テンチョウ・クエスト
@kawori_sakurano
第1話:始めますクエスト
愛されるカフェとは、何だろうか。
人は、何のためにカフェを利用するのか。
束の間の休息。
勉強やミーティング。
旅行の計画を話し合うなんていうのもいい。
そこに美味しいコーヒーと、とろけるほど甘いケーキがあれば最高だ。
そう、俺は世界一居心地の良い、愛されるカフェを作るのだ。
それが俺の『クエスト』だ。
***
7月2日(土) 7時50分
@ブルーム:従業員ロッカールーム
土曜なんだからまだ寝かせてくれよ、と街が言っているような、そんな朝。
サービス業にそんなもの関係ない。休日は休めない日と書いて休日なのだ。
蝶ネクタイを締めながら、鈴田はつぶやく。
「今日は終日晴れ。サッカーの試合は無し。周りの会場でのイベントは、12時から駆け出しアイドルのライブと握手会。施設の広場では11時から有名ショコラティエの試食会。おそらくラッシュはいつも通りの11時半~13時、15時~16時は少なめかも。シフトは欠員無し。15時からのレジの回転率だけが心配。売り上げ目標は45万円、と。」
前日に頭に入れておいた情報だ。大きな変更はない。身だしなみもばっちりだ。我ながら、若く見えるほうだと思う。ヒゲはもともと薄いのでまだ剃らなくても大丈夫そうだが、疲れのせいで目の下にクマが出来ているのは少々いただけない。
うん、今日も立派に店長できそうだ。蝶ネクタイも真っ直ぐセットした。
鈴田ヒロ。31歳働き盛り。
とある商業施設の中にあるカフェ、「カフェテリア・ブルーム」の店長をしている。
ブルームのコーヒーの味は普通。値段はやや高いが、商業施設全体の価格競争でいうと普通で、敬遠されるほどではない。スイーツや料理のおいしさ、見栄えの良さのおかげで売り上げは順調だ。
商業施設自体がサッカースタジアムから近いことや、ファミリー層のユーザーが多いことから、土日は平日と比べ物にならないくらい忙しくなる。試合やイベントがある日は尚更だ。
当然一人では店を回すことはできないので、大勢の学生バイトや主婦パートを雇っている。RPGゲームで言うなら、『パーティを組んでいる』わけだ。
「クエストレベル、6ってとこかな」
「6って、難しいんですか?」
突然背後から掛けられた声に鈴田は跳ね上がった。
声の正体は学生バイトの小野木花だ。
「うわあびっくりした。おはよう。居たなら挨拶してくれよ」
「おはようございまーす。今来たんですよ。で、6って難しいんですか?」
「10段階評価だから、普通より少し難しいくらい。でも花がいるから平気だと思う」
「えーー。そんな。えっへへー」
あからさまに機嫌の良くなった花は、にやにやしながら自分のロッカーを開ける。
小野木花。大学3回生、ブルーム歴1年と8ヶ月のベテランで、誰からの信頼も厚い。
朝のシフトを嫌がる学生バイトが多いため、進んで朝のシフトを希望する花はブルームにとって貴重な存在だ。穏やかな性格が接客においても如何なく発揮される。しかも誉めると素直に喜びパフォーマンスが上がるので、扱いやすくて助かる。
――『超お人よし型』。鈴田の脳にそんな言葉が浮かぶが、声には出さない。
「店長って、ゲームが好きなんでしたっけ」
花が薄手のパーカーを脱ぎながら尋ねる。この狭いロッカールームで大がかりな着替えをしないで済むように、自宅から制服を着てきてくれるところも、彼女のいいところの一つだ。
「好きだった、かな。昔は結構やってたけど、今は全くだよ」
「へえ~私はマリオカートしか分かんないなあ~~マリオカートで例えてくださいよ」
「DKスノーマウンテン」
「なるほど!」
何が分かったんだろう。適当に言ったつもりだったが、彼女が何かに納得したようだったので、鈴田はそれ以上何も言わなかった。
「さ、仕事するかね」
今日も『クエスト開始』だ。
―――
鈴田ヒロ ジョブ:店長 Lv:42
最終ログイン 1日前
[ ログイン ]
―――
***
7月2日(土)13時50分
@ブルーム:カウンター内
