第一章18『発明』

 この世界に来てから、翔は命の危機にさらされることが度々あった。無理もないだろう。気を抜けば凍死、そうでなくても雪原はマンモスやその他の獣達が蔓延っているのだ。そのためか、命を脅かすほどの危険、それに対する注意力は知らず知らずのうちに磨かれていたようだ。


 だからその爆発音が鳴り響いた時、翔は瞬時にそこに向き直った。警戒の糸はピンと張られていた。その後何が起こっても対応できるように。といっても、その爆煙から一人の、十歳くらいの少女がさてもう当然のように出てきた時までの話だが。


「……え?」


 突然の事態に情けない声しか出なかった翔の後ろで、フィルヒナーが一つため息をつく。


「……またですか、アンリ博士」


「えへへ~」


 その全く懲りていない、自由な雰囲気とその引きずった白衣に、翔が思い出した。


「……あ、スタンガン改造した奴……」


 翔がフィルヒナーに嘯き『氷の女王』を追い払うとして外に出ようとした時、改造したゴツゴツのスタンガンを渡してきたあの少女博士だ。あの時点で翔は彼女に「変人」のレッテルを貼っていたが、今一度それを貼り直すことになりそうだ。


「まったく……

 お好きな実験をするのは勝手ですが、失敗して爆発するのはいい加減やめてもらいたいです」


「失敗じゃない! うまくいかない方法をひとつ見つけただけ!」


 そうして、どこぞの発明家の名言を引用して元気に笑う少女は一見して可愛く見えるが、煤けた肌や、ダボダボの白衣などがその可愛さを損なっているように見えた。


「お!」


 と、突然なにかに気付いたように少女がこちらにとたとたと駆け寄ってきた。


「『原始人』くんじゃん! 生きてたんだ!」


「……その呼ばれ方も久しぶりだな」


 やはり第一印象は大きいということだろうか。悲しいことに目の前の少女にとって翔は『原始人』というイメージで固定されてしまったようだ。確かにマンモスの毛皮を防寒具として着ていた翔の姿は、一見して原始人であっただろうが。


 しかし、今や翔はマンモスの皮などまとっていない。恐らく誰かが着せ替えてくれたのだろうが、まさに病人が着るような味気のない色の病衣を着ているのだ。もう翔は立派な文明人と言っていい。よって目の前の少女に原始人呼ばわりされる言われはない……。


 と、そこまで考えてから気付いた。


「……あれ、この病衣って誰が着せてくれたんですか?」


「トモヤ様です」


「俺だぜ」


「まじかよ……」


 何ということだ。いくら翔と松つんが旧知の友とはいえ色々と恥ずかしい。あんな格好をしていたこともそうだが、それにあの格好からここまで着替えさせたということは……


「安心しろ、翔。あまり裸はジロジロ見てないし、何も・ ・してないぜ。


 …とは、言っておくぜ」


「最後の部分がなければ安心できたんだけどな!」


 まぁ松つんにその気はないと思うからいいとしよう。仮にあったとしたら彼の評価を大幅に変えなくてはいけないが。と、そんなやり取りをしていると、フィルヒナーが一つ咳払いをして話し始めた。


「紹介が遅れましたね。

 この子は杏里。まだ十一やそこらですが、遠征隊のための武器の発明や改造でこの基地に貢献しています」


 そう紹介されえっへんと胸を張る杏里を見て、翔はまさか、と思った。目の前の少女はあまりにも幼い。見た目だけ幼いロリババアパターンか、とも思ったが先のフィルヒナーの話でその考えも否定された。彼女は本当に、見た目通り十歳ほどの幼い少女のようだ。


 その歳で発明など、もしかしたらこの杏里という少女は天才少女なのかもしれないと思ったが、同時にあの『氷の女王』戦で爆発したスタン警棒のことを思い出す。


「なるほど。改造とか大層な事言ってるけど失敗続きなのね」


「なにをー!」


「まぁ、確かに成功例は少ないですね」


「ヒナー!」


 やはり予想通りのフィルヒナーの解説に、杏里が泣き付く。その光景は髪の色こそ違えど一見母娘のようで、とても仲が良さそうだ。


 と、フィルヒナーがなにか思い出したように言った。


「そうだ、杏里博士。

 この基地の電力状況などをこのげ……カケル様に教えてもらえますか?」


「原始人って言おうとしませんでした? 今」


「いーよ~」


「ねぇ今『げ』って、ねぇフィルヒナーさん」


 翔のそのツッコミも無視され、一行は爆煙の晴れない研究室らしき部屋に入っていく。


 部屋の中は持ち主杏里に似て混沌としていた。一応「足の踏み場」くらいはある。しかしそれは床にも無造作に置かれた、雑多な『発明品』とやらを両脇に寄せただけのものだ。今にも崩れそうなそれらに触れないように、何とか進んでいく。


 少しの好奇心が湧いて、翔はその発明品の一つを手に取り聞いてみた。


「えーと、杏里?

