第43話-意義
梨子と近藤が椅子につく。全員が万全とはいかないが、五体満足で生存している。敵対するプレイヤーもいない、となると、ここに各々がどうきたのか、が気になるようだった。その大半を知るであろう、雅に視線を向けるも、彼はバツが悪そうに口を開こうとしない。
膠着状態を初めに破ったのは梨子だった。
「雅さんが答えないなら、みんなで情報交換しましょうよ」
「いいですね」
返事をしたのは皐月だけだったが、他の面々も乗り気だった。
「目を覚ました雅さんに事情を説明したら、七重の所に行くから金原はもう一つの階段に行き、ひたすら上を目指せって言われたんです。で、近藤を見つけてここまで」
「樋口たちに見栄を張ったのは良いが、せめて上に連れて行ってもらうべきだったな、と反省していたところだった。改めて、助かったよ金原」
近藤が本気か冗談かわからない発言で場が少し和む。
「僕らは樋口さんたちを待っていたら小松さんに会って、階段の位置を聞いて、そこに七重さんと沙世がいるって言われました」
「それで上の階のセーフゾーンで待っていろって」
皐月と志郎が話すのが終わると、残っている香歩と美姫が顔を合わせ、これまでの情報をまとめるのに悩んでいた。
「じゃあ、七重さん、沙世ちゃん、そして私たちという順に助けていったってこと?」
香歩が聞くと、雅は渋々と言った様子で答えた。
「それで合ってる。釜田が死んでから十五分で、ドローンが発見した人間を無差別に殺すよう設定されていた。清算したわけじゃないから奴の端末にはアプリが残っていた。アプリには命令の中止はできなかったが、ドローンの視界の中継とこの建物の地図があったから、十五分で間に合うよう行動したわけだ」
今まで散々雅の超常的な動きを目にしてきた彼らでも驚きを隠せない。正確には香歩ただ一人を除いてになる。彼女だけは驚いていなかった。
「まあ、そんなことはどうだっていい。ここで休息を取った後、クリアに向けての話をしよう」
敵がいないとはいえ、ゲームは終わっていない。雅の発言に皆、背筋を伸ばし頷いた。
セーフゾーンに置いてあった食料を分け、一心不乱に胃に運ぶ。誰もがまともな休息を取らずに戦っていたのだから当然の結果だろう。
全員が食べ終わったタイミングで雅が切り出した。
「時間はあるが、さっさと始めよう」
食事中にゲーム終了の時間を知らせたメールが送られてきた。まだ時間に猶予があるとはいえ、早いに越したことはない。
「まずは個別ルールがクリアできている人。もしくは協力があれば確実にクリアできる人がいれば挙手してくれないか?」
挙手したのは梨子と近藤、皐月と志郎だった。
「私は近藤の、近藤は私の生存もしくは清算でクリアです」
「というわけだ。既にクリアと言っていい」
「それにしても、仇を殺すとクリアできないって、意地悪にもほどがありますね」
「復讐するように消しかけておいて、殺せば罰を受ける。確かに矛盾だらけだな」
梨子と近藤の話が終わると、皐月が話し始めた。
「僕は端末を三台破壊するです。だから、クリア済み、もしくは死んだプレイヤーの端末があればクリアなので問題ないですね」
「僕もだよ、雅兄ちゃん。移動距離だから、もう終わってるよ」
「私は親の仇の死亡だからクリアね。釜田マコトは間違いなく死んだし」
「沙世はアプリを三つ入れないだからクリアしている。なら、次はプレイヤーナンバーが記載されていてクリアができるかわからない人、挙手してもらおうか」
挙げたのは香歩と美姫だった。
「私はプレイヤー1への清算です」
香歩はすぐに答えたが、美姫は中々答えない。しかし、誰も答えるように強要したり、離さないことに怯えることもなかった。それが功を奏したのか、美姫はたどたどしくではあるが口を開いた。
「最終日までにこの端末を起点とした半径三メートル以内に一番長くいたプレイヤーのゲーム終了時の生存。これに当てはまるのは多分、釜田、です。それか、沙世ちゃん」
