだに触れてきた。背中、首、お腹を襲っている。そして、胸やオシリにも攻撃の手が回り始めた。

「キャー、いやだあ、美緒助けて~!」

「ぬおおおおお~。」

 美緒は疾風のごとく、由梨に近づいて、一気に青い手群を斬り落とした。しかし、それらはすぐに元に戻ってしまった。水だから当然である。

 万步と絵里華はそれぞれの武器で防御している。

 あちこちでジバクが暴れている中で、ひとり、学生帽を被った者がちらりと見えた。

「これでは拉致が開かない。みんな一旦引き揚げるぞ。」

 四人はオレを引き連れて生徒会室へ帰って行った。

 

 オレを含めて五人が生徒会室のソファーに腰掛けている。

「さあ、今回はやっかいな事件だな。」

「何がやっかいなの?」

 万步が首を傾けた。

「プールはジバクでいっぱいだ。プールで遊びたいと思うジバクはたくさんいる。その中にリーダーがいるのだろう。おそらく、そのリーダーがジバク全体の意識に働きかけて、騒動を起こしていると思われる。だが、あの人数の中から見つけるのは大変だ。」

「そういうこと。じゃあ探す方法を考えないとね。それならあたしにしかできないことね。」

 由梨は自信ありげだ。

「なにか、具体策があるのか。」

 美緒は身を乗り出して、由梨の方を見る。

「そ、それはあとから言うわ。セ、セレブはトリを務めるのが普通だわ。」

「そうか。その口ごもりぶりからして期待はしないことにする。」

 美緒はばっさり斬った。

((うちはリーダーを見たどす。))

 絵里華が切れ長の目を輝かせた。

「なに?そうなのか。で、どんなヤツだった?」

((学生帽、学ランを着ていたように見えたどす。))

「ということは男の子なのかな?わくわく。」

 万步のテンションが上がった。

「そ、そんなこと、あたしには初めからわかっていたわよ。」

「そうか、そうか。じゃあ、そいつを呼びだす作戦はなんだ?」

「そ、それは後のお楽しみよ。」

「うむ。とりあえずそういうことにしておこうか。」

 美緒は上から由梨を見下ろした。これは精神的でもあり、物理的でもある。身長差である。

「し、信じてないわね。」

「じゃあ、どうするんだ。策を語って頂こうか。」

「わ、わかったわよ。あ、相手が学生服なら、こ、こっちは・・・。」

「こちらは?」

「せ、セーラー服よ。」

「セーラー服だと。どういうことなんだ。」

「向こうが学生服なら、きっとあたしたちのセーラー服の魅力に靡くはずよ。はあはあ。」

「なんだ、息切れなどしおって。でもそれはいいアイディアかもしれんな。」

「そうだね。男子なら、万步たちの制服コスに萌えちゃうかもね。」

「『制服コス』だと?神たちは高校生で、普段がブレザーというだけで、セーラー服は正装に近いと思うがな。まあいい。名付けて『セーラー服コスでジバクをしばく作戦』。じゃあ、これでいこう。」

 ということで、ダサい名前の作戦が展開されることとなった。


 再び夜の学校プールに集合した五人。全員がセーラー服。素材は水着である。

 美緒・金、絵里華・赤(本体+アルテミス)、由梨・黄色、万步・ピンク、都・青色。なぜ、色を変えたかというと、ジバクの好みがわからないからである。これだけ揃えればどれかにヒットするであろうという、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるやり方。

「なかなか似合うではないか。」

((そうどす?嬉しいどす。))

