第2話
* * *
写真部の部室は、古びた部室棟の片隅にある。
写真部は一時期活動を休止しており、さらに部員が千仁と政志だけと少ない。そのせいかほかの部室にくらべて、半分ほどの大きさしかない。ひっそりと活動している写真部にふさわしく、こじんまりとした部屋だ。
ふたりが話をしていたのは、部室の窓際だった。古びたカーテンが、風をかすかに受けてゆれている。
ふたりの低い声が聞こえてきたのは、千仁が部室に置き忘れた荷物を取りに入ろうとしたときだった。
那智は大学生で、千仁たちの先輩だ。よくOBとして写真部の面倒をみてもらっているが、ここのところ見かけることはなかった。
珍しいと思いながら入ろうとしたのだが、ふたりの声音が思いのほか、深刻そうだったので、千仁は足を止めていたのだ。
そのままドア横の壁にはりついて、耳をすませてしまう。
「……先生、本当に行くんですか」
「ああ。怪奇現象が起きるっていうなら、なおさらだろう」
「でも、ひとりで? あの広い学寮に?」
那智の声音はすこし苛立っているようにも聞こえる。ふだん、どこかけだるそうに日々を過ごしている那智が声を荒らげるのは珍しい。
対して諸泉は、いつも以上に落ち着いた声だった。不自然なまでの落ち着きぶりだ。
那智の言う学寮とは、ときどき研修で使われる、海近くの宿泊施設のことだろうか。千仁は入学してすぐに行った学寮をおぼろげに思い出しながら、ふたりの会話に耳をすませる。
「ほかに人がいないんだ。それに……噂が本当なら、誰かを巻き込むわけにはいかない」
諸泉の落ち着いた声に、熱がこもるのを感じる。いつもどこか生気がなく、存在感の薄い諸泉が、熱のこもった声を上げるのは、さらに驚くべきことだった。
いったい、学寮になにがあるのだろう。ドアの向こうでは、不自然なまでの沈黙がひろがっていた。ふたりの緊張感が、こちらにまで伝わってくるようだ。
「先生の覚悟はわかりましたよ。だけど、ここにもうひとりいるじゃないですか」
那智のどこかあきらめたような声が、緊張感を破っていた。
「だが……、巻き込む訳には……」
「巻き込んでくださいよ。先生はもっと人を使っていいんですよ。何だったら部活の合宿にしたって……いや、それはだめか」
「やめろ。まあ……建前上は部活の合宿にしないと駄目だろうな。写真部は合宿をしないだろうし、ちょうどいいかもしれないな」
それからふたりは、日程などをこそこそと話し始める。ふたりの話だけは辛うじて聞こえていたものの、頭の中は真っ白だった。
怪奇現象。
思い出してみればそんな噂も流れていた気がする。千仁はあまり興味がなかったので、詳しくはわからない。ただ、ホラー映画さながらの現象が起きているという噂であることは知っていた。
あの噂に、諸泉たちはどう関わっているのだろうか。話からすると、諸泉は噂に関わっているようである。
さらに合宿と聞いて、千仁の心は跳ねてばかりだ。
諸泉の言う通り、写真部では、今まで合宿を行ったことはない。何せ二人しかいないからだ。
ただ、難しいこととは分かっていたけれど、部活動に熱心な友人が合宿の話をしているのを聞いて、千仁も合宿をしてみたいと思っていたのである。
もし泊まり込みで部活動ができるなら、早朝や深夜の撮影もできるかもしれない。諸泉に話を聞くことだってできるだろうし、今よりも、もっと近づくことができるかもしれない。
思いはふくらむばかりだったが、テスト期間で部活動はなかった。テストが終わっても先生は忙しいらしく、姿を見かけることはなかった。それで、終業式の今日まできてしまったのだ。
今日こそ先生を探して、合宿のことを言おう。
決心して探した結果、先生は部室にいることを知った。こんなに探したのに、まさか部室にいるとは。何はともあれ、先生を探し出すことはできた。後は相談するだけだ、と思っていたのだ。
だがこれでは、合宿のことを相談することは難しくなってしまった。きっと相談したところで、のらりくらりとかわされるに違いない。
