第二章43『決別』
「来てしまったみたいです、じゃないだろ」
突然発せられたその言葉はベイリーのものであった。その苛立ちを含んだ声に、翔は少なからず動揺しながらもその言葉に答える。
「……もちろん、俺だって今回のことは反省してるつもりです。元々触れずに相手を未来に飛ばすなんて、そんな無茶なことをしようと思ったのは俺ですし、そんな状況を作り出したのも……」
「そういうこっちゃないんだっつーの」
そうして弁解をする翔の言葉を遮って、ベイリーは続ける。
「なんか今までのお前の話、ごもっともな感じも少しはしたが、俺には言い訳しているようにも聞こえたぞ。『俺は○○しようとした。けど失敗した』。それが本当なのか嘘なのかは知らねぇが、結果今
そのベイリーの言葉に、思わず翔は押し黙る。その主張が翔の予期していなかったものだったにも関わらず、凄く理にかなっているように思えたからであった。
しかしその言葉に少しの苛立ちも感じていた翔は思わず口調を少し強めて言う。
「……はい。その通りです。けど、だからこそ俺はこうして反省して、悪いと思ってて……」
「『悪いと思ってて』……? それにしちゃおかしいな」
しかしその翔の反撃も、間もなくベイリーにそう捕えられる。そして冷静な、冷酷な目をして、ベイリーは言い放った。
「……俺は今日、
そのベイリーの言葉に、翔は思わず口を噤む。その翔に畳み掛けるようにベイリーは続けた。
「『反省して』るだ? 『悪いと思って』るだ?
そのベイリーの言葉はあまりに厳しい物言いだったが、同時にこの上なくその状況に巻き込まれた
「言っとくけど、俺はお前に、『仕方なかったな』だとか、『しょうがなかったよ』だとか、慰みの言葉なんかこれっぽっちもかけるつもりはねえ。この事態が不可抗力の事故だとでも言うのか? 俺には、その触れずに発動する『時間跳躍』とやらが失敗した云々じゃなくて、お前が『新種』を怖がって
そのベイリーの言葉に、翔は何も言えないでいた。その実、翔は自らのその心の内に驚いていたのだった。ベイリーが今主張していることはあまりに当たり前のことだ。当たり前のことであるのに、翔はそれを煩わしいと思っている。つまりそれは、ベイリーが言い放った通り、翔が誰かに慰められるだとか、その告白で皆が翔を許すだとか、そんな甘い未来を望んでいたことの証明に他ならなかった。
──そんな、俺は、俺は……っ!
そうして苦悩する翔に冷たい視線を浴びせながら、ベイリーは続けて言った。
「……そして何より極めつけに。
そうしてベイリーは続けて言った。その世界に回帰してから一度も姿を見ていない、自らの弟のことを思い出しながら。
「なあ、カケル。さっきお前は、
……あの時弟は事実
そのベイリーの言葉を聞いて、翔は思わず身の毛がよだつのを感じる。
「……やめろ……」
思わず敬語を使うのも忘れて、翔はそう呟いていた。しかしその言葉が聞こえなかったのか、聞こえないふりをしたのか、ベイリーはその呟きになんの反応も示さずフィルヒナーの方を見て言った。
「そのカケルの話が正しかったら、未来に飛んだのは俺らの方で、
「──やめろ!」
そのベイリーのわざとらしい質問に、翔は思わずそう叫んだ。翔は怖かったのだ。見て見ぬふりをしていたその真実を、改めてその耳で聞いてしまうことが。
しかし残酷にも、フィルヒナーの唇は開かれた。
「……いいえ。
その真実は、その場で何よりも翔の心を乱した。
「……ぁ……」
それはつまり、翔が暴走させた『時間跳躍』の力によって、フレボーグを殺したことにほかならなかったからであった。
「……
翔の頭はその事実を認めるのを拒絶していた。しかしその事実が耐え難いものであるのはその場にいる全員についても同じようで、その場にしばらくの沈黙が流れ始める。その沈黙に耐えきれないというように、翔は必死にその頭を働かせ、そして呟いた。
「……もしかして、先輩と『新種』を未来に送るのも、
それはあまりに楽観的な考えであった。翔は一度、その作戦に失敗したということを自分で認めていた。それを否定し、せめて救いようのある方に考えを変えるというのはあまりに身勝手なものであった。
しかし、そうしてその事実から逃げようとする翔に追い打ちをかけるように、フィルヒナーが静かに話し出した。
「……残念ですが、その可能性もありません」
そのフィルヒナーの言葉に、翔は目を見開いて彼女を見る。フィルヒナーはコハルの方にその手を伸ばしたかと思うと、彼女から何かを受け取って翔の方に差し出した。
「……これがなんだか、お前にはわかるな?」
そうして差し出されたものを見た瞬間、翔はその世界に
「……あ……ああ……」
それは最早当初の原型を留めていない代物であった。しかし翔がそれを識別しえたのは、その独特な形状故だった。
それは、『何か』によって無残に壊された、フレボーグのマスクであった。
「……正規の遠征隊が消えてから一年が経った頃、私達が少し遠出をした時に見つけたものだ。これが今の時代にあるということは、これが指し示すことはもう分かるだろう?」
その声に並々ならぬ怒りを込めて、フィルヒナーはそう言った。彼女自身も、翔のその言動に苛立っていたのだった。その苛立ちをぶつけるかのように、フィルヒナーは放心する翔に言い放った。
「フレボーグ・グレイは戦死した! これは紛れもない事実であり、そして同時に、お前が彼を殺した、その事も言い逃れの出来ない事実だ」
そう言い放ったフィルヒナーの後を継ぐように、ベイリーはその小さい身体を翔と釣り合わせんとその胸ぐらを引き寄せて言った。
「……おい、スサキカケル。俺はお前が過去から来ただとか、未来に行くことが出来るだとか、そんなことに興味は全くない。だが、これだけは言っておくぞ?」
そうしてベイリーは、その顔にありったけの憎悪の気持ちを込めて、翔に言い放った。
「
そう激語したベイリーの目には、いつの間にか涙が浮かんでいた。それはその訳の分からない状況で、自らの弟を失った兄の悲しみの涙であった。
そうして翔は、その状況がもう既に取り返しなどつかないほど、壊れきってしまっていることにようやく気付いたのだった。
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