すまん、間をはしょってしまった
逸人が彬光を厨房に連れていったあと、再び、どっかと腰を下ろした日向子が、おのれの責任逃れのためか、
「なんで私だけが責められるのよ。
逸人だって、いい年じゃない。
私以外の誰かともキスくらいしてるわよ~」
などと言い出した。
そして、言っておいて、芽以の顔を見、
「落ち込まないでよっ、なんなのよっ。
あるでしょ、この年になったら、誰だって、そのくらいのことっ。
あんた、どんだけ逸人を盲信してんのよっ。
あれだって、ただの男よ」
と言ってくる。
「そんなことはありません。
逸人さんは、神様です。
パクチーの神様です」
と芽以が呟くように言うと、
「……全然、ありがたくない感じの神様ねえ」
と同じくパクチー嫌いの日向子は言ってきた。
そのまま、頬杖をついて、逸人達の方を見ている。
そういえば、今日もパクチー嫌いしか集まっていないのだが、この店は大丈夫だろうかと、ふと思ったとき、日向子が言った。
「ところで、あれはいいの?
無駄に逸人を疲弊させてるだけに見えるんだけど」
あのバイト、雇う意味あるの? と。
逸人がホールのことや料理のことを教えても、彬光は、なかなか覚えられないようだった。
しかも、悪びれた様子もなく、すみません~と言いながら、笑っている。
「可愛いんだけど。
究極使えないわね」
「……そのようですね」
でも、そういえば、ファストフードの店で働いていたとは聞いたが、そこで重宝されていたかどうかは聞いてなかったな、と今更ながらに、気がついた。
だが、十日までには、使えるようになってくれないと困るのだが。
その日は、芽以は会社の方に行かねばならないだからだ。
そんなことを考えていたとき、芽以は、窓の外を通りかかった人物と目が合った。
彼は、ああ、と芽以に微笑みかけたが、日向子に気づくと、あ~、という顔になり、視線をそらして、行こうとする。
それに気づいた日向子が立ち上がった。
「ちょっとーっ。
なに逃げてんのよーっ」
と叫びながら、外に出た日向子は、逃げようとした静を捕獲してきた。
静は、いやあ、と苦笑いしながら、
「通りかかったから、お茶でもと思ったんだけど。
めんどくさい美人が居るな~と思って」
と悪びれもせず、言ってくる。
「こんな時間にお茶なんて、貴方、仕事してないの?」
と自分のことはさておき、日向子は静に訊いている。
「ああ、僕、絵画教室とかやってるんで。
まだ時間じゃないから」
絵画教室~?
と胡散臭げに日向子は訊き返す。
「生徒って、若い美人のおねえさんばっかりじゃないの?」
「いやいや、小学生の女の子から、おばあちゃんまで居るよ」
と静は笑って言っている。
やはり、女子ばっかりか……と思っていると、日向子が、
「悪い男を絵に描いたような人ね」
と勝手に決めつけ、言い出すので、まあまあ、と芽以は
「静さん、日向子さんのこと、美人だって、おっしゃってたじゃないですか」
そう機嫌を取るように、言ってはみたが。
でも、日向子さん、美人なんて言われ慣れてるから、特にありがたみもないかもかなー、とも思っていた。
すると、
「静は、美人ってところに意味を見出さない奴だから。
今の発言で重要なのは、めんどくさい、ってとこだけだろ」
いつの間にか、こちらに来ていた逸人が、そんな余計なことを言い出した。
「いやあね、これだから、モテる男たちはっ」
と逸人ごと、ぶった切る日向子に芽以は思っていた。
静さんがモテるのはわかるのですが。
逸人さんもモテるのでしょうか。
いや……、モテるのですよね?
「……朴念仁だから、実はモテないんじゃと安心してました」
と呟く芽以に、日向子が言ってくる。
「あんた……、全部口から出てるわよ」
「……朴念仁だから、実はモテないんじゃと安心してました」
「あんた……、全部口から出てるわよ」
という芽以達の会話を聞きながら、逸人は、おや? と思っていた。
さっきからの話の流れだと、まるで、芽以が俺のことを好きなように聞こえるんだが。
目の前では、日向子が静になにかわめいていて、芽以がそれを止めていた。
彼らが帰ってからは、彬光が失敗を繰り返しては、誤魔化すように笑っていたが、全然頭に入ってこなくて、
「大丈夫だ、問題ない」
という言葉を繰り返していたような気がする。
そんな自分を芽以が、
……いえ、全然、大丈夫じゃないですよ、という目で見ていた。
そして、帰り際、彬光が芽以に、
「マスターは我慢強いですね。
前の店では、先輩も店長も、お前なんぞ、もう知らんってよく言ってたのにー」
と笑って言い、芽以が、
「それでも、二年も雇ってもらってたなんて、よっぽど気に入られてたんですよ、彬光くん」
と苦笑いして言っていた……
……ようだが、いまいち、記憶がない――。
その日の営業が終わったあと、逸人は昼間の芽以の言動について考察しながら、裏口から生ゴミを出しに出た。
すると、また、店用巨大ポリバケツの陰に誰かが潜んでいる。
高そうなコートが汚れるのも構わずに、そこにしゃがみ込んでいたのは圭太だった。
逸人が無言で、その襟首をつかんで、ポリバケツに詰めようとすると、
「生きてるっ生きてるっ。
せめて、殺してからにしろっ」
と圭太が叫び出す。
「ああ、すまん。
間をはしょってしまった」
と呟きながら、逸人は手を離した。
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