星霜のリトルガーディアン

もっち~

第1話 プロローグ①

「さて……それじゃ、始めるとするか」


 大小様々な樹木や草花が所狭しと生い茂る清賢学園内の植物園。

 生徒達の憩いの場として用意され、オープンを翌日に控えたこの植物園の、とある草藪の中で息を潜めながら、護堂衛はぽつりとそう呟いた。

 構えたスナイパーライフルのスコープを覗き込み、標的である三人の少女を視認する。


 まず初めに目についたのは、燃えるような深紅の髪を後頭部で結い、少し吊り上がった勝ち気な瞳に並々ならぬ闘志を漲らせている少女だ。身長は150センチにも満たず、身体の凹凸はほとんどない。一見すると小学生にしか思えないのだが、あれでも一五歳の立派な高校生だ。

 もっとも、低身長については種族的な特徴なので、彼女が極端に低いというわけではない。身体の凹凸に関しては……まぁ、これ以上は触れないでおこう。


 次に目についたのは、オーシャンブルーの髪を短く切り揃えた、赤髪の少女よりもさらに小柄な少女。顔立ちは整っているものの、まだあどけなさが色濃く残っており、美少女というより可愛い女の子という表現がしっくりくる。赤髪の少女とは対照的な無表情で静かな佇まいは、落ち着いていると評するべきかやる気がなさそうと評するべきか、判断に迷うところだ。


 最後の一人は、緩くウェーブのかかった長い金髪を持つ少女。他の二人に比べて背丈がやや高く、身体付きも成熟している。顔立ちからもあどけなさが抜けており、掛け値なしの美少女と言って良いだろう。

 しかし、三人の中で最も大人らしい外見とは裏腹に、その態度には落ち着きがない。常にそわそわキョロキョロと挙動不審で、自信のなさがありありと見てとれる。


(いきなりの実戦テストだ。期待はしてないが……さて、どうなることやら)


 期待三割、不安七割といった心持ちで、衛は体内の気の流れを操作し、聴覚の作用を急激に増幅させる。そして、常人離れしたそれをもって、遠く離れた三人の会話に聞き耳を立てた。


「……間もなく作戦開始時刻。改めて、今回の作戦内容について確認する」


 一際小柄な青髪の少女、ルーが、淡々とした口調で告げる。


「一三〇〇(ヒトサンマルマル)時より作戦開始。目的はルー達三人の内、誰か一人でも無傷で指定地点に到達すること。敵は一人だが、武装、能力共に不明。そのため、まずは敵の狙撃を警戒し、遮蔽物の多い安全なルートを選択することを提案する。候補となるルートは――」

「あ~もう、ごちゃごちゃうっせ~な!」


 抑揚のないルーの説明を、赤髪の少女、ライラが苛立ったような口調で遮った。


「ようするに、あのいけすかねー人間を倒しちゃえばいいんだろ! だったら、こんなとこでクスクスしてねーで早く捜しに行こうぜ!」

「……それを言うならクスクスではなくグズグズ。クスクスはあなたのようなバカを嘲笑する時に使う擬音表現」

「にゃっ!? だ、誰がバカだこのヤロー! ちょっと間違えただけだ!」

「擬音だけでなく、発言内容そのものがバカ。今回の作戦の目的を正しく理解出来ていない。今回の作戦は――」

「あ~うるさいうるさい! 長い話聞きたくな~い!」

「あ、あの、二人とも……喧嘩はダメかな? ダメかな? あと、作戦開始時刻もう過ぎてるんだけど……」


 金髪の少女、フィオナが遠慮がちに仲裁に入ろうとするも、二人の耳には届いていない。「バカって言った方がバカなんだぞ!」「……今言った」「あっ……い、今のなし! 今のなしだから!」などといった小学校低学年レベルの争いを続ける二人に、衛は頭痛をこらえるように眉間の辺りを軽く指で揉んだ。


