第4話たくらみの夜

 夜鷹は、明知との面談を望んだ。


 弦や左目には恐らくは言っていないだろう、という予感が明知にはあった。


つれてこられた場所こそ警察が事情聴取に使うような狭い部屋であったが、明知には特に不満はなかった。


 夜鷹との付き合いは古い。


 彼女は人間であるが、彼女の師である吸血鬼も知っている。


いや、師というよりは明知の感覚で言えば育ての親と言うべきなのかもしれない。


だが、その言葉で説明しても他者には通じない。明知はその世代ではないが、家族という制度は解体されている。


 全ての子供は政府の預かりとなり、国営の寮や学校に通って平等に教育を受けるのである。子は親の顔を知らないし、親は子がどのように成長しているかを知らない。


古い価値観の明知には違和感を覚える制度であったが、この国の出生率はこの方式になってから上がった。


夜鷹や左目も、自分の親がいるという知識はあっても実感はかなり薄いであろう。


「こんなところで、ごめんなさいね」


 茶を持って、夜鷹が部屋に入ってくる。


「かまいませんよ。吸血鬼は、狭くて暗いところが好きですから」


 夜鷹が差し出した茶を受け取り、明知は彼女が本題に入るのを待った。


「吸血鬼、人狼、人間に効くドラックを知っている?」


 夜鷹の言葉に、明知は首を振る。


 個別のドラックの話なら聞いたことはあるが、三種が一様に使えるドラッグの話など聞いたことはなかった。


吸血鬼も人狼も薬物の刺激には鈍いので、自分たち専用の薬物を使えば人間は死んでしまう。


「最近、若者たちの間で流行っているっていう噂なの。でも、実物が手に入らなくて……。警察も私たちも、ちょっと焦っているわ」


「実物が手に入らないということは……デマなのでは?」


「私たちもそう思っていたところで、少年少女の失踪事件が起きはじめた。実は、あの左目ってあなたが呼んでいる子以外にも五人も行方不明者が出ている」


 そのなかで見つかったのは、左目だけ。


 しかも、本人にその記憶と自覚はない。


「私に、事件捜査の協力をしてほしいということですね」


「そうよ。調停機関で働いているのは、ほとんどが人間。警察じゃないから武器の携帯もできないし、いざと言うときに備えて対象を守ることも出来ない」


 夜鷹は、ため息をついた。


 調停機関は、あくまでトラブルの相談所なのである。武力が絡めば警察、損失がでれば裁判所へと物事の橋渡しをするのが普通なのだ。


「左目さんも、警察で保護を頼めばいいじゃないですか」


「犯人じゃないから、ずっと拘留したりできるわけじゃないわ。法律には、限界があるの」


 ふむ、と明智は考える。


 明知は、調停機関のなかで左目の愛人と宣言した。そうなれば彼の行動は親切な第三者ではなくて、あくまでも親愛の情が働いた結果であると解釈される。


多少無理をしたとしても、警察などにそう釈明できると夜鷹は考えているらしい。


「あなたは、左目さんに何か起こると考えているのですね?」


「むしろ、そう考えないほうがおかしいわ」


 夜鷹も紅茶を飲んだ。


 明知としては愛人うんぬんは、あの場を切り抜ける方便に過ぎない。まさか言質をとられて、協力を依頼されるなんて思いもしなかった。


「私が断る可能性は考えなかったんですか?」


「無論、考えたわ。でも、左目君の様子を見て大丈夫だって確信した。あなた、左目君に印を残したでしょう」


 夜鷹の言葉に、明知は硬直する。


「あら、無自覚だったの?」


「死にかけだったもので……」


 吸血鬼が人間に印を残すのは「この獲物は自分のものである」と他の吸血鬼へと警告するためである。


多くの場合は愛人に施し、愛人が他の吸血鬼に血を吸われないようにする為の安全策だ。


「味は、どうだったの?」


「そういうこと聞きますか、普通?特に変な味はしませんでしたよ。見た目どおりの健康さだと思います」


 吸血鬼は人間と同じ味覚をもつ為、本来ならば人間の血を美味しいとは感じない。


それでも長年吸っていると健康か不健康かぐらいかはわかるようになってくる。薬物を使ったかどうかもだ。


「吸血鬼がおいしい人間の血を狙ってさらっているというわけでなさそうね」


「言っておきますけど……人間が思うほど吸血鬼の味覚は特殊なものではありませんからね」


 吸血鬼の味覚は、心理的要素に左右される。


 見知らぬ人間の血を飲むことは、本来ならば吸血鬼側にとっても不愉快なのである。


人間にたとえるならば、通りすがりの人間にキスするようなものだろうかと明知は考える。


たとえ相手が美女や美男でも、見知らぬ人間にキスをするのは心理的な抵抗があるだろう。


「それで、どうする?印までつけちゃった相手を放っておける」


「……それは、吸血鬼にとっての恥になりますね」


 明知は、夜鷹の提案を呑むこととなった。

 そもそも飲むしか道はなかったわけだが。


「しかし、夜鷹。あなた、年々年齢不詳になっていきますが……本当に吸血鬼になっていないんですよね。正直な話、左目さんよりあなたのほうが未成年に見えます」


 明知の言葉に、夜鷹は唇を尖らせる。


「私は、人間よ。あの人の血を飲まない限りは、私は吸血鬼にはならないわ」


 明知は、その言葉を聞いて複雑な表情を作った。


 夜鷹を育てた吸血鬼の名はツダといい、彼女は今でも彼を待っている。


 だが、そのツダは人間に自分の血を飲ませて殺した。


 そして明知は、そのツダを夜鷹と共に最後に目撃した吸血鬼であった。


 明知よりもはるかに長生きをしていた吸血鬼が犯した罪――それは十人もの人間に自分の血を飲ませてショック死させたことであった。


もう、十年も前の話である。

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