武蔵の合宿~共学なのになんで男子俺一人だけなんだよ?~

明石竜 

第一話 衝撃の入学式、新しい友との出会い

(新入生の中で男子が俺一人だけって…………ウソだろ。あり得ないだろ)

 四月初旬。

とある高校の入学式終了後、藁谷喜三郎は愕然としていた。硬い表情のまま花道を抜けて講堂から退場し、このあとHRが行われる一年一組の教室へと向かっていく。

「きさぶろうくん、なんかすごいことになっちゃったね」

 すぐ隣を歩く、清瀬洸が話しかけてくる。この子は喜三郎と、同じ中学出身なのだ。ぱっちり垂れ目で、丸っこい顔立ちにはまだ中学生らしいあどけなさが残っている。背丈は一五〇センチ台後半。ほんのり栗色な髪を、いつもフルーツのチャーム付きりぼんでポニーテールに束ねているのが彼女のチャームポイントだ。

「ほんと、全くの想定外だよ。高等部新入生女子三百十五名男子一名って聞いた時、俺は耳を疑ったぜ。共学になったばかりだから女子が大半ってことは覚悟してたけど、さすがにこんなことになるなんて。確か入試受けた時、他に男三十人以上は見かけたはずなんだけどなあ……ひょっとして、あいつら」

「どうやら全員不合格だったみたいね」

 洸はにこやかな表情で言う。

「笑い話になってねえぞ、全校生徒の中でも男は俺一人ってことになるんだぜ。工業高校に通う女子以上の窮屈さがあるぞ。俺、こんな環境で少なくとも次の新入生が入ってくるまで、一年間は過ごせっていうのかよ」

 喜三郎は居た堪れない気持ちでいっぱいだった。

三つボタンのついた濃紺色ブレザーと、桃色チェック柄スカートを身に纏った女生徒集団の中に、一人だけぽつんと浮いている男子の制服。二つボタンのついた萌黄色ブレザーと、グレーを基調としたチェック柄のズボンが際立っていた。

「きさぶろうくん、せっかくこの高校に入れたんだから、もっと胸を張らなきゃ。県内トップクラスの超進学校でしょ」

 洸は喜三郎の肩をポンッと叩き、励ましの言葉をかけてあげた。

「だけど、この俺が受かったくらいなんだからさ。他にも男、あれだけの人数受けて合格者0って、あいつらどんだけ無謀な挑戦者達だったんだ? それより一つ問いたい。なんで〝共学になったのに女子高って名前のまま〟なんだよ?」

 喜三郎はもの悲しげな表情を浮かべ、嘆きの声を漏らす。

「それ、わたしも疑問に思ってた。普通変えるよね」

この二人が入学した学校の名は、東山桃陵女子中学校・高等学校。岡山県の県庁所在地、岡山市内に佇む私立の併設型中高一貫校だ。高等部では今年度から男子生徒にも門戸を広げた。しかしこれに伴う名称変更は行われなかったのだ。

「伝統校の名前を易々と変えれるかーっ、て在校生や卒業生の間で猛反発があったんじょ」

 突然、二人は背後から大きな声をかけられた。

「びっくりしたーっ」

「だっ、誰だ?」

 二人ともとっさに後ろを振り返る。

「ワタシ、お二人さんと同じクラスになった妹尾智穂。中学部からの内部生なんじょ。よろしくね♪」

その智穂と名乗った子は二人に向かってウィンクし、親しげに話しかけてくる。ほんのり茶色な髪を、肩にかかるくらいまでのミディアムウェーブにしていた。背丈は一六〇センチ台後半あるように見え、すらりとしている。失礼かもしれないがつり目で、でこ広だった。

「わたし、清瀬洸よ。こちらこそよろしく、ちほちゃん」

 洸は握手を求めた。

「これから仲良くしようね、ヒカリン」

智穂は快く応じる。

「あっ、どっ、どうも。俺、藁谷喜三郎です」

 喜三郎はぺこりと一礼した。

「よろしくキサブー。ワタシよりちっちゃくって可愛らしいね」

 智穂は喜三郎に顔を近づけ、にこっと微笑みかけた。

「……そっ、そうか?」

 喜三郎は頬を少し赤らめた。

「きさぶろうくんは幼稚園の頃からずっと背の順は一番前、出席番号は一番後をキープし続けてるの」

 洸は自慢げに語る。喜三郎の背丈は、洸と同じくらいなのだ。

「俺はそのこと、全然嬉しくなかったよ。出席番号のことは仕方ないと諦めてたけど、俺より低い男子はけっこういたんだぜ。でも、狙ったかのように同じクラスにされなかったんだ」