 作戦開始時刻はとっくに過ぎているにもかかわらず、未だスタート地点から一歩も動かず。もしこれが実戦なら、三人ともとっくのとうにやられているだろう。


「とにかく、あたしはあのえらそーな人間をぶっ飛ばす! そうじゃなきゃ腹の虫がおさまんねーからな!」

「で、でも……あっ……!」


 二人が止めるのも聞かず、一人勝手にチームを離脱して走り去っていくライラ。

 残されたフィオナはライラの背中とルーの顔を交互に見ながら、涙目になってオロオロしていた。


「どどどどうしよう? 三人で協力しろって言われてたのに……怒られるかな? 怒られるかな?」

「……やむを得ない。なるべく安全なルートを選択して、慎重に行動する」


 ため息混じりにそう呟きながら、ルーは制服のポケットからスポーツサングラスのようなものを取り出し装着する。恐らく、CPUを内蔵したFD(フェイスディスプレイ)だろう。


「清賢学園植物園のマップを表示。『ルート001』のファイルをロード」

「ルーちゃん、大丈夫……?」

「二人になっても基本的な方針は変わらない。多少、条件に変更があるけど、十分修正可能。……修正完了。候補となるルートは三種類。以後、これらのルートをABCと呼称する。まず、Aルートは――」


 各ルートの説明が始まりそうになったところで、衛は体内の気を通常の状態に戻す。ルーの声があっという間に遠ざかり、同時に一瞬、気が遠くなった。慌てて頭を振り、意識をつなぎ止める。

 感覚の強化は非常に便利だが、元に戻した時の反動が大きい。隙を突かれないよう、使用する際には周囲に細心の注意を払う必要がある。


(それにしても……いきなり分裂したか。前途多難だな)


 移動ルートについて話している(と思われる)ルーとフィオナをスコープ越しに見つめながら、衛は心中で嘆息する。三人で固まっているよりバラバラに動いた方が安全という見方も出来るが、そこまで考えての行動とは思えない。単に協調性が足りないのだろう。

 植物園内を彷徨っているであろうライラはとりあえず放置。狙撃体勢を維持したまま、残る二人に注目する。

 ところが……


「……おい! いつまで喋ってんだ!」


 苛立ちが頂点に達し、思わず心の声が漏れてしまった。

 二人の会話は未だ継続中。というより、ルーが一方的に話し続け、フィオナはそれを延々聞かされ続けている状態だ。


(フィオナ、やめさせろ!)


 スコープ越しにそう念を送ってみるものの、フィオナは困ったような顔で相づちを打つばかり。ほぼ絶え間なく話し続けているので割り込みづらいのはわかるが、10分も放置していてはさすがに連帯責任を追及せざるを得ない。


(これ以上待っても無駄か……)


 本日二度目のため息をついた後、フィオナに狙いを定め、トリガーに指をかける。

 標的との距離はせいぜい100メートル程度。おまけに植物園内はほぼ無風状態だ。外す要素はどこにもない。

 フィオナの背中に照準を合わせると、トリガーを引き絞り発砲。銃身を軽い衝撃が駆け抜けると同時に装填されていたペイント弾が銃口から飛び出し、空気を鋭く引き裂きながら標的に向けて突き進む。

 飛来するペイント弾に気付いたルーが一瞬、目を見開いたが、ただそれだけ。

 ペイント弾は寸分の狂いなくフィオナの背中に着弾するとその衝撃で破裂し、内包していた赤色の塗料を容赦なく撒き散らした。


「まず一人……」


 続けざまに第二射。驚いて飛び上がるフィオナの隣で固まっているルーに照準を切り替え、薬室に弾丸が装填された瞬間、トリガーを引く。

 スコープの中でルーが慌てて逃げ出そうとしたが、もう遅い。飛翔したペイント弾が背中に直撃し、その衝撃で彼女は前のめりに転倒した。


「これで二人……。しかし、まさか一歩も進めずゲームオーバーとは……」


 狙撃の構えを解きながら、敗戦の弁を聞いてやろうと再び聴覚の作用を増幅させる。


「……大丈夫、ただの塗料。命に別状はない」


 とはルーの弁。

 アホか……実弾なら即死だっての。


「あうぅ……入学初日なのに、もう制服汚れちゃった。これ洗濯したらちゃんと落ちるかな? 落ちるかな?」


 こちらはフィオナの弁。

 洗濯しがいがあるようにもう二、三発撃ち込んでやろうか?


(ダメだな、こりゃ……)


 これ以上は聞くに堪えず、聴覚を元の状態に戻す。頭痛や目眩がするのは恐らく、感覚強化の後遺症のせいだけではないだろう。

 さて、どうしたものか……。

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