ふぉぁ・ゆー・すとーりー
倉石ティア
Be swayed by You.
第1話 本編 1 - 1
冬は自殺のシーズンだ。
こんなことを頻繁に口に出す知人がいるなら、すぐにでも縁を切ったほうがいい。
本当に悩んでいる人間は救出されるべきだし、誰にだって温かな光の下で生活する権利があるはずだけど、他人を攻撃するほどまでに壊れた人間は後戻りが出来なかったりする。いやぁ、待ってくれ。何も、敵を打倒せと囁いたわけじゃない。
毒される前に遠ざけた方が身のためだ、と言っているんだ。このご時世、縁を切る方法なんか腐るほどある。誰も傷つかず、後腐れしない方法を選べれば君は聖人だろう。それ以外なら、屋上から飛び降りた方がいいよ。
冗談は、ほどほどにしておこう。
絶賛就職活動中、学校にも行かず街中を徘徊することが趣味の僕は、いつものように野良猫や野良犬が集まる場所を歩いていた。理由としては、癒しを求めて、というのが適当だろうか。だけど、今日は何処にもいなかった。ゴミ袋から夢を漁る不届きなネズミ達も、どうやら僕を避けているらしい。
数時間は歩いているはずなのだけれど、人間以外の生命体を見かけないまま時間が過ぎて、地獄の入り口を歩いているような気分になってくる。あぁ、家の周辺にはいくつもの堤防と川があるものだから、ここが賽の河原だと錯覚してしまいそうだ。
幼い頃に死んだのは、僕じゃなくて両親の方だと言うのに。
どうして、僕が責められなくちゃいけないんだ。
「くしっ……うぅ」
気を抜いていたら、くしゃみが漏れた。くそう、流石に冬をパーカーだけで乗り切るのは至難の業かもしれない。
年明けも近いのに寒空の下で徘徊、もとい散歩しているからだろうか。風邪を引いたように頭が重くなってきて、思考が鈍重になっていく。まだ大丈夫、なんとかなると言い訳を重ねて、そのまま歩き続けた。
「あー、死にたいなー」
言いながら路傍の石を蹴る。
僕にとって、死にたいなんて言葉は時候の挨拶みたいなものだった。春は病院での平穏な入院生活に憧れていたし、夏は溺れるほど深い海に恋焦がれていた。秋口は風邪をひいて寝込んでいることが多かったし、冬は心が凍り付いたような夜を過ごすのが例年の習わしだった。
壊れた心を抱えたまま生きることが出来たなら、と空を見上げる。
瞬く星達は、僕を嘲笑うように明滅を繰り返していた。
「どこかに、悪人がいないかな」
都合のいい妄想だとは分かっているけれど、極悪非道な人間が僕の目の前に現れてくれないだろうかと空想することがある。何も、無抵抗にむごたらしいことをされたい、なんてことは思っていない。ただ、何も出来ずに一生を終えてしまうよりも、悪人との一騎打ちをして、悪を滅ぼした上で死んでいった方が格好いいだろうなぁと思っているだけのことだ。
うーん、バカだなぁ。
救いは、何処にでも転がっているわけじゃないんだし。
高校を一年の夏休みが来る前に中退してしまった僕は、この数年で手あたり次第にバイトをやってみた。千差万別といっていいほどの職場環境と人間関係に魂がすり減って、もう一生働きたくないと思いました、まる。
いや、マジで。
信頼できる相手以外とは、二度と働きたくない。
挫折と後悔と嫌悪を味わって、それでも生きようともがくのは幼馴染がいるからだろう。僕には彼女が必要で、彼女には僕が必要だ。相手へ求める条件がすれ違っていても、気付かないふりをして最低限の幸せに寄り添い続けようとする。
互いが、傍に居ればいい。
それだけで、僕等は幸せに暮らしていけるんだ。
ふぅ。
それからしばらく堤防の上を歩いた。夜明け前だというのに、自宅付近の川辺を散歩しているのだ。風に揺れる草花を眺めながら、水面に映る星々と月の美しさに泣きそうになってしまう。嘘だよ、今にも吐きそうだ。綺麗な風景に酩酊するより先に寝不足による体調不良で崩れ落ちそうだ。やっぱり、家で大人しく寝ていた方が良かったかもしれないな。
僕は、あまり強くない人間なんだから。
微かなエンジン音に顔をあげると、視界の遠く向こうに掛かる橋の上を自動車が走り去っていった。そろそろ、社会人たちが仕事を始める時間だろうか。子供達が学校へ向かう時間だろうか。これから家に帰ってひと眠りする人間は、この時間帯まで働いていた人間に限るはずなのだけど。
僕は、散歩していただけなんだよなぁ。こんなところ、存在すらあやふやなご近所さんにみられたらどうなってしまうのだろう。
ポケットに手を突っ込んで、煙草を咥える。離れて暮らす祖父の名義で登録した通販サイトで、こっそりと購入したものだ。届ける先を自宅へ変更したり色々と小細工を施していたのだけれど、まぁ、見つかったら怒られる程度では済まないだろう。それこそ、勘当されるかもしれない。
両親のいない僕等の生活を支えてくれているのは、祖父の慈悲だと言うのに。
火を付けようと息を勢いよく吸ったら、眩暈がしてその場にしゃがみこんだ。夜明けまでまだ時間があるというのに視界が白くなって頭の中がくるくる回る。幸いなことに、僕は深夜の堤防の上にいた。誰も僕を見ていない。どんな醜態を晒したところで、それを知っているのは僕だけだった。
諦めずに煙を肺に入れようと思い切り息を吸って、今度は盛大に噎せた。眠気も限界に達して、その場で汚れた水たまりをぼんやりと眺めた。これから先も独りぼっちだろうか。それとも、誰か僕を愛してくれる人は現れるのだろうか。考えても無駄なことばかりが脳内で反芻されて、僅かな栄養と膨大な毒素が精神に供給される。
寒気とも違う何かで、身体が震えた。
愛しい兄弟の姿を脳内に描いて、その幻影に縋る。
昇った朝陽が瞼の裏側で鈍い光を放つまで、僕はずっと泣き続けていた。
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