 喜三郎は不満そうに呟く。

「まあまあ、キサブーも女の子に紛れたらごく普通サイズなんじょ。あのう、ひょっとしてお二人は、恋人同士で?」

 智穂は唐突に問いかけて来た。

「そっ、それは違う」

 喜三郎は即否定する。

「……そっ、そうよ。わたしときさぶろうくん、そんなんじゃないの。強いて言うなら……家来よ、家来」

 一瞬間を置いたあと、洸は手をパタパタさせながら照れ気味にきっぱりと答えた。

「家来かぁ、桃太郎の岡山だけに」

 智穂はくすっと笑う。

「洸、家来はないだろ」

 喜三郎は眉をへの字に曲げた。

「ごめんね、きさぶろうくん。わたしときさぶろうくんは、幼馴染同士なんだ」

「ほうか、予想通りじゃわ。恋人同士の関係やなんて端から思わんかったじょワタシ」

 智穂は微笑み顔で言う。

「もう、ちほちゃんったら。わたし、そんな風に思われるのは恥ずかしいよ」

「俺もだ。俺と洸は、姉弟によく間違われるよな」

「うんうん」

 洸はちょっぴり照れ顔で頷く。

「確かにお二人さん、顔立ちもそこそこ似てるじょ。異性の双子みたい。ところでキサブー、校名に女子って付いてるのやっぱ気になってるで?」

「当たり前だろ。どこの高校通ってるって訊かれたら返答に困るよ。卒業後もずっと響いてくるんだぜ」

 喜三郎はため息交じりに答えた。

「やっぱりほうか。でもまあ気にせんと。女子って校名が付いたまま男子受け入れるの、今は至学館に改名したかつての中京女子大がやってたじゃん」

「わたしはとっても面白い試みだと思うけどなあ」

 智穂と洸はにこにこ笑う。

「俺の身にもなってくれよ」

 喜三郎は沈んだ声で言った。


高等部一学年は八クラスある。

三人が在籍する一組は普通科理数コースだ。国公立大理系学部への進学用カリキュラムが組まれおり、内部生にも選抜試験が課される。進学校であるこの学校の中でも、最も入学難易度の高いクラスなのだ。 

他の七クラス(二組~八組)は、内部生ならばエスカレーター式に進学出来る普通科普通コースとなっている。理数コースを受験した内部生のうち、不合格となった者もここに振り分けられる。 

三人とも教室に入り、定められた席に着く。

各机の上には、出席番号と氏名が記された紙が貼られていた。

しばらく待機していると、クラス担任がやってくる。

「皆さん、ご入学おめでとうございます。高等部一年一組の担任を勤めます、貝原未希と申します。内部生の子はすでにご存知だと思うのですけど、 〝かいばら〟ではなく〝かいはら〟ですよ。外部生の皆さんも覚えておいてね。理数コースではクラス替えもなく、担任も三年間変わりません。というわけで皆さん、これから三年間末永くよろしくお願いしますね。先日行われた入学者説明会でご存知だと思いますが、理数コースの皆さんは四月の終わり頃にある遠足のあと、そのまま二泊三日の学習合宿へと向かいます。楽しみにしててね。では、皆さんの方からも自己紹介していって下さいね」

貝原先生は英語科担当の、まだ二八歳の若々しい女性教師。今日は着物姿だった。背丈は一五〇センチをほんのちょっと超えるくらい。丸っこい小さな瞳に丸っこいお顔。濡れ羽色の髪の毛を、後ろでお団子のように束ねている。いわば小柄和風美人だ。実年齢よりも十歳ほど若く見え、制服を着ていれば生徒達に紛れても違和感ない風貌である。

「青木由梨です。内部生です。私の趣味は……」

 クラスメート達の自己紹介は、出席番号一番から順に行われていく。


「藁谷喜三郎です。三年間よろしくお願いします」

 最後、四〇番の喜三郎は緊張気味にこう述べて締めくくった。 

「皆さん、ありがとうございました。それでは、今からクラス写真を撮りますので、荷物を持って校庭へ移動して下さいね」

 貝原先生はとても機嫌良さそうに指示を出した。

「きさぶろうくん、かなり単純だったね、自己紹介。せめて趣味くらいは言わなきゃ」

 洸は、教室を出ようとしていた喜三郎を呼び止める。

「俺、ただでさえ目立ちまくるだろうから、極力目立つようなことはしないように心掛けてるんだ」

 喜三郎はどんよりとした声でぽつりと打ち明けた。

「そっか。でもあまりに何もしなさ過ぎると、暗い子に思われてかえって目立っちゃうわよ」

 洸は心配そうに助言する。

「それもそっか」

「キサブーとヒカリン、ほんとに仲いいね」

 智穂は、二人のやり取り微笑ましく眺めていた。

 

