第7話 ルリと料理
アランのお店を出た後、南の方へと進みながら、気になった路地には必ず入り、わたしたちは大通りへと向かった。
「さて、ここからどうしようか」
大通りまで来た時、わたしは尋ねた。時刻は十三時を回り、お昼時を過ぎていた。わたしたちプレイヤーは空腹度と渇水度が空にならなければいいだけなので、必ずしも食事が必須というわけではない。なので、このまま散策を続けたところで問題はなかった。けれど。
「えっと……。もう、散歩はいいかなって……」
そう。これなのだ。お店巡りといっても、所詮は住宅街の中にある小さなお店であり、そうそういくつもあるわけではない。さんざん歩き回ったが、覗いたお店はほんの数軒。ほとんど、ショッピングというより観光だった。
「あ、それなら。わたし、お料理がしたいかな」
ルリが意見を言った。
「あ、それいいね」
アカネが名案とばかりに乗っかった。
「うん? ルリは料理得意なの?」
わたしは質問を口にするが、答えたのはルリではなく、アカネだった。
「はい! ルリの作る料理はとってもおいしいので、期待していいですよ!」
という、
わたしたちは噴水広場のあるロータリーを目指し、大通りを西へ移動する。<ローウェルの街>に来たプレイヤーはさほど多くなく、ほとんどがまだ<イグナシオの街>にいる。そのため、<イグナシオの街>では混雑していた大通りも、<ローウェルの街>ではかなり快適に歩くことができた。が、それも時間の問題で、直に多くのプレイヤーで溢れることとなるだろう。また、次の<ハーヴィーの街>にいるプレイヤーもわずかながらいるらしく、第二フィールドのボスの情報がすでに上がっていた。
噴水を目指して、大通りを西進していると、その途中で、右手側に四角い大きな建物が見えてくる。これが目的地、生産用に開放されている作業場だ。前回は噴水広場から東へ向かったが、今回は逆から来たことになる。……違う街の話だけど。
作業場は、今回の目的である調理のほか、鍛冶、裁縫、木工など、それぞれに専用の区画が設けられ、それに応じた設備が据付けられている。調理ならコンロやオーブン、裁縫なら用途ごとの複数台のミシン、そして錬金術なら大量生産用の巨釜や蒸留装置など。
ちなみに、この世界のミシンは布だけでなくモンスターの皮をも縫わなくてはならず、革用もリアルの革用とはわけが違うとのこと。いるかいないかは知らないが、おそらくいるだろうあのドラゴンを後々縫わなくてはいけないのだからこのくらいは普通なのかもしれない、としてプレイヤーたちには納得されていた。
わたしたちは階段を上り、調理区画へ向かう。一階は待ち合わせなどのスペースとして開放されていて、二階以上は利用者のみに立ち入りが制限されている。とはいえ、別にシステムで縛っているとかいうものではないので上がるだけならば、それは可能だった。
ピッ。ガチャン。
「「「………………はあ」」」
カードキーで開錠される木製のドア。ファンタジーな異世界に投げ込まれたハイテクアイテム。シュールな光景にわたしたちは微妙な顔をしながらも、そういうものとあきらめて入室した。
「そういえば、ルリは調理スキル取ってなかったよね。いつ取ったの?」
わたしは最初会ったときに見せてもらったスクリーンショットを思い出しながら尋ねた。
料理をするのには、調理器具や設備のほかに「調理スキル」という専用のスキルが必要になる。これがなければ一切の調理ができず、火にかけたフライパンで肉を焼く、ということもできない。実際にやると燃え尽きて「灰」というアイテムに変わるらしい。これはこれで調合や鍛冶で使える素材になるらしいが。
「あ、そっか。まだ、言ってませんでしたね。あーと、えっと。最初にスキルポイントってのを使って取ったんですよ」
ルリに訊いたのがよくなかった。わたしは応援を求めてアカネを見る。が、あからさまに気づかないふりをされた。しかも、空中をつつき始める始末。あきらめて改めてルリに向き直り、根気よく話を聞くことにする。
それで、ルリの話をまとめると、「調理スキル」はスキルポイントを消費して取得した最初のスキルと言いたかったようだ。「調理スキル」のほかは「精神力強化スキル」を取ったとのこと。また、本人が言うには、ずっと料理する機会を窺っていたそうだ。
ルリはある程度話すと満足したらしく、活き活きと調理台に向かっていった。わたしは深い溜息を吐くと、アカネを見る。
