14.邂逅
「お前さんは唯一、天界と地界、人間界を行き来し、その場所の住人と同じ姿を持つ存在。故に狭間を生きる。人間はそれを本能的に知っている。わしは人間が神や天使より優れているとは思わない。ただ、劣っているとも思わない」
「アス、貴女の中にいるんでしょ? お願い、出てきて」
アスコラクの翼や髪の色が付け根の部分から黒く変色していく。真っ白な肌は褐色へ変わり、筋肉質なものになる。肩幅が出て、爪が伸びる。もはや白い天使はどこにもいない。
「アス! お願い、私はもう一度貴方に会いたい」
たまらずチェーラもカウンターから飛び降りた。
「だ、まれ」
声はまだアスコラクのものだった。しかしアスコラクの脳裏にはイネイとの思い出が巡っていた。その度にアスコラクを睡魔が襲う。アスコラクは他の天使から「変わっている」と言われたことがあった。「睡魔に襲われるなんて、まるで人間界の生物のようだ」と。今なら理解できる。自分が眠っている間に別の自分が起きているのだ。
「アス」
「止めろ。それ以上その名前を呼ぶな!」
チェーラはアスコラクを抱き締め、頬に口付けした。
「大丈夫よ、アス。私なら大丈夫だから、安心して。恐がらないで。私の大好きなアスコラク」
アスコラクはチェーラの手を握り締めた。そこにいたのは青年の姿をした、黒いアスコラクだった。
「変わらないな、お前は。その破天荒な所とか、温かさとか」
アスコラクの声は、耳朶に心地よい青年のものだった。白いアスコラクの声は、聞いた者に緊張感を与えたが、黒いアスコラクの声は安心感を与える。チェーラが待ちわびたのは、この声だった。チェーラの目に涙が滲んだ。
「アス、会いたかった。私の大好きなアスコラク」
チェーラとアスコラクは、しばらくお互いの顔を懐かしげに見つめ合うと、最後に固く抱擁し合った。
チェーラの体は、悪魔のアスコラクの腕の中で砂となって崩れ去った。アスコラクは鎌を持って立ち上がった。カウンターの前にはクランデーロが静かに佇んでいた。
「礼を言うべきだろうな、イネイのためなら。だが、お前の所業は秩序を乱す」
「そうだとも。混沌の悪魔よ。冥土の土産に良い物が見れた。礼を言うのはわしのほうだ」
アスコラクは鎌を降り下ろした。首が落ちたクランデーロの体は、イネイの体と同じようにして砂となって風に流れていった。「黒い」アスコラクは大きな翼を羽ばたかせ、何処かへ消えた。
今日もザハトの青空にボルガチたちの声が響く。
――――その重き使命に耐え兼ねて、昼と夜とを分かちたもう。
――――かのものの名はアスコラク!
――――アスコラク。欠片の名を持つ者なり!
――――アスコラク。それは善と悪の欠片なり!
ボルガチの歌は時に真実を語る。
誰一人として行為の起源も理由も、真の意味も知らなかったとしても、行為の当事者である人々はその行為を続けるだろう。人々は、ゲロイトの教会には英雄の首があり、そこに英雄の体がたどり着いたと語る。ザハトの人々は、雨の日に「カーミュ・デ・アッズ」と祈る。時の中で変化しながら、誰も何も知らなかったとしても、誰かがその起源を知っていても、人々は祈り、語っていくだろう。
誰一人として、アスコラクに出会ったことがなくても、その存在を語り続けるように。
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