貝原先生はクラスメート達を大方背の順に並ばせた。三列あるうち、喜三郎は真ん中の列中央付近、彼の隣に洸が並んだ。

「それでは撮りまーす。はい、チーズ」

 カメラマンからの指示が入り、クラスメート達はカメラに目を向ける。洸や智穂含め爽やかな表情の子が多い中、喜三郎はぎこちない表情だった。

撮影を済ませたクラスから、自由解散。

先ほど入学式が行われた講堂では今、保護者向けの学校説明会が行われている。

「キサブー、ヒカリン。ワタシはママ待たずに先に帰るけど、お二人はどうするで?」

「岡山駅で待ち合わせすることにしてるの」

「俺も同じ。お昼ご飯はその辺で食べといてって」

「ほうか。ほなお昼、ワタシがご馳走するよ」

 智穂は二人をJR岡山駅近くにある、とある食堂へ案内した。

「わーっ、これが噂のドミカツ丼かあ」

「かつメシとよく似てるな」

洸と喜三郎は、運ばれて来たメニューを興味深そうに眺める。

 あつあつのご飯、茹でキャベツ、トンカツの順に乗せられ、その上にドミクラスソースがたっぷりかけられてあった。知る人ぞ知る岡山名物だ。

「やっぱ岡山に来たからには、ドミカツ丼食べんといかんじょ」

「どんな味がするのかな?」

 洸は割り箸でカツをつかみとり、お口へ運んでみた。

「おいしーっい!」

 一口噛んだ瞬間、満面の笑みを浮かべる。

「思ったより美味いな」

 喜三郎も気に入ったらしい。

「そういえばキサブーとヒカリンは、どちらにお住まいで?」

 智穂はカツを齧りながら尋ねた。

「神戸よ」

 洸が先に答える。

「神戸なんか。ほな、新幹線通学?」

「うん」

「やっぱこの通学手段って、俺と洸くらいなのかな?」

「そうでもないじょ。ワタシはすぐ隣の倉敷なんじゃけど、この学校って遠方から新幹線で通ってる子も多いんじょ。広島とか大阪とか、京都まで」

「そうなんだ。わたしやきさぶろうくんより遠いとこから通学してる子もいるんだね。ところでちほちゃんの話し方、さっきから気になってたんだけど、これが岡山弁?」

 洸は興味津々に尋ねた。

「いやあ、これは阿波弁なんじょ。ワタシのママの実家、徳島やけんワタシも阿波弁で話す癖があるんじょ」

「わたし、ちほちゃんのこの話し方好き。なんかほっこりするよ」

「ほうかな? 嬉しいじょ」

 智穂は少し照れた。


お店を出て、三人いっしょにJR岡山駅へと足を進める。

「ほなね、キサブー、ヒカリン」

「さようなら妹尾さん」

「ばいばい、ちほちゃん」

 智穂は二人と、在来線改札口で別れを告げた。

「きさぶろうくん、ちほちゃんってとっても楽しそうな子だね」

「そうだな。なんか頼れる存在というか」

二人は駅構内の土産物屋さんでしばらく過ごし、互いの両親と落ち合った。

         ☆

「洸、喜三郎ちゃんこれから大変ね、いい意味で」

「うん。周り女の子しかいないから、きさぶろうくんきっと気苦労するだろうし、わたしがいろいろ手助けしてあげたいよ」

 清瀬家の夕食団欒時。洸はお母さんと楽しく会話を弾ませる。デミグラスソースのたっぷりかかったハンバーグをナイフで小さく切り、フォークを使ってお口に運んだ。

「洸、美味しい?」

「うん。また腕を上げたね。お母さんのお料理は日本一だよ」

「まあ、洸ったら、照れるわ。でも、お小遣いは値上げしないわよ」

 お母さんはにこにこ顔で告げる。

「あーん、上手くいくと思ったのにな」

洸は夕食を済ませたあと、十時頃までテレビ番組を見て、それからお風呂に入るのが中学時代からのいつもの日課。

シャンプー、洗面器、バスタオル、セッケンに加えて〝シャンプーハット〟も彼女がお風呂に入る時の必須アイテムだ。

「ああーっ、今日はすごく楽しい一日だったなあ。ちほちゃんって子とも仲良くなれたし。これからの高校生活、楽しくなりそうだよ」

少しぬるめの湯船に肩までしっかり浸かり、足を伸ばしてゆったりくつろぐ。

お風呂から上がるとパジャマに着替えて、歯磨きを済ませる。歯磨き粉はメロン味が一番のお気に入り。

