「革命家」

がり


僕は、爪を噛んだ。

苛立っている時にやってしまう、悪い癖だ。


がり


今の世の中、気に食わないことは多い。

自分の思い通りにはならず、何もしてなくても迫害され、なにかしようとしても糾弾される。

社会と呼ばれるものが謳う「善」やら「道徳」とやらは影も形も見せず、誰だって相手の気分を害し、自分だって誰かの気分を害しているのだろう。


がり


僕がいらいらするのは、八つ当たりしてきた姉のせいではない。

ヒステリーを起こす母のせいでもなく、横暴なワガママを押し付ける弟のためでもない。

「善」と「道徳」の概念を作った輩に、僕はイライラしていた。


がり


「人のために何かをしてあげよう」

「自分がされて嬉しいことを相手にもしてあげよう」

そんな優しいお題目は、お互いがお互いにしあうことで初めて成立する。どちらかがやめてしまえば、リターンがなければ、不公平と言ってやめてしまう。人は尽くして欲しがるが、尽くしたいとは思わない。リターンの伴わない行為は行わない。

誰かがしてくれるのに、自分もする必要はあるだろうか。相手にわざわざ礼を返す理由は?

仮に礼をするとして、その礼は相手を喜ばせられるのか?


がり


矛盾。誰にも覆せない、大きな矛盾。

「善」「道徳」を都合良く盾にする人、悪用する人が、この世には多すぎる。その事実に僕は吐き気を覚えた。

自己弁護の手段のため、相手の隙につけ入るにしか存在しない「善」や「道徳」。

それこそが悪だろう。


がり


「正義」「善」「道徳」が、人の悪意を正当化するだけの存在でしか無いのなら。

僕は望んで悪になろう。


ぱき


強く噛みすぎて、爪が割れてしまった。

口の中に、じわりと鉄の味が広がる。

じくじくと痛む指先を舌で慰めながら、僕は心を決めた。


「僕は正義を殺す悪になる」


自分が正しいとは思わない。これは僕の自己満足だ。


それでも


嘘に塗り固めらた「善」と「道徳」を打ち砕けるなら

僕は真実の悪になろう。


待っていろ、偽善者共め。


真悪者が貴様の嘘を暴きに行くぞ。



─────ある革命家の日誌より

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