「当たり前だわ。セレブにはなんでもOKなのよ。フンだ。」

「まっほ、いつもいろんな制服着てたけど、これは特にかわいいな。」

 胸に大きなリボンがついているのが特徴。

 そうこうしているうちにプールが波立ってきた。この前と同じ状況である。たくさんの波の山の中から、黒い学生帽が見えてきた。

「あいつか。向こうから出てきたな。この作戦が成功したらしい。」

「そうね。あたしの魅力の虜になってるはずだわ。」

「そういうことにしておこう。よしよし。」

 美緒は由梨の頭をなでなでしている。

「ちょ、ちょっと、気持ち悪・・・気持ちいい。」

 由梨は官能的な表情で、恍惚としている。美緒の技はスゴイらしい。

「なにを騒いでいる。お前たちはいったい何者だ。」

 ついに学生帽は美緒たちの前に出てきた。

「そちらからやってくるとは好都合だな。我らは霊界から来たが人間界にいる生徒会だ。」

「複雑な境遇の生徒会だな。全部女子のようだな。女子高か?それなら興味あるのだが。」

「いやそうではない。女子でないものもいる。」

「女子高でないのは残念だ。出てきた意味がなくなった。帰る。」

「ちょっと待て。ここにいる女子四人ならどうだ。」

「レベル高いな。でも俺の好みではないな。何かサービスはあるのか?」

「そんなことはどうでもいいだろう。それよりも貴様名前を名乗れ。我は神代美緒だ。神と呼ぶがいい。」

「自分で神とは恐れ多いヤツだな。いいだろう。その鼻柱をへし折ってくれる。俺は倉井光(くらいひかる)だ。よく覚えておけ。」

「暗いのに光るのか。矛盾だらけの名前だな。」

「ほっとけ。親が勝手に付けたものだ。俺はそもそも気にいらんのだがな。」

「倉井光よ。貴様がこのプールのジバクどもの大騒ぎを起こして、さらに現世の人間の魂を入れ替えたりしてるんだな?」

「そうだとしたらどうする。」

((退治するだけどす。))

「天獄か地獄に行ってもらうわよ。」

 いきなり、絵里華と由梨が倉井に飛びかかった。『カッ!』同時に、倉井のからだから光が放たれた。ふたりは倉井に触れたかどうかのギリギリのところで、跳ね飛ばされて、プールのフェンスにけたたましく激突した。金網が人型に湾曲している。

「絵里華、由梨、大丈夫か?」

 美緒、万步が慌ててふたりに駆け寄り、心配そうに抱きかかえる。

((う、う、う。痛いどす。))

 絵里華はアルテミスを胸に抱えた本体が倒れたのであるが、痛いというのは人形のみ。

「い、痛かったわ。」

「よかった。絵里華たんも、由梨たんも無事だね。」

 万步がふたりの腕を掴んで、ぶんぶん振って喜んでいる。

「ちょっと待て。絵里華、こっちへ来てくれ。」

((美緒はん、何どす?うちは大丈夫どす。))

 ゆっくりと立ち上がって、歩き出したのは由梨。

「あれ?由梨たん、どうしたの。」

「やはりな。やられてしまったな。」

「美緒たん、どういうこと?」

 万步の頭には?マークがえのき茸のように生えまくっている。

「入れ替わりの術を使われたんだな。これまでは男女だったが、女子同士でもできるらしいな。」

「ちょ、ちょっと、絵里華、あたしのナイスバディを返しなさいよ。」

「それはこっちのセリフどす。こんなロシア大平原のような胸は、うちにまったく似合いまへんどす。」

「い、言ったわね!あたしの方がはるかにアルプス山脈、いやエベレスト、チョモランマよ!」

「そう言わはるなら、そのバストを触ってみるどす。」

 由梨はセーラー服水着の胸元に手をやってみる。

「・・・す、スゴイわ。これがホンモノ?モミモミ。あは~ん。」

((こら、うちの大事なものに勝手に刺激を与えるんじゃないどす!))

 眉根を吊りあげて、猛抗議する由梨、ではなく、絵里華人形。つまり、『外見由梨』が絵里華人形を抱いて、喋りは人形が担当しているという構図。

「おいおいふたりともそんなことをしている場合じゃないぞ。お前たちをそんな風にした張本人はそこだぞ。」

 美緒は倉井を指差した。倉井は両手を腰に当てて、ニヤリとしている。

「俺にむやみに触れるとこうなるわけだ。自業自得ってやつだな。」

「そういうことか。これはやっかいな相手だな。ふたりを元通りにするにはどうしたらいんだ。」

「さあな。俺を倒せばわかるだろう。わははは。」

「ならば力づくでいくか。ならば武器を使うしかないな。」

 美緒はお面を外して、戦闘態勢に入った。薙刀が月光を浴びて、鋭さを増す。

「そう来ればこちらも闘るしかないな。まずはこいつらが相手をするぞ。」

 水の中から次々と男子ジバクが出てきた。全員海パン姿。それもブーメラン型。揃って、ボディビルダーのように、力こぶを形成している。筋肉には青筋が立っている。数十人で行うポージングは不気味としかいいようがない。

「こ、これは、せ、正視できない。」

 さすがの美緒も目のやり場に困ってしまった。

「うわあ。こういうの久しぶり。うきうき。」

 万步はアイドル水泳大会にも出ていたので、男性アイドルのこういう姿には免疫がある。但し、見ているのはいいが、戦闘意欲にはまったく欠けていた。

((恥ずかしいどす。))