「お母さん、おやすみなさい」

「おやすみ。明日の朝は少し冷え込むみたいだから、風邪引かないようにお布団しっかりかけて寝るのよ」

「はーい」

 洸はドライヤーで髪の毛を乾かしたあと、お母さんに就寝前の挨拶をして、二階にある自分のお部屋へ。   

 午後十一時、洸はいつもこの時間には床につく。六畳一間のお部屋には、女の子らしくかわいいぬいぐるみが部屋一面にいっぱい飾られている。その中でも特にお気に入りの、お母さんに海遊館で買ってもらったジンベイザメのジャンボぬいぐるみをぎゅっと抱きしめて、ベッドにゴロンと寝転がり、お布団に潜り込んだ。

   

まもなく日付が変わる頃、

「洸ったら。また電気つけっぱなしで寝ちゃって」

 お母さんは洸が目を覚まさないようにこっそりお部屋におじゃまし、スイッチを押して電気を消した。

 洸は今、楽しい夢の中だ。

     ☆

 翌早朝、六時五十分頃。

「洸、早く起きなさいね」

 お母さんはそう叫びながら、洸のお部屋へ足を踏み入れた。

 六時四十分にセットされていた目覚まし時計のアラームも、まだうるさく鳴り響いていた。お母さんはアラームを止め、洸の頬を軽くペチペチ叩く。気持ちよさそうにすやすや眠っていた彼女を起こすためだ。 

「んうんーっ」

 洸は布団の中から手をにゅっと出し、お母さんの手をパシッと払いのけた。

「もう! 須磨水族館のアカウミガメさんじゃないんだから」

手を引っ込めて、頭まですっぽり掛け布団に包まる。彼女の体は完全に隠れた。

「お母さん、まだ眠いよう。あと一分だけぇ」

 さらにぐずる。

「洸、いい加減にしなさい!」

 お母さんは、今度はお布団をベッド横から転がす手段に出た。力いっぱい押す。

「あぁーん」

すると中にいる、ロールケーキの生クリーム部分みたいになっている洸もいっしょにころころ転がり、掛け布団ごと床へと落っことすことが出来た。お母さんの試みは功を奏した。

「あいたたたぁ……」

「洸、早く支度しないと遅刻しちゃうわよ。中学の時と違って学校まで遠いでしょ」

 お母さんはため息混じりにそう告げて、疲れた様子で一階へと下りていく。寝起きの悪い洸を起こすのに、毎朝けっこう体力を使ってしまうのだ。

「あー、ねむーぃ」

 洸は寝惚けまなこをこすりながらゆっくりと立ち上がり、机の上に置かれてある目覚まし時計を眺めた。

「六時……五十、七分……えっ、もうこんな時間なの!? 大変だーっ」

 予想外の時刻に驚く。けれどもこれで、すっきり目が覚めた。慌てて鏡の前に座り、櫛で髪の毛をとく。今日はオレンジ色の花柄リボンで後ろ髪を束ね、彼女お気に入りのポニーテールにヘアチェンジ。

「この高校の制服、ネクタイも結ばなきゃいけないから時間かかっちゃうよう」

時計の針は刻々と進む。パジャマから制服に着替え終えるまで、五分近く費やしてしまった。階段を駆け下り通学カバンを玄関先に置いて、おトイレを済ませて洗面所へと走る。

それからすぐに、ピンポーン♪ とチャイム音が鳴った。

「はーい」

 お母さんが玄関先へ向かい、扉を開ける。

「おはようございます、おばさん。あの、洸はやっぱりいつものように……」

「そうなのよ。高校生になっても相変わらず寝坊癖直らなくって」

「気持ちはよく分かります。俺も朝は苦手ですから」

やって来たのは、喜三郎であった。洸とは幼稚園の頃からずっといっしょに登園登校している。

「洸、喜三郎ちゃん来たわよーっ」

 お母さんは、お顔を洗っている洸に伝える。

「分かってる。きさぶろうくーん、もう少しだけ待っててね」

「分かった、分かった。なるべく急いでね」

 タオルで顔を拭き取り、洸はリビングキッチンへと走る。

時刻はすでに、七時十分をまわっていた。

朝食には、りんごジャムのたっぷり塗られた六枚切りトースト一枚、ほんのり塩辛いベーコンエッグ、そしてポテトサラダが用意されていた。けれども洸はトーストだけを口にした。

