第3話 飛山雷鳥
裏門から入った車は装備保管庫へ横付けされた。保管庫内にある受付で、外した装備を返してしまうためだ。
返還手続きをし管理官の決裁を受けると、堀田先輩は車を駐車場へ戻しに行くということで俺たちは先に部隊棟まで戻ることになった。
建物正面、中央にある観音開きの扉を開け玄関に入る。真向いにある階段と、そこから二階左右の通路に続く様相が一望できる吹き抜け構造が作り出す広い空間が、今は寂しくも冷たく感じてしまう。
この建物は、それぞれの部隊に用意された作戦準備室がある。各階とも六部屋ずつある部屋の中から一部屋を割り当てられるのだが、俺たちのような一、二年の部隊は一階の部屋が普通であった。
そんな自分たちの部屋に入ろうとしたとき、扉の真ん中、目線の高さに部隊名を記した札がつけられているのに気づく。
車を置いて戻ってきた堀田先輩が追いついてきたので、なんだかうれしくなっていた俺は見れば分かることを一人盛り上がり話してしまう。
「堀田先輩! 見てくださいよ」
俺は『
これは、部隊のみんなが初めて集まった日に決めた名前だ。もちろん、部隊名を決めるということは学校の指示なんだけど、自分たちで考えていいことなんてこれまでなかったから気持ちが入ってしまったのだ。
――――――
「自己紹介も終わったし、あとは部隊名だな。案のある人はどんどん言ってよ」
どこまで自由なのか分からないし、急に言われてもと思っていると霞が質問する。
「堀田先輩、なんでもいいんですか?」
まだ会って間もないのに、堀田先輩は危険を感じたのか誘導に入る。
「変わった名前や長い名前は、さすがに許可が下りないかな。今までだと隊長の出身地を参考に、地名とか名物とかから引用したって話はよく耳にするよ」
ではと、長三郎が尋ねる。
「堀田先輩の出身地はどこなんですか?」
「僕は
「それだと、木曽川、長良川、揖斐川の、木曽三川からとか、人物だと、まむしと呼ばれた者がいたことなんかからかな?」
「まむしだ、蝮だ、マムシだー」
長三郎の話から、まむしと連呼しながら踊る霞に、黙っていた穂見月が突然口を開く。
「それはダメ」
両手を上げたまま静止する霞。
「北部に行くとある
穂見月の提案を、悪くないと長三郎は思ってはいるようだが、
「飛山だけじゃ言葉が足りないよな。何とか飛山か、飛山なんとかじゃないと」
と、言うので今度は、
「まむし飛山、飛山まむしー」
と言いながら、霞は再び踊りだすのだ。
穂見月は眉間にシワを寄せ、明らかに怒った顔を初めて見せた。それに気づいた霞はビビったようで、目と口を大きくして話の輪からすーっと消えるように姿を消す。
「その山々のかなり標高があるところに、ライチョウと呼ばれる鳥がいるの。ライチョウのライは“かみなり”という字を当てる場合があるので、それを用いて雷鳥にしましょうよ」
「すばやさと強さがありそうでいい感じだね。長三郎、それがいいんじゃない?」
俺は、穂見月に同意していることを強調しておく。
「そっ、そだな。じゃあ、飛山雷鳥かな」
俺の熱意に当てられた長三郎がまとめる。
「それいいね。
「私は鮫吉がいいなら、それでいいわよ」
「じゃあ、全会一致で決まりってことで申請しておくよ。それで明日の午後も部隊での活動になっているので、またここに集合ということで。では飛山雷鳥隊、本日は解散。お疲れ様でした」
堀田先輩によると、全会一致で決まったことになった。
――――――
堀田先輩も松下先輩も、少し笑って返してくれる。
「ああ、すいません」
俺は、札のついた扉を急いで開け室内に入った。
部屋に入ると、堀田先輩は取っ手の付いた湯飲みを六つ並べ黒い粉をそれに入れている。そして湯を注ぎかき混ぜると出来上がりらしく、その飲み物と思われるものを部屋の真ん中にある非常に大きな机に出してくれた。
本来は、棚にある地図を見たり、装備仕様書などを確認するためにある机なのだが、今は食卓代わりといったところだろうか。
俺たち一年は戸惑いながら、壁に沿って置いてあった椅子を机を囲うよう寄せた。
「鮫吉がさ、隊長だから張り切ってお揃いの湯飲みを買ってきたってわけ。その黒い粉も一緒にね。なんでも珈琲といって、南蛮渡来のものなんだって」
そう言うと松下先輩は窓際に行き、左右でそれぞれ止めていた髪を解き、前から後へ手ぐしをいれて小さく息をつく。赤毛が窓からの光りに黄色く照らされて、もうそんな時間かと俺は見とれてしまう。背も少しあるので細い印象があり、髪を留めていないこの方がお姉さんぽくて合っているような気がする。
「さあ、座りなさいよ」
そんなお姉さんは椅子に座ると、堀田先輩の手伝いをすることもなく俺たちにそう勧めた。
この二人、性格が逆ならばよかったのに。
非常に短い髪にガッシリしている堀田先輩の方が細かい気遣いに優しい喋り方だなんて、裏切られた感じだよな。
それは置いといて、反省会でもやるのかと覚悟をしていたけれどそれはなく、苦い謎の飲み物とは違いこの時も堀田先輩からの厳しい言葉はなかった。
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