「あはは……。お疲れ様です」
アカネは笑って誤魔化そうとする。わたしは軽く睨むと、アイテム欄を開き、素材を取り出した。
「それは……ああ。呪符ですか」
正確には色札だが。これにさまざまな効果を封じて呪符にする。これがどの程度、使えるのかは、すべてこれからといったところ。色々、試してみるよりなかった。
わたしは手始めに、毒草と色札を[錬金術・封印]を使って合成してみる。と、説明通り、毒を封じた呪符が出来上がる。使えば相手を毒状態に出来る……のだが、相手に接触させなくては毒の状態異常を付与できないことが判明した。意外と使い道を考えるのは難しそうだ。
わたしはひとりで悩むことを早々に放棄して、アカネにも一緒に悩んでもらうことにした。呪符に関心を示していたアカネにこの結果を伝えると、たちまち、難しい顔をする。
「さすがにこれをそのまま投げるわけには……無理ですよね」
わたしは無言で頷く。そのまま、わたしたちは各々、思考に耽る。
「……ルナさんは投擲スキルがありますから、それを活かしたいところですね」
アカネが誰にともなく呟く。
たしかにそうなのだ。わたしの攻撃に使えるスキルは「精霊術スキル」と「投擲スキル」のみ。そして、今話題に上がっている「投擲スキル」は、勝手を知りたくて少し練習してみた程度で、実戦では一度も使ったことがなかった。
具合としては、コントロールの方は、ポンコツなわたしでもばっちり真っ直ぐに飛んで的に当たったので、スキル様様といったところだった。威力の方は、わたしの残念すぎるステータスでは大したダメージソースにはなりえず、優秀なアタッカーが二人いる今では完全にお蔵入り。
けれど、この呪符を上手いこと使うことができれば、わたしもサポート要員として戦闘に参加できるはずだった。生産者とその護衛二人という状況には少々、思うところもあったのだ。
「まあね。とはいっても、石に巻いても、ナイフに巻いても、ダメっぽいから……ね」
とりあえず、こいつ紙だし、ということで、それなりの重さのあるものに巻くということを試してみたのだが、「投擲スキル」の影響で速度を増した得物にかかる空気抵抗に耐えられなかった。ちなみに、作業場の壁はこの程度のダメージではかすり傷すらつかないほど丈夫だ。……逆に、わたしの出力が小さすぎ……いや、これ以上はやめよう。心に傷が!
「そうでしたね。……はあ。もういっそ、ナイフが呪符になってくれないもんですかね」
アカネがそう言って、投擲用に作ったダガーを手に取った。
「ああ、なるほど。……ふふ、そっか。なら、試してみようか」
正直、今のスキルレベルでできるかは微妙なところだが。まあ、無駄になるということはない。失敗からだって得られるものはあるのだから。
「え? 試すって……あっ! 錬成ですか!?」
アカネも気づいたようだ。わたしは頷いて、毒を封じた呪符と、錬成によって自分で作った鉄のダガーの合成を試みる。[錬金術・錬成]を使い始めると、二つは淡い光を纏い、溶け合うように混ざり合っていく。そして、しばらくしたところで光が収束した。
「これは……できたってことですよね?」
アカネはおそるおそるというように訊いてきた。わたしは不敵に笑って見せる。
そこにあったのは、刀身に赤青二色の模様が描かれた一本の小振りなダガー。それには、触れた相手に毒の状態異常を付与する効果があった。毒のソースが毒草なので効果自体は大したことはないのだけど、この試みで得られた成果はとても大きかった。呪符の使い道。これが拓けたことにより、その価値が跳ね上がった。
けれど、実際のところ、似たようなスキルや技は存在した。それらは、今のところは装備にステータス上昇の効果を与えるという程度のもので、スキルレベルや用いる素材によって効果量が上下するだけだ。しかしながら、後々になれば、属性や状態異常を付与する等の特殊な効果が付いた武器が作られるようになるだろうし、「調合スキル」持ちが毒の開発とその活用方法を熱心に模索しているだろう。だから、技そのものに価値があるというよりは、それらを自分でできるようになった、ということにわたしにとっての価値があった。
わたしたちの話題はこの結果を基にした、今後の展開へと移った。このまま検証を続けようにも、手持ちの素材には限りがある。森を一回抜けてきただけのわたしたちでは、量はともかく種類がないのだ。だから、この話題の移行は必然だった。そして、
