羨望

夏木 葵

第1話 高野渚と雪村千里 プロローグ

2月上旬。夕方5時を過ぎた大学のキャンパス内は、もうどっぷりと闇に浸かっている。マフラーだのイヤーマフだのをして完全に防寒したつもりだったけれど、屋外にいざ出てみるとやっぱりこの空気の刃みたいな寒さは体の芯に突き刺さってくる。一定の間隔を保って立ち並ぶ街灯の中には点滅を繰り返していて、使い物になっていない奴が沢山ある。


僕、高野たかのなぎさは去年の春、この大学に入学して、今、1年生の冬を過ごしている。なにも、理由も無しにこんな田舎の地味な大学にわざわざ入学したわけじゃない。(そう言ってしまうとこの大学に失礼な気もするけど、明かりの修理もろくに出来ていないんだから文句を言われたって仕方がないだろう。)それは、もう明確な理由があって、さらに言って仕舞えば、あることから逃げ出したくて、僕は都会の喧騒を抜け出してこの場所にやってきたわけだ。


今日は、サークルの集まりもバイトとかもないし、真っ直ぐ家に帰ろうか。いつもは大学からバスで駅まで行っているけど、たまには歩いて帰ってみようかな。



てぃんとーん。


その時、僕のズボンのポケットでスマートフォンがメッセージの受信を伝えた。(たまに、わざわざメッセージの受信音をデフォルトから違う奴に変える人がいるけれど、僕はそんなことはしない。だって、面倒臭いから。だから、僕のメッセージの受信音は2年前に機種変更した時から一回たりとも変わっていない。)


画面に表示された差し出し人の名前は。


雪村ゆきむら 千里ちさと


ユキムラ…チサト??


********************


僕には、想いを寄せている人がいる。3年前から、ずっと。彼女の名前は雪村千里。でも、もう彼女と関わり合いになることなんて絶対に有り得なかったはずだった。もちろん、メッセージアプリのアドレスだって、その当時にお互いに削除したし、無理矢理連絡を取ろうとさえしなければ、もう連絡手段なんてなかった。今更、なんの用があるっていうんだ。


僕と彼女の間にいったい何があったのか。(今思えば、というか、その当時も無意識に自覚はしていたが、ほぼ10対0で僕が悪いのだけれど。)これを語るには、少々時を遡る必要がある。僕はあの時、体感した。2人の人間と人間の関係はあんなにも簡単な一言で崩れてしまうのか、と。


ことの発端は(正確に言えばもっと前からだが)3年前。丁度、今日の様に鋭い風が身体を穿つ冬だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る