けれど、ここまで聞いてしまった以上、何もなかったことにするということは、できなかった。
合宿をしたいということもあるけれど、何よりも、先生のことが気になって仕方がないのだ。あの先生の「何か」が、怪奇現象に関わっている。
千仁はくやしさに唇をかみしめていたが、ふと、とあることを閃いていた。
こっそりとこの二人の後を追うのはどうだろう。
のらりくらりとかわされるなら、こっそりと後を追っていったほうが、うまく近づけるのではないだろうか。何時に集合する、という話を聞きながら閃いた考えは、とても良いものであるように思えた。
いや、先生たちに近づくにはむしろこれしかないのではないか。これこそ名案。
あとは政志を巻き込むだけだ。
ぐっと拳を握りしめた千仁のまえで、ゆらゆらと何かが動いたように感じられた。
え、と声を上げたつもりだったのだが、声は音にならないまま、消えてしまったようにも思える。
空気が揺れたのは幻だろうかと思った千仁の視界。
もう一度、まるで陽炎のように大気が揺れて、そして唐突にその空間が破れていた。
「は?」
今度は声がでた。千仁がひとこと発している間にも、千仁が立つ空間が破れ、そして消えてゆく。むしゃりむしゃりとまるで何かに食べられていくかのようだった。破れた空間は、夜のような闇に塗りつぶされていくのだ。
あまりのことに、恐怖という感情すらわきおこらなかった。逃げるという選択肢もなく、ただ闇を見上げるだけだ。
視界が闇におそわれそうになったとき、ゆらりと魚の尾びれのような何かが泳いでいったような気がした。
* * *
闇の底に落ちていた意識が、一瞬にして浮きあがってくる。
瞼をこじあけたとき、千仁の視界は斜めになっていた。どうやら横になっていたようだ。だけど、なぜ横になっているかはわからない。
ゆっくりと身体を起こすと、タオルケットが身体からふわりと落ちていく。誰かが掛けてくれたのだろうか。
「千仁?」
ごく近いところから、政志の声が聞こえてくる。
千仁が眠っているのは、二段ベッドの下であるようだった。視界の向こうに、古びた二段ベッドが見える。どこかで見たようなものだ。きっと千仁が眠っているのも同じベッドだろう。
ベッド脇にくくられたカーテンもどこか古びた灰色をしていた。つるりとしたリノリウムの床は蛍光灯の光を浴び、不健康そうに光っている。
この場所は見覚えがある。すこし前に見たような気がする、どこだろう、ぼんやりと記憶をたどっていく千仁の前に、政志がひょっこりと顔を出した。
「千仁? 平気か?」
政志は怒っているようなしかめ面をしていた。けれども語尾はかすかに震えていて、怒ったような表情が、心配しているものだということがわかる。
「平気だけど……、ねえ、ここ、学寮よね」
「……そうだけど」
たどっていった記憶は、ひとつの欠片を思い出していた。
ここは高校に上がってすぐに行った、海近くの学寮ではないだろうか。よく研修に使われる宿泊施設だ。
千仁の問いかけに、政志はどこか面食らったような顔をしながらも、うなずいてみせる。
「なんで、ここにいるの?」
「……は?」
学寮であることは思い出したのだが、なぜここにいるのかがさっぱり分からない。
政志がいるということは、部活動関係なのだろうか。
政志は、ぽかりと口をあけていた。千仁の問いかけへの反応はない。しばらく固まっている。
政志の反応を見て、どうやら千仁は何かを忘れているらしい、ということに思い至った。たしかに、なぜここにいるのか、思い出そうとしても思い出せないのだ。まるで黒い靄が頭にかかったようだった。
「なんでって、千仁が言い出したんだろ?」
「言い出した? 何を?」
自分が何を言い出したのか。おぼろげに輪郭はつかめるが、信じたくない気持ちもあった。政志は驚いているらしく、瞬きをくりかえしながら、ごくりと唾を飲み込んでいる。
「先生たちがこそこそ学寮で何かしようとしてるから、追っかけて合宿するって言ったんだぞ、千仁が。……思い出せない?」
「あーそれって妄想で終わらなかったの? 本当に?」
