第22話 新たな疑問②

「お爺さん、何でそんなこと言うの!」

 今、来たという感じではない。どこから聞いていたのだろう。こんなに強く話す穂見月は、普段の様子からでは想像ができない。それに表情も怒りと困惑が同居していて、俺はその姿に言葉をなくす。

 だがお爺さんは、そんな穂見月の相手をしない。

「お前は米を焚いとるだろ。離れたらいかんじゃないか」

「それが研いで焚こうとしたんだけど、釜の蓋がどこにあるか分からないからお爺さんに聞こうと思って探してたの。でも……」

 九人分も焚くのだから、いつもと違う釜か二つの釜を使うのだろう。そこで穂見月はお爺さんを探していたようだが、話を聞いてしまって黙っていられなかったようだ。

「台所になきゃ俺にも分からん。探して無かったら他の準備でもしていろ」

 お爺さんの有無を言わさない態度に、穂見月は言葉を続けられない。そんな穂見月に対してお爺さんは、手で払う仕草までする。穂見月はまだ言いたい事があったようだが、その場を去っていった。


 出て行くのを見届けたお爺さんは、さっきの箱に座り直しこちらを向く。

「穂見月を守ると言う言葉に、二言はないな?」

「もちろんです」

 迫られた俺は、その覚悟の重さなどは考えずに即答した。

「ならば穂見月の母、道世の死について分かっている事を教えよう」

 お爺さんは落ち着いて淡々と話し出す。

「五年前、この信濃の遺跡を調査する命令を受けたお前さんらと同じ統合局警察学校の生徒たちがいた。しばらくして活動中の彼らは、無線で救援要請の発信をしたらしいのだ。それを信濃警察は傍受したのだが、信濃警察本部は統合局の応援に任せることを方針として救援を出さなかった。しかし傍受の知らせを聞いた道世は、命令を無視して単独で助けに行ってしまう。結果は今まで話したように殉職なのだが、閲覧した報告書には通常業務中事故死と書かれていた。ここでおかしいのは、この死を信濃警察は隠蔽する必要がないというところなんだ。応援要請のことをたまたま受信したとはいえ、これは統合局内の通信で信濃警察に来たものではなかったし、道世は命令を無視して現場に行ったのだから、かばう必要がないわけだ」

 純粋に起きた事を考えると、これでは死ぬまでの流れは分かっても何で死んだのかは分からない。つまり、恨む相手を警察にするにはまだ足りないのではないだろうか。

 けれどここでお爺さんの話は、つながっていないかのように切り替わる。

「ところでお前さんは、若者だけで遺跡やその周辺に行く理由を知っているかな? 知っていたとしてもそれは事実かな?」

 なんとなく慣れてしまっていたが、確かに生徒だけで行くことに最初は変だと思っていたはずだ。

「つまり本当の理由は、皆には知らされていないってことが言いたいんだ」

 本当の事?

「道世の旦那である盛文さんは統合局警察学校の出身で、生徒の時は遺跡の調査に借り出されていたことは道世も聞かされて知っていた。だから思い入れがあって、無線を聞き生徒たちを助けに行かずにはいられなかったんだ。しかし卒業生の盛文さんですら例外なく知らされていないことがあって、当然ずっと信濃警察の所属だった道世もそれを知らないから死んでしまったんだよ」

「どういうことなんですか?」

 知らないと死んでしまうことがあるから穂見月を心配しているというなら、何も知らない俺たち全員も危ういことになってしまう。それでは人を助けているところではない。

「遺跡の力に飲まれたということだ」

「遺跡の力?」

「お前さんも任務で、遺跡の周辺や関所付近でおかしな動物や妖怪のようなものと戦ったのではないか? 遺跡の力とは、あれを生み出したものらしい。遺跡や遺跡周辺にいると影響を受けてかああなるらしいのだが、詳しくは分からない。だがそれが、道世の死と関係しているようなのだ」

 言われた通り、おかしな動物や妖怪のようなものには心当たりがある。それから長三郎がしくじった時、堀田先輩が遺跡の影響と話していたことも思い出した。

「俺は遺跡を見たこともなければ行ったこともないのですが、そもそもどういうところなんですか?」

 それでは遺跡が何なのかということになるのでお爺さんに聞いたのだが、

「農民の俺では具体的に遺跡が何かと言われても分からないし、一般の者は立ち入り禁止だ」

と、今までの話に根拠がなかったのかと思えば、盛文さんが立場を使って調べたのだと推測できた理由も話してくれた。

「盛文さんは『遺跡の力』というものがあると掴んだ。すると今度は、この情報と道世の事故を利用して出世した。これは、道世の死の原因を調べられる立場を狙ってのことのようだ。俺としては戻ってこない娘よりも、穂見月と早苗のために盛文さんには余計なことをして自分の命まで危険にさらさないで欲しかった。だがこうなってしまったからにはとにかく、穂見月を守りたい。ただそれだけだ。隼人君、だから俺には信濃も越後もないんだ」


 学校の説明では『遺跡の力』について触れていなかったが、状況からすれば間違いなくそれはあるのだろう。生徒だけの任務や道世さんの死がそれに結びつく証拠はないが、盛文さんが取引で出世したのなら何かあるはずだ。そして何よりお爺さんが、娘の死を嘘の話に利用するとは思えない。親族でもない俺に話をしてまで穂見月の事を守ろうとするのだから、そこに危機があるということが確信の域なんだろと俺は受け取った。


 話が終わり残っていた農具を倉庫にしまうと、お爺さんと一緒に母屋に戻る。その後、買い物から帰ってきたみんなと食事をした時も、翌日稲刈りの続きをした時も、その話題を話すことはなかった。

 そして手伝いの終わった俺たちは、穂見月も合流してそのまま学校に戻るのであった。

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