ある少年が大人になるまでの話

シグレイン

第1話

 少年が学院の門を叩こうとしていた。その胸には今後への期待と希望がみっしり詰まっている。切れ長の双眸を輝かせ、自分の背丈の数倍あるゲートをくぐり、白髪の少年はいよいよ学院へと足を踏み入れた。

 煉瓦造りの校舎は古風にして荘厳、その長い歴史を一瞬で物語り、見る者を圧倒する。まだ若き受験生の多くは怖気つき身を震わせた。しかし、少年は怯まない。真の恐怖を目の当たりにし、絶望の淵より還ってきたことのある彼にとって、この程度の威圧感は取るにたらないものだった。バシリスクから生きのびた蛙が、どうして蛇ごときにたじろぐだろうか。

 動揺を隠せない他の受験生を尻目に、少年は受験会場の教室へと入っていく。幼さの残る顔には釣り合わぬ堂々とした態度は、彼が珍しい色の髪を持つこともあってか、他の受験生の注目を集めた。特に金髪で長身の少年は、顎に手をやり、首を上下に振り、そして何かを呟いた。感心したのだろう。一方、白髪の少年も、金獅子のような風格を備えた長身の少年に興味を覚えた。刹那、二人の目線が交錯。声無くして会話が行われ、この瞬間に二人の間に競争心が芽生えた。

 それからしばらく経って受験生のほとんどが着席し、女性の試験監督が教室へとやってきた。問題と解答用紙は膨大な量であったが、彼女は運搬に魔術を利用しており、疲れた様子はまったく見られない。教卓に用紙を置くと、彼女は目を瞑り呪文を詠唱した。用紙は一部ずつ分かれて浮遊すると、鳥が各々の巣へ戻るかのように各席へと飛んでいく。眼前で行われた見事な魔術に、皆(みな)は驚嘆の息を漏らさざるをえない。その例に漏れたのは件の二人だけだった。

 やがて長く過酷な試験が始まる。国語・算術・外国語・魔術・歴史の五科目を、受験生は五時間で解ききらなくてはいけない。一科目一時間の試験は、十歳やそこらの子供には厳しいものだ。そして、それは監督をしていた魔術科の教師にも言えることだった。試験監督は不正がないか見張るのが本来の役目だが、普通そんなことをする度胸のある子供はいない。彼女は抑止力としてそこにいるだけで良かった。あまりにも退屈な仕事だったので、彼女は試験開始後数分で暇をもて余す。彼女はなんとなく教室一帯をぼんやりと見やった。そして気づく。白髪の少年と金髪の少年が競争していることに。二人の解く速度は群を抜いており、どちらが先に解き終わるか競っていることが目に取れた。デッドヒートの結果は試験監督にも気になるところであったから、その視線は常に二人の間を行ったり来たりしている。仮にこのとき誰かがカンニングしていたとしても、きっと発覚しなかっただろう。彼女は試験監督失格である。

 怠慢な試験監督は、すでに才能の片鱗を見せた二人の成長に思いを馳せた。きっと将来活躍するだろうと。その予想は間違っていないのだった。

 二人は、学院での数年間、親友として切磋琢磨することになる。白髪の方の名をアルブス・フォルティス、金髪の方の名をガント・ローエンハルトという。

 これはアルブス・フォルティス、すなわちアルが大人になるまでの物語である。

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