今夜はハンバーグ

アーキトレーブ

今夜はハンバーグ


「止めて、止めてくれ-!」


 私は私で謎に塗れている。自分の意志がわからない。こんなにも近くにいる、一番見てきた存在なのに、自分のことが一番わからなくなってしまう。

 この人の血で手は真っ赤。爪と皮膚の間には彼に肉片が詰まっている。ああ、早く手を洗いたい。お腹が減ってきた。今晩は何を食べようかしら、私はハンバーグの気分だった。


「ごめんなさい。今日の晩ご飯は何が良いと思う?」


 目の前で大の男が泣き喚いている。私の姿を見て、底まで怯えられてしまうと、ちょっと私まで泣きそうになってしまう。


「ねぇ、私ってどうしてこうなっちゃったのかな?」


 知らない。そんなこと知らないと男は叫ぶ。彼は全くの無関係な人。私にこんな力を与えたわけじゃない。私だってこんなことしたくない。でも、やらなければいけなかった。


 だって、それが役目だから。

 こんな不安定な存在が神様なんて笑っちゃうよね。


「嫌だ……。死にたくない!! 死にたくないんだ!! 俺は-!! 俺は――」

「それは駄目。貴方は後一分五七秒で死にます。これは私のスケジュール帳に書いているの」


 一二月の初めの当たり。自分の仕事を忘れないようにしっかりと花丸で書いてある。綺麗なお花でカラフルに彩られた、お気に入りの仕事道具だった。作業の途中で開くことも多いので、所々赤いアクセントがついている。


 彼に見せるように右手で広げて彼の鼻先まで近づける。表紙のシールが剥がれかけているのが目についた。


「ねぇ、次に貼るシールはどんなものが良いと思う?」

「ひっ!?」


 見せていた手帳を閉じて、目が合うと、彼は何故かビックリしてしまう。だから、そんなに驚かないでよ。心臓に悪いよ。



 私たちは悪趣味なシステムに組み込まれた歯車だ。もともと人間だったのに、間違った扉を開けてしまって、こっち側に来て帰れなくなってしまった。ロボットみたいな男の声に案内されるまま、毎日を淡淡と仕事をして過ごす。こっちに来てから何百年経ったけ……?


 仕事相手しか、お話しできる人はいないの。こうやって無理矢理話題を作って話をするしかなかった。


 こんにちはと挨拶をして、ごめんなさいと謝って、さようならと仕事をおこなう。


 そんなすぐに終わるお仕事の間でしかおしゃべり出来ない。私は楽しいお話をしたいのに、いつも会話は成り立たない。


「……ねぇ、答えてよ」


 予定の時間になる。ピピピと電子音が鳴り響く。ライトグリーンのキッチンタイマーだ。この前時計が壊れてしまって、慌てて台所からとってきた。


 予定時刻の五秒以内。ニアピン賞だ。


――予定が入りました。


「ええ? また? 最近ちょっと多くない」


――対象の名前は


「わー!! 待って待って、今メモるから! メモるから-!」


 急いで胸ポケットからペンを取り出した。うん、そうだね。晩ご飯はハンバーグが良いかもしれない。

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