ランチタイムのラッシュも終わり、ブルームの店内は落ち着きを取り戻していた。
「あ~~終わったあ~~~~」
レジの後ろのカウンターでドリンクを作り続けた江久保照太は、そう言ってカウンターに寄り掛かった。
「ちょっとショータさん、邪魔、トレイ置けない」
「んだよ、俺のが先輩だぞ~」
「すみません。邪魔でございます、どきやがれください」
「おいおい、花、聞いた?教育がなってねえよ~トモの教育係は誰だったっけ?」
「ショータくんだよ」
「道理で!」
「いや、自分で言っちゃう?それ」
レジの中の千円札を慣れた手つきで数えながら、花がツッコミを入れる。大量のトレイを運んでいた杉沢友は、笑って危うくトレイを落としそうになっている。
「ショータさんも、ほら、チョコシロップ切れてますよ、補充して補充~」
「マジで誰に似たんだコイツ…」
そう言いながらも、照太はスムーズな動きでチョコシロップの在庫に手を伸ばす。
この他愛無いやりとりを横目で見守っていた鈴田は、次の時間のポジションについて考えていた。今の時間は、束の間の安息に過ぎない。
ブルームはセルフサービスシステムを採っているので、客が席についてからは、そこまで忙しくない。セルフサービスシステムでは、客は最初にカウンターで注文と会計を済ませ、その場でドリンクと、料理を頼んだ場合には番号札を受け取る。そして自分で好きな席を選んで座ることができる。料理は従業員が席まで運ぶ。店を出るときには、自分でトレイを返却台まで持っていくだけ。客と従業員が接する機会が少ない、多くのカフェで導入されているシステムだ。従業員が客に呼ばれてテーブルまで行く必要がないため、呼び鈴もないし、客の目に留まる場所に居る必要もない。カフェで自分の時間を確保する客と従業員との、適度な距離が生み出されている。従業員側としては、ホールに人員を割かずにいられるありがたみもある。
ラッシュは終わったものの、ここであまりゆっくりもしていられない。
「花、純売どんだけいった?」
「んーーと、イチロクナナですね」
「おお、まずまずだな」
14時前で16万7千円。土日の平均点であり合格点である15万円を軽く超えている。バイトがよく動けるメンツだという裏付けだろう。それぞれの力と、仲の良さも相まっている。今日はいい『パーティ』だ。
「とりあえず今のポジションキープでいくかあ、変わりたい人いる?」
「大丈夫でーす」
と、花と照太と友は気の抜けたハモりを見せ、各々の作業に取り組んでいる。
「だ、大丈夫ですっ」
ひとりまだ緊張気味な安原柚子が、声を上ずらせて返事をする。今日はまだ5回目の出勤だが、休日の昼に入るのは初めてだ。鈴田はなるべく目を向け、指示を出すよう心掛けていた。
「ゆず、ホール回してくれてありがとう。どうだった?」
きれいに編み込んである髪を触りながら、柚子は答える。
「いえ、私は全然で・・・トモさんがほとんどやってくれてて・・・」
「トモは特にホール早いからなあ。近くで見たこと、自分でもやってみて」
「がんばります・・・」
「15時からまたラッシュが来るよね。次は料理よりスイーツメインになるから、キッチンからオーダーが出てくるスピード早くなるよ。あと、その前にランチの返却ラッシュもそろそろ来るから、返却台見張って、洗い場に溜まらないようにこまめに運んであげてね」
「はいっ」
いつもここの返事だけはしっかりしてるんだよなあ、と鈴田は心の中で苦笑する。不器用で自信がないようだが、明確な指示を出してやれば動ける。考えることは苦手だが、一度覚えたことは確実に実践できるタイプ―――
そこまで考えて、鈴田はため息をついた。人をタイプに分類し、分析してしまう。悪い癖だ。分かっている。
しかし自分がそれを止められないことも、よく分かっている。
『ひとりで走って行って、何がリーダーだ』
『仲間のことを、何も分かっちゃいないくせに』
ずっと前に誰かに言われた言葉が、鈴田の頭の中にずっと居座っていた。
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