政志の言葉は、千仁の信じたくないという気持ちをあっさりと打ち砕いていった。
たしかに千仁は、部活動の合宿というものに憧れていた。先生に話そうと思ったことも数知れずある。けれど、本当に先生をつかまえて言うなんてことは……しなかっただろうか。
なぜだろう。脳裏に部室の窓際で話す、諸泉と那智の姿が思い浮かんだような気がして、考えることを止めていた。
「終わらなかったよ。……なあ、なら、魚は覚えてるか?」
「さかな?」
政志の言い出す言葉の意味がさっぱりわからない。政志は薄い茶色の瞳を泳がせていた。そして乱雑に、髪の毛をがしがしとかきまわしている。
「うーん……」
政志は説明することをあきらめたようだった。ただ困って、どうするべきかと視線をさまよわせている。
常日頃、政志をふりまわしている千仁であったが、はっきりとわからない理由で困らせてしまっているのを見ると、申し訳ない気持ちになってしまうばかりだ。
居心地のわるい沈黙がふたりの間に広がった。ただ沈黙は長くは続かず、廊下からこつこつと近づいてくる足音が、沈黙を上書きしていく。
「大迫? 入るぞ」
ベッドの向こうには部屋の入り口がある。扉のむこうから、諸泉の声が聞こえてきて、千仁は思わず肩を揺らしていた。
なんで諸泉先生が、ここにいるのだろう。
そんな千仁の驚きに気がついた様子もなく、政志はどうぞ、なんてのんびりと返事をしている。
部屋の入り口から、ひょっこりと顔をみせたのは、やはり諸泉だった。いつも掛けている銀縁の眼鏡も、眼鏡の奥にあるどこか生気のない目も、諸泉のものだ。
「お、起きたか」
諸泉は起き上がった千仁の顔をまえに、どこか安堵した表情だった。政志のとなりに腰を下ろすと、筋張った細い腕をのばしてくる。
のばされた腕は千仁の前髪をかきあげて、額へと触れた。ひんやりとした感触のやわらかさが額に触れて、胸がどきりとはずんだような気がした。
政志は困ったような顔をして、千仁たちを見ている。
「熱はないみたいだな」
「身体の調子はわるくないみたいなんですけど、困ったことがあって」
政志がぼそりと呟くと、諸泉の手がゆっくりと離れていった。諸泉が政志を見ると、政志は諸泉の視線から逃れるようにうつむいている。千仁からも、政志の顔は見えないままだ。
「どうした」
「……あの、変なことなんですけど……」
政志は切り出し方で悩んでいるようだ。諸泉はただひとつ、うん、とうなずいていた。癖のつよい黒髪が、ふわふわとゆれる。
「変なことでもいいよ」
「千仁、ここに来た記憶をまるっとなくしているみたいで……」
「記憶を?」
諸泉の声はおだやかだったが、いつもよりも硬質さを帯びているようだった。わずかに眉をひそめている。
政志は申し訳なさそうにしていて、千仁も肩身がせまくなるばかりだ。
「怒っているわけじゃない。どこから覚えてないんだ」
「写真部の合宿をやりたいって俺に言ったこととか、ここに来るまでのこと……、あと魚の記憶もないみたいです」
「……そうか……」
諸泉はなにかを考えているようで、目をあちこちに泳がせていた。その場は沈黙に包まれる。
ふたりの会話をおとなしく聞いていた千仁だったが、ついに我慢できず、口を挟んでいた。
「あの、すみません」
「ん?」
口を開いた千仁に、諸泉が首を傾げる。千仁は諸泉を見ていたのだが、同じくして政志も千仁を見ているようで、ふたりの視線がすこし痛かった。
「さっきから政志も言ってるんですけど、魚って何のことですか? 食べる魚じゃあないですよね」
千仁の言葉に、諸泉と政志は互いの顔を見合わせる。何とも言えないふたりの反応に、千仁も口ごもるしかない。
やがて、動き出したのは諸泉だった。諸泉は唸りながら立ち上がる。入り口へ目を向けたあと、千仁たちを振り返った。
「まあ、口で説明するより見たほうが良いだろ」
「えっ、でも」
諸泉はそう言うと、さっさと扉へ向かっていってしまった。政志は諸泉の考えについていけなかったようで、立ち上がりながらもその場で困った声をあげている。
