第二章 ローウェルの街

第6話 錬金術師アラン


<ローウェルの街>はさしあたって、<イグナシオの街>と変わりなかった。東西南北それぞれに門があり、十字に走る大通りがあり、中央に噴水のある広場がある。大きな城壁の中に建ち並ぶ家々は石造りで、すれ違うNPCは皆、穏やか。広がる光景はモンスターがいる世界と思えないほど平和だ。


昨日は第一フィールドを攻略し、街に着いたらすっかり暗くなってしまっていた。そのため、<ローウェルの街>の観光は今が初めてといったところだ。


今日は配信開始からゲーム内で四日目。リアルでは十二時から十三時。ルリとアカネによれば、お昼で落ちる可能性があるとのことなので、もし落ちるのならばフィールドよりも街の中の方がいいだろう、という判断で、<ローウェルの街>を散策することになった。


「あ、あれ。お店の看板じゃないですか?」


アカネの言葉にわたしとルリは、アカネの指さす先を見遣る。と、確かにそれっぽいものが見える。場所は大通りから外れた裏通り。四つに分けられた区画で言えば北東区とでもいうべきか。そんな人気のない場所でもお店はあり、大概は食料品や生活雑貨のようなものを扱っていた。だが、稀に、趣の違うものを売っているお店がある。そういうお店は看板を掲げていることが多く、


「これは……スキルですか?」


プレイヤーにとって必要不可欠なものがあったりする。


「こんにちはー」


わたしたちは看板から扱っている商品を予想し、お店に入る。店内はあまり広くなく、そんなただでさえ狭い空間をさらに圧迫するかのように天井にまで伸びる大きな棚が四方の壁を覆っていた。棚には占いで使いそうな無色透明な球体が、鍵のついたガラス戸の向こうに並べられ、紙に書かれた表示には「値段」と、予想とは少し違い「技名」が記載されていた。


「お店の人、いませんね」


アカネの言葉通り、お店の奥にあるカウンターにはあるべき人の姿はなく、店内にわたしたちだけという状態になっていた。


「まあ、そのうち来るでしょう。それより、先に何があるのか見ておこうか」


わたしはそう言って、早速、商品をチェックしていく。二人も仲良く商品を眺め始めた。


商品はこちらが認識すれば「鑑定スキル」がなくとも「技名」と「コメント」、「取得要件」といった最低限の情報は開示されるようだった。それでもわたしは「鑑定スキル」を使い、もう少し細かい情報まで視ていく。技は、大概は手持ちのもので足りてしまう性能で、一部に至っては用途不明の謎技だった。わたしが見た限りでは、めぼしいといえるものはなかった。わたしは二人を見るが、そちらもあまり芳しくはないようだ。


「……まあ、二番目の街だし。こんなものかな」


わたしはそっと呟く。見つけにくい場所にあるとはいえ、序盤に強力な技が手に入るとは考えにくい。あきらめの溜息を吐きながらわたしは店内を見渡し――ふと、一点に目を留めた。わたしはそこに寄っていく。


「ん? ルナさんどうしました……って、ああ。そっか……」


わたしが目を留めたのは、カウンターの向こうにある棚。アカネもそれに気づいたようで商品の物色を中断する。


「本来、最初に見るべき場所でしたね」


性能はやはりそこまで目を引くものではなかったが、それでも今までとは段違いだった。


「解読、ねぇ……」


わたしはひとつの技に注目した。


「解読? なんだ。トレジャーハンターでもやる気なのかい?」

「え?」


聞こえたのはこの場にはいないはずの男性の声。ふいの声にわたしたちは戸惑うが、そんなわたしたちを気に留めた様子もなく、カウンターから続く奥の部屋から若い男性が出てきた。


「おお! 久しぶりのお客さんだと思ったら、一度にこんなにも来てくれるなんて。今日はいいことがありそうだ」


お店の人はとてもご機嫌な様子。というか、三人来ただけでこれって……。この店、ほんとにやっていけているのだろうか。


「あはは……。いえ、たまたま目についただけで、そういうわけでは――」


わたしは男性の問いに、否定の返事をしようとするが、


「――もしかして、君は『錬金術師』なのかい?」

「え?」


男性の思わぬ言葉に中断させられる。


「そっちの二人の武器と防具を作ったの、君でしょう?」


まさかの追撃にわたしは一層、混乱する。


「え、はい。そうですけど――」

「――お、やっぱりかい! いやー、そっちの二人の装備を見てね。作ったのが君なんじゃないかって思ったんだ。これだけのものを錬成だけで作るなんて、すごい腕だね」


……どうしよう。完全に彼のペースに呑まれている。


というか、どうしてわかったんだろう。ログ解析でもしたのだろうか? ……NPCだ。ありえなくはない……かもしれない。イベントは条件で発動するものがある。たまたま偶然、図らずも、そういうイベントを運命的な確率で奇跡的に引き当てたという可能性も、ともするとなくはないかもしれない。


