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「ち、近づくな!」

 ジェーンを仕留めたハリーがリムジンの方へと歩み寄っていけば、しかし手間を掛けるまでもなくヴァレンタインが和葉を連れてリムジンの陰から出てくる。相変わらず彼女のこめかみにSP2022を突き付けたまま、必死の形相でハリーに向かって叫んでいた。

「この娘がどうなっても構わないのか!?」

「…………」

 涙目のような顔でヴァレンタインは叫ぶが、しかしハリーの顔は氷鉄のように凍り付いたまま。ただ黙ったままで懐から取り出したマールボロ・ライトの煙草を加えると、カチンとジッポーを鳴らし火を付ける。ふぅ、と紫煙混じりの息を吐く小さな吐息が、夜明け前の薄暗くまどろむ空に消えていく。

「お前の犯した最大のミス、それはこの俺を敵に回したことだ」

 そうして煙草を加えたまま、ハリーはスッと右腰からグロック34を引き抜き、真っ直ぐ伸ばした右腕一本で構えた。肉抜きされたスライドから覗く金色の銃身がキラリと小さく光る。

「ハリー……!」

 涙ぐんだ和葉の声に、ハリーの氷のような意志が揺さぶられる。

「ルール第五条、仕事対象に深入りはしない……」

 グロックを構えたまま、ハリーが小さく口の中で呟く。

「――――そんなこと、知ったことか」

 そして、少しばかり下げていたグロックの銃口を再びヴァレンタインに向け直した。

「安心しろ、和葉。すぐに助ける」

「……信じて良いの?」

「俺を信じろ」と、ハリー。「ルール第二条、仕事は正確に、完璧に遂行せよ、だ」

 呟きながら、ハリーの右の人差し指がそっとグロックの引鉄に触れる。そうすると、何故かヴァレンタインは「くっくっくっ……!」と独りで笑い始めた。

「私を殺す、か……。ああ、それも良いだろう。

 しかし、そうすれば後はどうなる? 既に"ワルキューレ・システム"の解除キーは私の声紋に再設定しておいた。今更"ノートゥングの鍵"を探したところで、どうにもならんよ。つまり私を殺せば、"ワルキューレ・システム"の制御は未来永劫、貴様らの手から失われることになる」

『……ハリー、どうやら事実みたいだ。今ちょっと冴子に頼んで"ワルキューレ・システム"の中枢に潜り込んでみてはいるけれど、確かにマスター権限はそこのヴァレンタインに書き換えられている。例の鍵を使ったところで、もう無意味だ』

 ヴァレンタインの言葉に続けて、左耳のインカムから聞こえてくるのはミリィの焦燥した声でのそんな報告だった。

「…………知ったことか。あんなシステムがどうなろうと、俺には関係ない」

「制御権限は"スタビリティ"の他の幹部にも、万が一の為に先程分け与えておいた。私を此処で殺したところで、"スタビリティ"の手から"ワルキューレ・システム"が離れるワケではないのだぞ?」

「っ……!」

 "ワルキューレ・システム"自体に手が付けられなくなるのなら構わなかったが、しかし"スタビリティ"の手中に収まったまま、と言われれば話は別だ。ハリーは仕方なしに、構えていたグロックの銃口を下ろさざるを得なかった。

「私は此処でこの娘と、そしてハリー・ムラサメぇっ!! お前を殺す! 私からジェーンを奪った貴様を、私は許しはしないっ!!」

「っ……!」

 ――――どうするべきか。

 ハリーは悩んだ。悩んだが、しかし熟考出来るだけの時間を、ヴァレンタインは与えてなどくれない。

「死ねぇぇっ! ハリー・ムラサメぇぇっ!!!」

 ヴァレンタインの叫び声とともに、和葉に向けられていたSP2022の銃口がハリーを向く。撃鉄の起きた拳銃の銃口が、キッとハリーの眉間に狙いを定めた……!

「駄目、ハリーっ!!」

 和葉が叫ぶ。

「ルール第六条――――」

 そんな彼女の叫びに後押しされるように、決意させられるように。ハリーもまた、グロック34を構え直した。

「――――己が信ずる信条と正義に従い、確実に遂行せよ……!!」

 一発の乾いた銃声が、夜明け前の空港に轟く。

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