第13話 出逢いと命名


 あれ、前が見えない。大体俺ってどこにいるんだ?しかも体がだるくて動かねぇ。そっか、俺あのドラゴンにやられちゃったのか……

 結局俺はなんも出来なかったな、最低だよ。ていうか真っ暗だしここが噂の地獄ってやつか?思ったより静かなんだな。


 そんなことを思っている間にも俺は黒い水のようなものの中にどんどん沈んでいく。しかし何故か息だけは出来ている状態だった。

 それからどれだけの時間が経っただろうか。


「おいしっかりしろ!早くこっちに来い!」


 何処かで聞いた覚えがある声がどうやらこの水の上からこっちに来いと俺に話しかけているらしい。

 そしてその声を合図にしたかのように、頭上から遥か遠くにちっぽけな光が少しだけ見えるようになった。


 あぁ、上でなんか俺を呼んでるやつがいるなぁ、でもどうせもう死んじまったんならどうでも……


 そう思って呼ばれる声を無視しようとした時、自分が殺したと言っても過言ではないとルクスが思っている短い人生の中で唯一の家族たちであり、友人でもあった孤児院のみんなの笑顔がふと浮かんだ。


 いや、死んでまでひん曲がったことやってるなんて、イーサ姉ちゃんやバーバラさんたちに怒られちまうな、それじゃあ試しに行ってみるか。

 俺はそう思い直し、遥か上にある光を目指して鉛のように重い体をなんとか動かし、泳ぎ始めた。


「ゴファァ!?(息ができない!?)」


 俺が上に向かって泳ぎ始めた瞬間に黒い水の中で何故か息が出来なくなっていた。


 死んでまでこんな辛い事させられんのか?ふざけんな!まぁ今までのめっちゃ運が悪い人生と比べればよっぽどこっちの方がマシだけどな!


 俺は半分自暴自棄になりながらもお粗末な泳ぎで呼吸をすることなく、なんとか小さな光に辿り着くことができた。


 そして俺は迷うことなくその小さな光の中に手を伸ばす。その瞬間に体が光の輝きに包まれた。

 気が付くと俺は真っ白な何も無い空間にぽつんと突っ立っていることに気がついた。


「どこだここ?」

「このバカもんがぁ!!」


 子供のような正体不明の声と共に、突如後頭部に痛みが走った。


「痛ってぇなぁ!?」


 俺は痛みに顔を歪ませながらも後ろを振り返る。

そこには俺と同じくらいの歳の真っ黒なワンピースを着た女の子が横柄な態度で立っていた。


「なんだ?我のことを忘れたのか?そういえば実体の姿を見せるのは初めてだったな」


 は?何言ってんだこいつは。

疑問が多すぎて頭がパンクしそうになったので、とりあえず大事そうなことを先に聞いてみることにした。


「それでお前は誰なんだよ?どっかで会った気がするけど、ていうかその前にここはどこなんだ?やっぱ周りが真っ白だから天国なのか?」


 そう俺が聞くと、何がおかしいのかその女の子は突然その容姿と全く似合ってない笑い声をあげた。


「ガハハ!真っ白な空間だから天国とはまた短絡的な奴だな!そうだな、ここは言ってみればお前の精神の中だ、したがってお前はまだ死んでおらん」


「お、おいお前!それはおかしいだろ!あの状況でどうして生きてるなんて言えるんだよ!それにみんなだってもう……」


 俺は自分の発言で自分の心を抉ってしまい、黙り込んでしまった。だけどなんでこいつその事を知ってるんだ?


「自分で啖呵を切っておいてそれか、まぁ良い。お前も含め、周りにいた孤児院の奴らも無事だぞ」


 俺が理由を聞こうとしたのを見越して女の子はそのまま言葉を続ける。


「理由は簡単なことだ。お前がまだ契約もしていない我の魔力を許可も無しに無理矢理使ったことで魔力暴走を引き起こして周りのものを破壊し尽くしたからだ。そのせいで我がどんだけ苦労したことか、まぁそのお陰で何故か実体がある姿でお前と話すことが出来るようなったようだが……

せっかくお前が死にそうだったから仕方なく許可を出してやろうと思ったのにお前は勝手に魔力を引き出しよって、ふざけるのも大概にするのはお前の方だぞ」


 何言ってるか訳分からんけど、なんか俺この子を怒らせちまった感じだよな。よし、こういう時はバーバラさんの掟通りに……


「お前の言っていること半分も分からんけど、お前の言い方からして俺や孤児院のみんなが死んでないのは嘘じゃないって分かった、その……さっきは嘘つき呼ばわりしてごめん!あと俺を上から呼んでくれたのもお前だよな?多分あのままだったらやばかったと思う、だから助かったよ。ありがとう」