「いやー、ほんとうれしいね。こんなところに僕以外の錬金術師が来てくれるなんて。ああ、僕も錬金術師でね。自慢にはならないだろうけど、ここにあるものは全部、僕が作ったんだよ」


そう言って、男性ははにかんだ。


男性――アランが言うには、ここにある商品のほとんどは彼が取得している技を封じたものなのだとか。ただ、所有している技は皆、各スキルの低レベルのものばかりで大したことないため、微妙なラインナップになってしまっているらしい。けれど、肝心のどうやって作っているのかは教えてくれなかった。やはりシステムだからだろうか。


「――こうして優秀な後輩を見ると応援したくなるんだよね。僕も駆け出しの頃はすごく苦労したから、先輩たちがやさしくしてくれたときのありがたみは身に染みてわかっているよ――」


……ああ。アランが過去にトリップしている。目の焦点が合っていない。


そうして、アランの過去話がしばし続き、それが一段落すると「ちょっと待ってて」と言い残して、奥へ戻っていった。


「一体、何がしたいんだろ……」


わたしはうんざりとした気分で呟く。


「あはは……。なんていうか、すごくマイペースな方ですよね」


アカネが困ったように、乾いた笑いを浮かべている。


「うーん。なんか途中からよくわからなかったよー。なんか大変だったみたいなのはわかったけど……」

「それだけわかってれば十分だと思うよ……」


頭の中がぐるぐるしているらしい、もやもやした暗い雰囲気漂うルリを慰めてやる。


「やあ、お待たせ」


重い溜息を吐いていたわたしたちのもとに、アランが何やらいろいろ抱えて戻ってきた。見ると、水晶玉のようなものと、素材アイテムだろうものが入った箱を抱えていた。


「これは僕の師匠がね、くれたものなんだけど、どうにも使いこなせなくてね。でも、君ならきっと使いこなせるんじゃないかって思うんだよね」


そう切り出したアランは、再び冗長に話し始める。


まず、簡潔に言って、これは「呪符」を作るものらしい。呪符というのはさまざまな力を封じた紙のようなアイテムのことで、使い方としては、例えば毒草から毒を抽出し封じておけば、使った相手に毒の状態異常を付与することができる。イメージとしては「呪術スキル」の技を代替する道具といったところだろうか。


「――それで、これが呪符の基となる『色札』を作る材料だね」


そう言って、示すのは、手のひらサイズの長方形の紙と赤青二色のインク。


「そして、こっちがその材料を作るための材料」


続けて示されたのは、鉱石や植物の葉といったいくつかの素材。そして水。


「これはいいよね、純水は。水を精製すれば得られるからね。それで――」


そう言って、説明は続いていく。けれど、先程までのアランの過去話とは違い、自分が覚える新しい技のこと。わたしは、今度は打って変わって真剣に話を聞いていく。


「――とまあ、こんな感じ。どう? 使えそう?」


これだけたくさん話せたことがうれしかったのか。とても、やりきった感が出ている。いわゆる、どや顔だ。


「はい。まあ、実際に使ってみないことにはなんとも言えない部分はありますけれど、使えると思います」


わたしは率直に言う。


「そうかい! それはよかった! それなら、ぜひ使ってみて欲しい。さあ! これを!」


なにやら酔ったような身振りで水晶玉のようなものを差し出してくる。わたしにとってはさっきからずっと「おあずけ」を食らっていたようなものだったので待ちに待ったというところ。アランの様子など気にも留めず、嬉々としてアイテムを使用する。


――[錬金術・呪符作成]を取得しました。

――[錬金術・封印]を取得しました。


相も変わらず、ピコンという軽快な電子音とともに、ウィンドウが開く。それぞれの技の効果を確認すると、[錬金術・呪符作成]は呪符の基となる色札を作るためのもので、[錬金術・錬成]では作成できないらしい。また、作成した色札になんらかの力を込めて呪符とする際には、もうひとつの[錬金術・封印]を使う。こちらは戦闘ではまた違う効果があるようで、[錬金術・錬成]のような汎用性のあるスキルだと思われる。


わたしはその検証を後でやることにし、とりあえずアランに向き直った。


「はい、取得できました。ありがとうございます」


わたしはアランにお礼を言う。


「礼なんかいいさ。君が活用してくれるというのならそんなうれしいことはない。道具も技も使ってくれる人がいて初めて輝くのだから」


どうやら、師匠から譲ってもらったという技を燻ぶらせていたことを気にしていたらしい。意外とまじめな人だったようだ。


「そうですか。では、有意義に使わせていただきますね」


わたしは、今度は礼ではない言葉を口にする。


「ああ、ぜひそうしてくれ」


こうして思いの外長かった滞在を終え、技二個を報酬として得たのだった。

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