第八章 <Ⅱ>
病院の夕食を、
――娘と離れて眠るのは何年振りだろう。
ひどく重い足を引きずるようにしてタクシー乗り場に向かっていると、ポケットの携帯電話が震えた。
「もしもし――?」
「
「は、はい。いま帰るところで――。お陰さまで、明日の午前中に退院します」
電話の向こうから、ニッコリと頬笑む気配が伝わってくる。
「そうですか。良かったですねえ。いま、車で病院の近くまで来てます。正面玄関で待っててください!」
「まあ、そんな……。ありがとうございます。すみません」
見上げる空に
沙羅は通話を切ると、両目にハンカチを押しあてた。
権平の愛車は黄色い中古のSUVだった。笑顔の大男が運転席から手を振っている。沙羅は
「すみません。こんな御迷惑までおかけして」
「とんでもないですよ。これしきのこと」
権平はハンドルを回しながら、左右を確認した。
「なにか買い物はありますか?」
「いえ。今夜はもうなにも……」
「では、まっすぐお宅へ向かいますね」
家路を急ぐ車の列は混雑気味ながらも、順調に流れていた。
テールライトの赤い列とヘッドライトの黄色い列が、華やかに行き交っている。
「御主人には連絡取れましたか?」
「はい、なんとか。あちらは海が荒れていて、帰国はどうしても週末になると」
「
「すみません。御心配おかけして」
地質学の研究者である林の父、
「ところで、つかぬことを伺いますが――」
運転席の権平が、横目でチラリと沙羅を見る。
「
沙羅は不思議そうにまばたきをする。
「いいえ。あれきりですけど?」
「そうですか。なら、良かった」
権平は、ふふっと笑った。
「あいつらとは病院のロビーで別れたんですが、なにかコソコソしてましてね。実にいい子たちなんですが、何をしでかすか分からんところがあるものですから」
日頃の三人組のやりとりを思い出すと、権平の頬が自然に
石動は人一倍熱血で短気だが、天然の
「――林は幸せです。権平先生や石動さんたちと巡り合えて……」
沙羅は子どもの頃から、人に甘えるのが苦手だった。
でも、今は助けが欲しい。林の為に。
――この人になら、すべて打ち明けてもいいかも知れない。
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