第2話 一年の四人

 帰りの車中では、俺たち一年の乗る荷台の空気は重いものがあった。期待されていないことが当たり前だとしても、浮かれることのできる状況ではなかったからだ。

 気がつけば出る汗で気持ちが悪い……それでも俺は強がり、寮の同室でもある長三郎に話しかけていた。

「現場初めてなんだし、しょうがないよな。武器だって慣れていないって言うか、そもそも学校に来てから始めて使ったんだから」

「そうは言っても訓練を多少なりとはいえやったんだから、ここまでできないとは思わなかったよ」

 癖のない、首にかかるような少し長めの茶色い髪は、伏せた顔を隠しているように見える。そんな様子で答える長三郎を見ていると、普段は背の高さを生かし余裕を気取っている態度の彼も、どこかで特別な誇りを抱えているのだと感じてしまう。


             ――――――

 入学式の午後からあった大教室での学校説明。永倉ながくら教官の熱弁に、俺の横に座っていた長三郎は我慢ならなかったのか愚痴とも思える言葉を漏らしていた。

「自慢? 誇り? 何、言ってんだって感じだよ」

 俺は思わず長三郎に小声で聞き返した。

「どうかしたの?」

「俺は山城やましろ出身だから、学校とか行くところ行くところでおぼっちゃんばかりを見てきたんだ。家柄でちやほやされているだけなのに、自分たちが特別だとか優れているだとか思っている連中をさ。あいつらみたいに、ここの連中もならなきゃいいけどな」

             ――――――


 あの時言っていたように、おだてられて調子に乗るのはよくないかも知れないけど、ここまで悔しがるほどのことなのかと思う。


 俺は横に座る長三郎から、正面に座る霞に視線を動かす。

 いつもながらケロッとしている。

 色素の薄い髪は銀色とまでは言えないが、灰色と言うほど濃くもない。しかし色よりも、短く切りすぎているせいか全体が寝癖のように爆発している形が気になる。小柄な体も相まって、まるで針ねずみのようだ。


             ――――――

「あたいと、同じ専攻だね」

 明るいといえば聞こえはいいが、同い年とは思えない女子から慣れなれしく声をかけられる。

 入学式の日、大教室で新入生全員への話の後、専攻授業ごとに分かれて引き続き説明があった。

 霞の言っている専攻の振り分けは、いつの間にか測られた能力によって強制的に決められていた。

「そうだね、他の科の人は違う教室に行っちゃったから」

 『あたい』ってなんだ、と気になったが、大人の対応をして見せる。

「さっきさー、目で追いかけてたよね?」

 彼女は容赦ない。

「うん? 何をかな」

「穂見月のことだよ。いやー、早いね。お目が高い。おとなしそうな好青年と見せかけておいて、高い情報判断能力だ。まあ、このあたいを超えることは無理だけどね」

「はぁ」

 越えることができるかできないかは別として正解であった。

             ――――――


 この時、穂見月と同室であると言われた俺は、霞と友達になる道を選ぶしかなかった。


 そんなことを思い出しながら、今度は霞の横に座っている穂見月の方を向く。

 こちらもうなだれていて、かける言葉が見つからない。

 俺にとって穂見月との出会いは、一目惚れするのに十分なできごとであった。それ以来、仲良くなりたいと思ってはいたが、信濃しなの出身の彼女は越後えちご出身の俺とは積極的に話そうとしなかった。

 だから益々、言葉に迷うのだ。

 授業中は、長い黒髪を左右から中央に寄せて首の後辺りで緩やかに留めていて、実習になるとそれを少し高めの後頭部に変えてしっかり縛っている。

「うん? また制服を着ているときみたいに、あたいと同じ防具を着ているように見えないと言いたいのか?」

 穂見月を凝視してしまったものだから、霞は分かっていてからかってくる。

 穂見月は焦り意味のない事をやってしまったことを気にしているのだろう。美しい瞳に時々垣間見える、どこか儚ない感じがいつも以上に深く見えた。

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