「やっばーい。遅刻しちゃうよーっ」

 そしてすぐさま喜三郎が待つ玄関先へ。

「洸、歯磨きは済ませたの?」

 お母さんはキッチンで食器を洗いながら叫ぶ。

「そんな時間ないよう。いってきまーっす」

洸はそう返事し、真っ白なスニーカーを履いた。

「洸、もう少し早起き出来るようになりましょうね。二人とも行ってらっしゃい」

「では行ってきますね、おばさん。洸、もう七時十三分になってる。急がないと乗り遅れるよ」

 喜三郎は、スマホの時計を眺めながらせかした。

「まずいわね。ダッシュで行きましょう」

 玄関を抜けて外へ出る。今朝は、この時季としては少し肌寒かった。二人は白い息を吐きながら、おウチ最寄りのJR新神戸駅へと走る。

辿り着くと二人は真新しい定期券を通し自動改札を抜け、階段を駆け上がり新幹線ホームへ出た。ちょうど博多行きのぞみ号が到着したところだった。急いで乗り込む。

まもなく扉が閉まり、動き出した。朝のラッシュ時と重なっているためか、車内はけっこう混んでいた。何とか空いている座席を見つけ、隣り合って座る。 

「なんとか間に合った。ぎりぎりセーフだったな」

「ほんと、危なかったよね」

「誰のせいか知ってる?」

「ごめんねー、きさぶろうくん。わたし、次のさくらの方に乗りたいんだけどなぁ」

「それに乗ったら完全に遅刻するよ」

 喜三郎は呆れ顔で言った。


のぞみ号は新神戸駅を出発してから三十分ほどで、岡山駅へ到着した。

「きさぶろうくん、路面電車乗り場って、確かあっちだったよね?」

「たぶんそうだと思うけど……あれ?」

 駅構内、二人は乗り換えに戸惑う。

 今日からは、お母さんはついていない。

 二人は駅員さんに尋ねて、何とか乗り場を見つけることに成功した。

 路面電車は二本、岡山駅前電停に留まっていた。

「さあ乗ろう!」

「あっ、洸。それ乗ったら清輝橋の方行っちゃうよ。俺達が乗るのは東山行きのやつだ」

「いっけない、間違えるところだった」

 洸はぺろりと舌を出す。それからほとんど間を置かず、

「おっはよう、ヒカリン、キサブー。お二人さんもギリギリの登校じゃってんね」

 二人は智穂に声をかけられた。

「あっ! ちほちゃんだ。おっはよう!」

「妹尾さん、おはよう」

洸と喜三郎はすぐに気付き、挨拶を返す。

こうして三人、まとまって路面電車に乗り込んだ。

「ヒカリン、キサブー、〝ハレカ〟タッチさせんといかんじょ」

「あっ、いっけない」

「忘れるとこだった。ありがとう妹尾さん」

ハレカ《Hareca》とは、岡山地区の路面電車、路線バスで利用可能なICチップ入り乗車券の名称だ。三人はカバンからそれを取り出し、乗車用読取機にタッチさせた。

車内アナウンスが流れ、ブザー音と共に扉が閉まる。定刻通りに路面電車は動き出した。

それから十五分ほどで終点、東山電停へと到着。ここが学校の最寄り鉄道駅となっている。支払い用読取機に例のカードをタッチさせ、急いで下りる。その電停から学校正門までも、まだ少しだけ距離があった。

「ここ、坂すごくきついよね。さすが東山って地名だけはあるわね」

「半分山の中だよな。もう少し街中に建てればいいのに」

「ワタシは慣れてるけどね、やっぱしんどいじょ。夏は特に」

三人は息を切らしながら急勾配の坂道を走って進む。

自転車通学をしている子の姿もわりと多く見られ、かなりしんどそうにペダルをこいでいた。

三人は八時二十五分の予鈴チャイムが鳴るのとほぼ同時に正門へ飛び込んだ。鳴り終わるまでは約二十秒。それ以降の登校は遅刻扱いとされてしまう。毎朝正門前に立つ、生徒指導部の先生方からきちんとチェックされるのだ。