そんな政志の反応を予測していたのか、ふりかえった諸泉はかすかに笑ったようだ。
「俺の後ろについてくれば大丈夫みたいだ。俺から離れるんじゃないぞ」
「……はい」
諸泉の説明に、政志はようやく納得したらしい。観念したといった調子でうなずくと、千仁へと視線を向けた。その目が早くこいと言っている。
やはり訳がわからないが、付いていくしかない。
千仁はベッドから抜け出した。リノリウムの床にぺたりと足をつくと、床からぬるい温度がつたわってくる。素足のまま、ぺたぺたと入り口まで歩いていく。
扉のまわりはわずかに段差ができていて、段差のところに靴が置かれていた。アクティブな行動をするときに履いているスニーカーだ。
この靴でいこうと考えた記憶がやはりなくて、本当に自分が記憶をなくしてしまっていることを実感してしまう。
ふたりはさきに、スチール製の扉をあけて外へと出ていた。千仁も追いつくべく、手早く靴をはいて外に出る。
扉のむこうには、談話室や食堂、入り口へ行くことのできる廊下が広がっている。部屋と同じ色のリノリウムの床。近くの部屋の戸は、固く閉ざされたままだ。
広々とした廊下だが、誰もいないのか、しんと静まりかえっているようだった。
「こっちだ」
諸泉はそれだけ言うと、千仁に背を向けて歩き出した。
千仁の近くにいた政志は、ちらりと千仁を見て、それから諸泉について歩いてゆく。千仁も置いていかれまいと、二人の背について歩いていった。
先を歩く諸泉の背中は、薄く感じられる。
体型はひょろひょろとした細さがあるので、薄いのは当たり前なのだが、それだけではないように思えてならない。
この感覚は、千仁が彼の授業を受けてからずっと感じていたものでもある。
薄いというよりも、どこか生気のない背中だと思っている。なぜだろう。こうして足音を響かせて歩いて行くさまも、話をしているさまも、生きている人間そのものだ。
それなのに、なぜそう思うのか。不思議でならないことだった。
諸泉が向かっているのは、学寮の入り口付近のようだった。
入ってすぐの場所は広々としたロビーになっていて、大勢で点呼を取ったり話をしたりすることができるのだ。
階段を下りていくと、リノリウムの床が絨毯敷きの床へと変わる。足元が柔らかくなると同じく、視界がぱっと明るくなった。ロビーは窓も多く、廊下にくらべると明るい場所だ。
「先生」
ロビーの中ほどにあるソファに、那智が座っていた。
広い空間にひとりでいるので、どこか寂しそうにもみえる。諸泉たちの足音に気がついた那智は、眺めていたらしいスマートフォンから顔をあげていた。
そのとき、ロビーの空気が動いたような気がした。いままで透明だったはずの空気に、色がついたような気がする。すこし水色がかったような、水族館の水槽を覗いているような、そんな色だ。
まるで水槽の中にいるみたいだ。そんなことを考えて、すぐにおかしいということに気がつく。海は近くにあるけれど、ここは学寮のロビーであり、水槽の中であるわけがないのだ。
ぱちぱちと瞬きしてみたが、それでも色が変わったような気はしなかった。どうしても、水槽の中にいるようにしか思えない。
そのとき、不意に那智の横で、空気が揺れた気がした。まるで陽炎が立つような、そんな一瞬の出来事だ。
「ん?」
那智も何かに気がついたのか、顔を横にむけていた。そこで那智の目が何かをとらえる。
千仁にも、その何かは見えていた。
それは、半透明のくらげのようなものだ。色のついた空中をふわふわと漂っている。
「那智さん、危ない!」
くらげのようなものを見た途端、政志が前へと一歩、進みでていた。さらに一歩近づいた政志を那智が手で押しとどめる。
「こいつは大丈夫みたい。クラゲは、特にこっちを狙ってくることもないみたいだから」
「そ、そう……ですか」
政志は安堵したような、気の抜けたような声をあげる。
諸泉は那智のそばまで歩いていくと、近くに置いてあるうちわを手にとった。