 これは一体何をするものなんだ?」


「爆発するやつですね~」


 続いてまた別のものを手に取って聞いてみる。


「……これは?」


「それも爆発するやつですね~」


 半ば諦めながらまた別のものをとる。


「……一応聞くけど、これも爆発する?」


「それは珍しく成功作ですよ~! 時限爆弾です! 五秒ほどの!」


「ただ爆発にタイムラグが生じただけじゃねぇか! やっぱ失敗作だけかよ……」


 天才発明少女の別名は取り消さなければいけないらしい。それにしても見た感じ火薬も使っていないのになぜ爆発するのだろうか。そう思い松つんの方をちらりと見ると、彼は肩をすくめた。どうやら謎らしい。


 と。そんなことを翔が思っているのをつゆ知らず、否、気に止める様子もなく、杏里は話し始めた。


「えーっとですね~、ここの電力は基本的に二つや三つのもので賄ってるんですよ~」


 何とも気の抜けた様子で、杏里がそう言った。


「一つ目は太陽光~。電力の割合としてはそれほど大きくありませんが、しっかり稼いでくれてるいい子ちゃんです~」


「……太陽光って……

 ほとんど日が差さないんじゃなかったっけ?」


 この常時悪天候の世界で太陽光などそれほど効果がないのではないか。しかしそんな翔の無知な推測は、「チッチッチッ」と口でいいながら指を振る杏里に否定される。


「日が差してなくても少しは太陽光は届いてるものなんですよ~。まぁもちろん、晴れてる時に比べて多いとは言えませんが」


 そうだったのか。どうやら目の前の少女杏里は翔よりも色々なことを知っているらしい。


「それと晴れた日は凄く働いてくれるんですよね~!

 一面白い世界なもんで、光が乱反射するんですよ~」


 なるほど、雪にはそのような利点にもあったのか。反射する日光で日焼けする「雪焼け」などのことは知っていたが、そこまで考えが至らなかった。やはり杏里は科学知識で言えば翔をも上回る。翔は少し杏里を見直したのだった。


「まぁ、お母さん・ ・ ・ ・もここまで日が差さないとは思ってなかったみたいですけどね~」


 と、その杏里の言葉の意味を翔が考える暇もなく、杏里の講釈は再開した。


「二つ目は~、風力くんですね~

 なにせ猛吹雪の世界なもので~、この子もそこそこ稼いでくれてます~」


 なるほど、確かにあの猛吹雪のエネルギーをそのまま使うことが出来れば電力も稼ぐことが出来るだろう。まさに自然を利用したエネルギーだ。


「三つ目は~、これが実は結構稼いでくれてるんですが、人力なんですよね~」


 人力、というと、自転車かなにかを漕いでテレビを付けるようなああいった発電機を想像する。


「ここの施設にいる人は、手持ち無沙汰な時は基本的に手回り発電機などを回してます。雀の涙ほどかもしれませんが、それでも確かにここの基地に使われています」


 後ろからフィルヒナーが付け加えた。しかしそれだけでは主要の電力源とは言えないのではないか。


「そのために彼らが頑張ってくれているのです」


 その翔の疑問に答えるようにフィルヒナーが奥の扉を開ける。するとそこには、もう一つ大きな部屋があった。


 その光景を見た瞬間、翔は生理的に嫌悪した。翔に一生縁のないような場所であったからだ。


 そこでは何人かの男達が汗を流していた。そしてその部屋にはダンベルやハンドグリップなどの小型のものから、ランニングマシーンやベンチプレス、他の雑多な翔が見たことのないものまで、トレーニング器具が所狭しと置かれていた。


「……なんすか? ここ」


「見ての通りトレーニングルームだ。遠征隊はここで体力を付けて外に狩りに出る」


 フィルヒナーの返答に一度だけ首を頷く。なるほど。翔には一生理解の出来ない人種であろう。二十五年前にも身体を鍛えていた奴らはいたが、そいつらも今目の前にいる彼らも正直気持ちが理解できない。苦しいことを何故わざわざ自分からやるのか。


 もちろんこの猛吹雪の世界で、何度も死を覚悟した後の今の翔は、多少なりとも体力をつけることの大切さは学んではいる。しかし、だ。目の前の男達はその限度を超えている。まるで運動部か何かの活動を無理やり見せられているようで、気分は優れなかった。


「このトレーニング器具も使えば使うほど発電できるんですよ~。身体も鍛えられて、発電もできて、一石二鳥ってやつですね~」


 杏里がそう説明する。なるほど、なかなかやっている事は原始的に思えてなかなかハイテクなようだ、と手近なトレーニングマシーンに触ろうとしたその時


「……おい、何だこのガキ」


 翔の頭上で声がした。見上げると、いかにも柄の悪そうな、片目がその金髪で隠れた男がいた。


 その男は翔が触れているそれに気付いて、眉を釣り上げて翔の身体をひょいと持ち上げる。


「勝手に器具に触ってんじゃねぇよ」


 そう言い彼は、まるで翔を子猫のようにひょいと放り投げた。翔はそれほど恰幅のいいほうではないが、それでも男子高校生の標準ほどの体重はある。それをこうもいなす筋力には驚きだが、翔の頭はそんなことは考えてはいなかった。


 ──ああ、大嫌いなパターンだ


 その頭にあったのは、まぎれもなく、目の前の男への『嫌悪』であった。

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