「そう暗くなる必要はない。今は釜田でも、これから沙世の隣にいれば長くいた人間の更新は可能かもしれない。それにこのゲームの性質からいって、倉永さんの罪はそこまで大きい点じゃないから、クリア確定した人間への清算と端末の破壊で点が稼げるだろう」
雅はそう言い、沙世と神奈の端末を確認した。彼に向かって、各々の罪やルールを把握しているような発言を問い質す人はいなかった。
「確定したよ。ルールの総数は二十。それも釜田と神奈の端末で全て揃った。最適解はやっぱりこれで合ってる」
端末の画面を共有して、共通のルールを全員で確認したが、雅の言葉に偽りはなく、彼の計画より良い案は出なかった。
ゲーム終了一時間前まで休息することとなった。この階が最上階なのでエリア分断も気にせずに済む。ベッドとソファを駆使して、交代で休息を取ることになった。
神奈が目を覚ましたので、休息を取っているのは三つあるベッドに梨子、近藤、沙世。ソファに美姫が寝ころんでいた。
しばらくすると、寝息が聞こえていたので雑談の声が小さくなる。
「小松さんと樋口さん、今のうちに外に行ってきたらどうです?」
香歩は、え、と訊き返したが、雅はそうだな、と頷いた。
「いこう」
それだけ言って、雅は香歩の手を握り外に出た。
二人は少し歩き通路にもたれかかって、隣り合わせ座り込んだ。しかし、会話は始まらない。お互い何を話せばいいのか、と迷っていた。
香歩は破れた服のこともあって、体育座りで縮こまっている。その時、不意にポケットにあるアーミーナイフに手が振れた。
「これ、お返しします」
雅は香歩から受け取ったアーミーナイフを大事そうに受け取った。その後、二人は互いの顔を見ず、壁をじっと眺めた。
「ありがとう、大事なものなんだ」
「誰かからのプレゼントですか?」
「うん。俺の全てといっていい人からお守り替わりもらったんだ。私にはもういらないからって」
「どうして刃物がお守り替わりなんですかね?」
「その子、俺と会うまでは酷く尖っていたみたいでね。彼女のいた世界が敵に見えたらしく、武器を持っていると安心したんだって。でも、彼女は子供だったし、携帯できる刃物は少ない。だから、家族のキャンプ用品にあったアーミーナイフを拝借してきたって言ってたなあ」
雅が香歩を見ると、彼女は涙を流していた。茶色の瞳が煌めいて、綺麗だった。成長した彼女の涙を見るのは二度目だ。しかし、一度目とは比べ物にならないくらい胸が痛んだ。俺が泣かせてしまった、と自覚がある分、痛かった。
香織が背負わされ続けた偽りの罪を雅は知っていた。何故、彼女を救わなかったのか、というと、その行為と、TEを失くすという目的はほぼ両極端にあったのだ。 なぜなら、歩が香織を助けるということは、彼女が関係者であると宣伝することになる。狙われるのは間違いなかった。そして、宮田歩が、パーフェクトが生きていると世間に公表してしまうと、彼の排除に拍車がかかる。敵は世界の権力者だ。歩がどれだけ強かろうと個人の力では歯が立たない。対抗しうる力を作る必要があった。
どんな理由があったにせよ、歩に、雅にとって目の前の少女の涙は許容できるものではなかった。香織のためにある、というのが彼の存在意義なのだ。
「相変わらず、こういう所は鈍感なんですね、先生。凄い顔ですよ」
香歩は涙を拭かず、子供の時のように歯を見せて笑った。
「うれし涙です。あ、怒ってもいるんですからね。死んだなんて嘘を放っておいたんだから」
香歩は悪戯っぽく、雅の額を小突いた。
「でも、許します。だって、そのおかげで学べたことがありました。何より、貴方に触れられるなら、生きてくれていたなら、それだけで」
香歩はそう言って、小突いた手をゆっくり雅の頬に持って行った。
そして彼の目から視線を外して、彼女の唇を彼の唇に押し当てた。
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