それからクラゲに少し近づくと、クラゲに向かってぱたぱたとうちわをあおいだ。クラゲはうちわの作り出した空気にあおられて、少しずつ斜めに揺れていく。
やがて、クラゲは揺れる身体を嫌ったのか、自発的に離れていくのがわかった。
諸泉はゆっくりとふりかえる。
「俺たちが魚って言っていたの、わかったか?」
諸泉の言葉に、千仁は揺れていったクラゲをじいと目で追っていた。
まさか、ふたりが話していたことは、この半透明の魚たちなのだろうか。
千仁の疑問を追うかのように、窓の外でゆらりとなにかがうごめいた気がする。目を凝らすとそれはサンマのような細い魚の集まりだった。やはり半透明で、身体の向こうには夏空が見えるのだ。
「まさか……あれが……」
「そう」
諸泉は千仁が目にしているものに気がついたらしく、こくりとうなずいていた。
「いまさらなんだが、野内も大迫もあの魚たちが見えるんだな」
「はい」
千仁はうなずく。あれは一体何か、理解になやむところではあった。
だが、ああいった不思議なものを見るのはこれが初めてではない。千仁は子供のころ、それこそ物心ついたころから、人には見えない「何か」をよく見ていたのだ。「何か」は人ではなく、あやかしでもない、不思議な生き物だ。
もしかすると、あれが怪奇現象のひとつなのだろうか。
この場にいる全員が当たり前のように魚たちを認識しているので気がつかなかった。だが、本当は、この魚たちは普通の人には見えないものなのかもしれない。
普通の人には見えないものならば、学内で広がっている噂の正体にも、見当がつけられる。
「それなら、話が早い」
諸泉はうちわで顔のあたりをあおいでいる。あおぐ速さがやけにゆっくりなので、涼しくなっているのかはあやしいところだ。
「ここで怪奇現象が起きてる……って噂は聞いていると思うんだけど」
諸泉の言葉に、千仁も政志もうなずいていた。千仁はとくに興味がなかったのでさわりしか覚えていないが、それでも十分だと思っていた。
今年の春ごろから、学寮では、不可解な事件ばかり起きている。
学寮で研修を行っていた一年生の誰かが突然行方不明になって、数日後、行方不明のあいだの記憶をなくして戻ってきたとか。
海に遊びにいっていた生徒が、変なものを見たとか。
しまいには、ここの管理人まで記憶をなくす事態が起きて、学寮が立ち入り禁止になったとか。
学寮については何も言われていなかったし、千仁も興味がなかったので、特に深入りはしていなかった。せいぜい噂に尾ひれがついた話だと思っていたのだが。
「これ、怪奇現象の原因ね」
諸泉はあおいでいたうちわを窓の外にむけて、あっさりと言ってのけた。
あまりにもあっさりと告げるので、なんだか現実味がない。
「魚はどうも、普通の人には見えないらしい。俺も那智もそういうものが見える体質だから、まあこうして見えてるんだが……まさかお前達もそれとはな」
「小学校のころから、変なものばかり見てます」
千仁と同じことを政志が言う。はじめて聞いたことに、千仁はつい政志を見ていた。
「はじめて聞いた」
「……そうだったっけ?」
「そうだよ。だって普通、こんなこと言ったって信じてもらえないよ」
「そうか」
政志はとりあえず納得したようだったが、表情はどこか複雑そうだ。何を納得していないのか。千仁はおもわず首を傾げてしまう。
「……これも因縁なのかもしれないな」
諸泉はそれだけ呟いて、かすかな苦笑をうかべている。すぐに顔をうつむけてしまったので表情はよくわからなかった。
けれど、呟いた声は、どこか苦しそうにも聞こえた。次に顔をあげたときは、いつもと変わらぬ調子で、苦しさの正体を追いかけることができない。
「この魚が何をするのか、はっきりしなかったんだが……ひとつ確実なことは、こいつは人の記憶を喰うってことだな」
諸泉の言葉に、那智と政志の視線が、千仁に集まる。
全員の視線を浴びながら、千仁は自身を指さしていた。
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