高等部校舎に入り上履きに履き替え、最上階四階にある一年一組の教室へ。三人が入った時には、すでに担任の貝原先生が教卓の前に立っていた。三人が席に着いて数十秒後に八時半のチャイムが鳴り、朝のホームルームが始まる。

「皆さん、おはようございます。入学二日目、高校生としての自覚は芽生えてきたかな?」

貝原先生は出欠を取り連絡事項を伝えたあと、体育館へ移動するようにと指示した。

今日は一学期始業式。中学部から高等部までの全学年、一五〇〇名以上が一同に揃う。もちろんこの集団の中で、男子生徒は喜三郎ただ一人だけだ。

(なんか、めちゃくちゃ視線を感じる)

 喜三郎は終始、女生徒達と目が合わないよう俯き加減でいた。

 教室へ戻ったあとは、LHR。クラス委員長ほか各委員が選出された。

「さて皆さん、来週からは本格的に教科授業が始まりますよ。理数コースはかなりハードなカリキュラムですので、気合を入れて臨んで下さいね。それと、お掃除も始まるんですけど、その班分けを行います。外部生も半数以上いて、まだお互い知らない子同士ばかりだと思いますので、先生の方で月曜の朝までにアトランダムに決めておきますね」

貝原先生はLHRの最後にこう告げる。

「先生。ワタシ、キサブーとヒカリンといっしょの班がいいな」

 智穂は挙手をして、大きな声で伝えた。

「オーケイよ妹尾さん。けど、四人でワングループなの。もう一人のメンバーは、こちらで決めておくわね」

 貝原先生はにこにこ顔で告げる。新しく決まったクラス委員長からの号令のあと、担任は職員室へと向かっていった。

「妹尾さん、ありがとう。気を利かせてくれて。この学校、洸以外に知り合い一人もいないからな」

「きさぶろうくんとちほちゃんと同じ班になれてわたし、すごく嬉しいよ」

「どういたしまして。貝原先生はワタシが中二の時も担任やったんじょ。掃除の班分けとか席替えとか、希望通りにしてくれることが多いんよ」

 智穂は楽しそうに二人に伝える。

 

     ※※※


そして迎えた週明け、月曜日。

三人が登校してきた時には、すでに黒板横に当番表が貼られていた。

「もう一人のメンバーは、ビアマモミジさんっていう子かあ」

「どんな子だったっけ?」

 洸と喜三郎は当番表を眺めながらしゃべり合う。

「おう、あの子か。嬉しいじょ」

 智穂は笑みを浮かべた。

「知ってる子なの? ちほちゃん」

「うん。モミは小学時代からの知り合いなんじょ。あの子と同じクラスになれたの、中一の時以来じゃわ。中学の定期テストでは、常に学年トップに輝いてた子なんよ」

「もみちゃんも内部生なんだ。頼りになってくれそうだね」

「あっ、あのう……こんにちは」

 背後からか細い声がした。三人は振り向く。

そこにいた子は一五〇センチにも満たないだろう小柄さ、ごく普通のまん丸なメガネをかけて、濡れ羽色の髪を肩より少し下までの三つ編み二つ結びにしていた。とても真面目そう、加えてお淑やかで大人しそうな感じの子だった。

「私が、美甘椛です」

 少し照れくさそうに呟く。

「あなたがそうなんだ。苗字、ビアマじゃなくてミカモって読むんだね。自己紹介した時確かにそんな子いたような……ごめんね、間違えちゃって」

「いえいえ、昔からよくあることですから」

「もみちゃんって、きさぶろうくんよりちっちゃくてかわいいなあ。どうぞよろしく」

 洸は握手を求め、手を差し出した。

「はい。こちらこそよろしくお願いします」

 椛は満面の笑みを浮かべ、快く応じる。

「喜三郎くん、何卒よろしくお願いします」

「あっ、うっ、うん」

 椛にお顔を見つめられ、喜三郎の心拍数は急上昇した。

「やあ、モミ。仲良くしよな」

 智穂も手を差し出した。

「智穂ちゃん、お久しぶりです」

 椛はにこっと笑い、智穂とも快く握手する。

「高校では絶対ワタシが理数系科目、学年一位取るじょ」

「私も負けないよ」

 智穂と椛は凛々しい目つきで見詰め合う。

(ちほちゃん、学年二位の子だったんだ)

(この学校の一位二位って……俺や洸とは次元が違うな)

 洸と喜三郎はこの事実に衝撃を受けた。

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