第11話 絶望のその先


 くそっ、こんなの勝てっこねえよ……


 まだ敵には発見されていないので逃げ出すことができたのに何故か思考が暫く停止してしまっていた。

 なぜならゴージャスウルフの上を飛んでいる魔物のシルエットを見た瞬間、自分たちが必死に抵抗してもすぐに殺されてしまうことが分かってしまったことによる恐怖が足を動かせなくしていたからだろう。


 そう俺が思っている間に、その魔物は逃げ去る途中のゴージャスウルフの前に降り立ち、何事も無いように一口でゴージャスウルフを丸呑みにしていた。


「ルクス?どうしたの?」


「シーッ、みんな!こっちを見たまま静かにしていてくれ、絶対に振り返るなよ……」


 俺は慌てて喜んでいるみんなを小声で黙らせた。

ようやく思考が回り始めた俺は、とりあえず敵の正体と能力を調べることにした。

 ナビ、アイツのステータスチェックを頼む。


(既にチェック済みです。)


カースドラゴン

レベル55

総合階級 第3階級

個別階級 火魔法 2級 水魔法 3級

風魔法 3級 雷魔法 3級


(この魔物は今回のスタンピードとは関係なく、大量の血の匂いを嗅ぎ、その匂いの原因である死肉を食べるためにやって来たと考えられます。また、人里に現れた時には災害級の被害を及ぼします。

そしてカースドラゴンはドラゴン種の中でもあまりいない知能を持たない種という点、そして雑食でほぼなんでも食べるという点が特徴です。)


 俺は絶句するしか無かった。災害級の被害を生み出す魔物なんかとやり合って勝てるはずがねぇだろ、とりあえずバレる前に逃げよう!


 そう俺は考え、森から出ようという合図を出そうとした瞬間、なんとチビルダのやつが後ろを振り返ってしまっていた。

 そこでチビルダはゴージャスウルフを丸呑みしたカースドラゴンが、今度はエレメントウルフの死体を咀嚼しているのを目撃してしまった。


あ、やばくね?


「う、ぎゃぁぁぁぁぁぁぁあああ!!」


 バタン。どうやらあまりに突然のことでチビルダは泡を吹きながら気絶してしまったようだ。

 それに連鎖してこちらの存在がバレたとわざわざ気付かせてくれるように、ご親切に鳴り響いたカースドラゴンの咆哮が耳に突き刺さる。


「グオオオオオオォォォォ!!」


 おいチビルダふざけんなよ!どんだけ人に迷惑掛ければ済むんだよ!

 みんなは突然の音に耳を塞いでしまい、瞬間的に状況を把握することが出来ていない。


 俺はとにかく失神しているチビルダを何事かと混乱しているデフのところに放り投げ、素早くカースドラゴンの方に意識を向ける。

 しかしさっきまでカースドラゴンがいた場所には食い散らかされた死体しか残っていない。


「くそっ、どこ行きやがった?……あ?」


 俺がカースドラゴンが空に居ることを悟った時にはすでに遅かった。何故なら火属性魔法の広範囲なブレスがこちらに迫ってきているからである。


「くっ!『ウインドプロテクト』」


 な、何でイーサ姉ちゃんがまだ魔法を使えるんだ?ましてやシールド系魔法の上位に当たる魔法の魔力なんて残ってないはずだ!


「こ、これは奥の手よ!ルクスにだってこのことは秘密だったんだからね!!」


 イーサ姉ちゃんはこんな時まで軽口を言ってくる。だがみんなの顔は相変わらず絶望色に染まったままだった。その理由は簡単だ。イーサ姉ちゃんの魔法がどう見てもカースドラゴンのブレスに押されているからだ。


「ご、ごめん……みんな、わ、私が守るって言ったのに」


 そうイーサ姉ちゃんは涙を堪えながら言い、数分後に迎えると思われる最期の前に伝えたい言葉を俺とみんなに笑顔を向けて一生懸命に伝えた。


「みんな、今までありがとう……みんなといる時間がいっちばん嬉しくて、楽しかったよ……また…来世でも会えると、いいね」


 は?ふざけんな!そんなことが許されてたまるか!

あ、有り得ねぇ、なんなんだこれは、俺たちが何したって言うんだよ!

 それとも俺の判断が悪かったのか?あの時、みんなを連れて村に逃げ帰れば良かったのか?

 あぁ、なんて俺はバカだったんだ、こんな何が起きてもおかしくないところで目先の事ばっかりに集中して何もかも見失ってた。

 でもそんなこと誰が責めれる?みんなだって納得してたじゃないか!イーサ姉ちゃんと俺だって頑張ったじゃないか!

 ていうか何が悪いとか知らねーんだよ。俺はとにかく守られてばかりの自分が嫌いだ!こんなすぐに人が死ぬ世界が憎い!俺はまだ俺に良くしてくれた人達になんにも返してないんだよ!それどころか目の前に居る仲間たちも守ることも出来やしない……

 だから守るチャンスも与えてくれないこの世界も神も消えてなくなればいいんだ!そして魔物(カースドラゴン)達!お前らは絶対に許さない……死んで記憶が無くなってもいつかお前らを殺し尽くしてやる!……


 俺はひたすらこの世に対して無言の怒りをぶつけ続けた。


(魔力の暴走を確認、彼の命を最優先に……)


 ナビが何か言っているが全く頭が回らない、そもそもナビってひとりでに話せたっけ?

 そして俺の中の何かが壊れたと自覚した瞬間に俺の意識は途切れた。




━━━━━━━━━━━━━━





 ルクスが倒れた直後、彼の体中から大量のどす黒い魔力が溢れ出続けている。それにはイーサを含む全員が驚きを隠せないでいた。


「ル、ルクス!?」


 イーサが魔法を展開し続けながらもルクスの名前を呼ぶが反応は無く、その間も魔力が溢れ出している。

そしてしばらくすると、その魔力の塊は水の様な性質に変化していった。


 そしてその魔力は洪水の様に勢い良くイーサとカースドラゴンの魔法に向かっていき、衝突する。

 その瞬間、その2つの魔法は黒い水のような魔力に侵食され、溶けるように消滅した。


 しかし不思議なことに、この魔力はイーサたちには触れることも当たることもなく、すり抜けていくのである。


「う、嘘でしょ?ルクスにこんな力があったなんて……」


「な、何なんですかこれは?」


「知らないわよ!とにかくヤバイのは確定ね」


 そんなイーサたちの驚愕も、次の瞬間に絶句に変わる。さっきまで水の性質だった魔力が大きな手の様なものに変化し、カースドラゴンを握り潰しているのである。

 ここでサラが冗談のようなことを口走った。


「ははは、遠目から見たらなんかこれ、大災害みたいよね……」


 しかし、その表現はある意味では的を射ていた。

何故ならこの時から数時間後、濁流のように黒い魔力が広がっていき、近隣の森とプレミア平原、そして後からスタンピードによって現れた3000匹の魔物の群れに至るまでの全てを黒い魔力が消滅し尽くしていた。その後残っていたのはイーサたちと何も無い更地だけだった。

 その所業はまるで突如起こった大災害を体現しているものであった。


 そしてこの不可解なスタンピード事件の終わり方と辺りの更地を目にした人々は口々にこう言ったそうだ。

黒い波が全てを洗い流していった。と……

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