 アルテミス、本体共々顔を覆い尽くす絵里華グループ。本体とは『外見由梨』なのでお間違えなく。

「こんなの見てられないわ。」

 『外見絵里華』の由梨も顔を押さえている。しかし、こっそりと指の間から瞳を輝かせているのはいかにも乙女チックである?魂は入れ替わったまま。

 海パンジバクたちは、少しずつ美緒との間合いを詰めてきた。美緒は俯いたままで、戦意を喪失したようである。薙刀はお面に戻っている。顔を隠すためだ。海パンジバク軍団はついに美緒のところにやってきた。

『ベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタ』

「うあああああああああああああああああああああああ!」

 美緒は気絶してしまった。そもそも男嫌いの中で、こんな数に攻撃をされたらたまったものではない。攻撃といっても、からだを触られただけなのだが。

「わははは。俺の勝ちだな。他の連中はどうだ?まだ俺に抵抗する強固な意思は持ち合わせていないだろうがな。」

 倉井は万步に蔑んだ視線を送る。

「まっほは別に大丈夫なんだけど。」

「ほほう。強気だな。ではこいつらの餌食にしてやろう。そら、いけえ~。」

 倉井の号令に従い、プールの中での移動が始まった。波が一定方向に動いていく。それはひとつの塊となり、巨大なグリズリーのように万步に襲いかかっていく。万步は凶悪な爪の餌食となるのか。

「まっほはぁ、イタズラッ子は嫌いなのよ。みんな近くから応援してね♪」

 万步は右手のVサインを横にして、右目に持っていく。そしてウインク。

「「「「「「「「「「ぐはっ!!!!!!!!!」」」」」」」」」」」

 プールが真っ赤に染まった。ジバクたちは次々と沈んでいく。

「万步が助けてくれたな。」

 苦しげな表情ながら、美緒が一言吐いた。万步はアイドルパワーでジバクを倒した。これは自分の身を守るという精神防御の力の成せるワザ。

「ほう。お主、なかなかやるな。俺の部下もだらしないがな。」

 万步はいつものように笑顔をみせながら倉井に近づいていく。

「倉井たん。お話があるんだけど。」

「なんだ、拍子抜けなヤツだな。何が言いたい。」

「倉井たんは女の子だね。」

「・・・。」

「やっぱり。」

「な、なにを言う。この学ランが目に入らぬか~!」

「でもその豊満な胸は何かな?」

「こ、これは防御服だ。胸の部分を補強しているんだ。日夜バトルモードだからな。」

「説明ムリだね。では失礼して。」

『ボヨーン。ボヨーン。』

「よく弾むね。気持ちいいな。」

「こ、この野郎!な、何をする。」

 万步は攻撃の手を緩めない。万步の防御力には入れ替わりの魔法も効かないらしい。

『モミモミ。』

「あ、あ、あ。」

「ほら、こんな真っ赤になって。」

「や、やめろ!これは誰にも触れられたことがないんだぞ。」

「そんなに大事にしているんだ。」

「そうじゃない。俺は男だ。誰も相手にしない。」

「まだ言い張るんだね。ではもっと激しく行くよ。」

「や、やめてくれ。俺の話を聞いてくれ。」

「やっとその気になってくれたね。」

 万步は落ち着いた表情で笑顔を作った。でも目は笑っていない。

「確かに俺は外側は女だ。でも内側は男だ。」

「なるほど。つまり、性同一性障害の女子ということだね。」

「そういう表現は好きではないな。人間の本性はあくまで中身だ。それが男であれば男性とすべきだろう。」

「そうなんだ。生き方に関する考え方は人それぞれ。いいんじゃない。」

「ずいぶんとものわかりがいいじゃないか。こんな発想は現世ではすべて否定されていたぞ。」

「そうかもしれない。でもまっほには理解できるよ。」

((それはうちも同じ思いどす。))

 『外見由梨』絵里華がツインテールを揺らしながら、割って入ってきた。由梨の姿での京都弁はなかなかかわいい。

「なんだ、どいつもこいつも女、女じみてやがる。」

((倉井はんの話を聞かせておくれやす。))

「面倒くさいな。でも俺の気持ちを聞きたいというのは珍しい。そこまで言うならきちんと話そう。」

「俺は子供の頃は親から女の子としてちやほやされていた。近所の人たちもそんな扱いで、地元では有名な美少女だった。」

 倉井はおもむろに黒い学生帽を取った。はらりと短い髪が落ちる。細い目尻にブルーの丸い瞳。ムーンライトを浴びて艶やかに光っている。帽子のつばに隠れていた目はやや吊り気味で鋭いが、長い睫毛がやわらげている。

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