 相手が怒っていて、自分に原因があるようなら理由がどうであれとりあえず謝れ。そして感謝することもあったらその時に言え。

 バーバラさんがつくったこの掟に従い、俺は女の子に対して素直に謝った。


 女の子はフン、と俺の方から顔を背けながらもこう答えた。


「ま、まぁ?仕方がないから今回は許してやろう!い、言っておくが次は無いからな!そうだ、お前のもう一つの質問に応えよう。我の名前は暴食だ。確かお前とは黒いもやの状態の時に会ったはずだぞ」


 なんだこいつ?急に雰囲気変わったな、あとにやけ顔がなんかよく分からんけど怖い。ってあれ?確かバーバラさんが読み聞かせてくれた本の中にそんな名前が出てきたような気がする。


「暴食?どっかで聞いたことあるような……あ、思い出したぞ!神の子と戦って最後に敗れた『七つの何たらかんたら』だろ!でも死んだのになんでこんなとこにいるんだ?」


 俺の疑問に暴食も困ったように答える。


「『七つの大罪』だ。さっきの事を棚に上げて悪いが、お前よくこんなことを鵜呑みにできるな?まぁいい、お前の言っていることはほぼ正しい、が!我はまだ敗れてなどいない!何故なら現世に転生したからだ!と言ってもよくわからんが完全な転生は出来なかったようだが……」


 以外と負けず嫌いなんだな、と俺はふと思った。それと同時に純粋な疑問が頭に浮かび上がったので聞いてみることにする。


「詳しいことは知らんけど、暴食って名前じゃなくないか?なんか通り名っぽいし」


 その疑問に少女は当然のような口振りで答える。


「そうなのか?まぁ、確かに暴食というのは我が生まれながらに契約している魔力の名前だが、親も産まれた時からそう呼んでいたから慣れてしまっているのかもな」


 そうなんだ、でもなんか酷いよな、自分の子にしっかりした名前も付けないなんて。そうだ!俺が新しい名前を考えてあげよう!

 そう思った俺は、暴食の特徴をとりあえず探ることにした。


「な、なんだ!?我の方をマジマジと見て!お、おい!聞いてるのか?」


 よくよく見ると瞳が綺麗な金色だな。それになんか俺と雰囲気が似てると思ったら黒髪だったからか。あ、あと耳の尖ってるのも俺と結構似てるな、でも背は俺より低いし、胸も小さいんだけど、なーんか大人な感じがするんだよなぁ?あぁもう、よくわからん。


 そう俺は失礼なことを心の中で思いながらも、名前を必死に考えた。そして、


「えーっと、暴食だっけ?なら俺がお前にいい名前を付けてやるよ!全体的に黒いからクロナな!」


 俺に新しい名前を付けられた暴食はその場ですっ転んだ。


「本っ当にお前は短絡的だな……し、しかし、その名は気に、入ったぞ、これからは我のことをクロナと呼ぶことをゆ、許してやろうではななな、ないか」


 クロナは何故か少しどもりながら俺に許可をくれた。ていうかクロナってあんな肌の色赤かったっけ?

 そして前の夢の時はクロナから消えていったが、今回は俺の方が消える番らしい。その証拠に俺の体が足からからどんどん見えなくなっている。


「おっと、お前はそろそろ目覚める時間だ、そうそう、この前の夢の時に忠告した体力をつけることをしないと我が貸す魔力を上手く扱うことは出来んからな、その事を忘れるなよ、ルクス!」


 初めて俺を名前で呼んでくれたな。なんか嬉しい。


「あぁ、分かったよ!多分また色々世話をかけるけどこれからもよろしくな!クロナ!」


 そういえば、他にも色々聞きたいことあったんだけどな。まぁ、また今度ここに来た時でいっか。


 そしてクロナも黒いモヤとなって何処かへ行ってしまった。

 その後、目元が消える寸前に白い空間からいきなり扉が現れ開いたのだが、目が消えてしまったことでその人物の姿を確認することが出来なかった。

 目が消えてしまったせいで何も見えなくなっている俺は、今までに全く聞いたことのない声を、何故かぼんやりと聞き取っていた。


「くそっ、また遅かったのか!」


 その声を聞いた俺はまた新たな疑問が出てきたことに若干の煩わしさを感じながらも、完全にこの白い空間から消え失せた。






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