「何のお話してるですか?」
時間切れでもあった。ルリが料理を作り終えたのだ。
わたしたちは、ルリの料理に舌鼓を打ちながら、新しい技のことやこの世界ならではの食材といったものから他愛のないことまで、さまざまに話題を変え、たっぷりとおしゃべりを続けたのだった。
五日目。今日は<イグナシオの街>の図書館に来ていた。昨日と同じく「もしあるとするのなら街の中で」という理由もなくはないのだが、作業場で料理をしたルリが、モンスター由来の食材を使いたいと言うので、その情報を得るためというのが主目的だった。
昨日の料理では、ルリは知っている食材だけを使って調理したらしい。なので、わたしは、リアルにある食材が手に入るのなら、モンスター由来の食材にこだわる理由はないのではないか、と思っていたのだが、どうやらそういうわけにはいかないらしい。それは、
「こっちのお肉の方が安いんですよ」
値段だった。この世界において、モンスターの肉は狩れば手に入り、常にそれなりの量が供給される。一方、そうではない肉はどこかで飼育されていたものであり、コストがかかる上に、数が少ない。つまり高級品という扱いだった。
「……はあ。なるほど。これはモンスターの肉を食べろってことですね」
おそらく、そういうことだと思われた。
けれど、出費は抑えられるならそれに越したことはない。ゲーム攻略上、食事というのはおよそ趣味の域を出ない。その上、ゲームが進行するにつれ、攻略にかけるコストは増大していくのがお約束だ。そういうことを思えば、重要性が低い食事にあまりお金をかけるのもどうかという考え方もあった。モチベーション的にはおいしい食事は大事なので、惜しむ気持ちはあまりなかったが。
そんなルリの料理のために、図書館に来ていたのだが、プレイヤーの間での図書館の評判はあまり良くはない。というのも、スキルや技が得られるとか、イベントが発生するとかいうものがないからだ。まだ、必ずしも何もない、と決まったわけではないのだが、一通り探索したプレイヤーたちが特になにもなかった、とスレッドに報告したことで、注目度はほぼなくなってしまった。また、ゲームをやりにきたのに開始五日以内に図書館に籠るとか、そんなことをしたがる人間は、そうそうたくさんいるわけではない。結果、人の集まらない場所となってしまったのだ。
けれど、プレイヤーがまったくいないか、といえば、必ずしもそういうわけではなかった。<アルテシア・オンライン>はその注目度から多様な人間を集めていた。ゲームの設定を調べるのが趣味な学者を自称する物好きもいれば、普段はゲームしないがたまたま誘われたから来ただけという本の虫もいる。純粋にゲーマーだけを集めていたのではなかった。そのため、閑散とはしていたが、ところどころまばらにプレイヤーの姿があった。
わたしたちは各々、気になる本を手に取り、読書に耽った。わたしが手に取ったのは錬金術に関連したもの。ルリは料理の本があったことで嬉々としている。アカネはこの世界に関連した小説を読んでいた。後から聞くと、どうやらよくある英雄譚だったらしい。わたしは[錬金術・集中]を使い、リアルではできなかった速さでページを読み進めていった。
本の内容はレシピや素材、仕組みや歴史など広く浅くといった感じだった。さながら錬金術の入門書だった。けれど、参考になる素材の組み合わせ方や、錬成の使える範囲のようなものもなんとなく分かり、十分にありがたいものだった。
他には、投擲用のダガーや二人の武器のための知識、呪符に込めるための状態異常系の毒のための調合の知識などを仕入れた。やはり、生産系で共通して習得できる技「集中」は便利だった。リアルだったら一日でこんなには読めないからね。
ああ、それと。後からアカネから聞いたんだけど、生産系のプレイヤーの出入りが結構な人数あったらしい。そういう、生産関連の本を読んでいる姿が見られたんだそうだ。実際、わたしたちもそれが目的で来ていたのだから、それはあって然るべきことだった。なので、あくまでも、戦闘系のプレイヤーたちの注目度は低いかもしれないが、生産系のプレイヤーの注目度は一定程度あるようだ、ということをここで言っておくことにする。
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