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 階段を駆け上がり二階へと遂に足を踏み入れたハリーだったが、しかし孤立無援で敵の懐へと飛び込んだ彼に、ほんの少しでも休息する暇など与えられるはずが無かった。

「畜生、またかよ!!」

 踊り場を抜け、階段を半ばまで駆け上がった直後、頭上の二階フロアから敵が再び姿を現す。今度は三人、いずれも敵意剥き出しでサブ・マシーンガンを構えている。

 ハリーは咄嗟に横方向へ床を転がり、舌打ちしながらも敵の弾を回避してみせる。そうしてくるりと床を転がった後で膝立ちに起き上がりながらベネリM4を構え、連射。過剰なほどの連射による制圧力は凄まじく、手すりを軽々と吹き飛ばす威力の散弾を喰らった三人の傭兵は、たちまち吹き飛ばされながら息絶えてしまう。

「ふう……っ!」

 息つく間も無く、ハリーは走り出す。このままこの場に留まっていては、挟み撃ちに遭うと危惧してのことだった。

 ベネリM4に新たなショットシェルを左手で補給しながら階段を駆け上り、二階フロアへ。そのまま廊下を走り抜けて、L字の曲がり角の所の壁際にハリーは滑り込んだ。

「チッ、弾がもう無い」

 腹に巻くシェルホルダーを探っていた左手が空を切ると、ハリーは大きく舌打ちをする。既に予備の弾は使い果たし、後は装填済みの八発と、ベネリM4の右側に取り付けたマッチセイバー製単発シェルホルダーに挟まった予備の一発。そして、左手の中に残る一発だけとなってしまったのだ。

 ハリーはその手の中にある最後の一発を、リム辺りを咥える形で煙草みたく口に咥えれば、邪魔な腹巻きめいたシェルホルダー付きのタクティカル・ベルトを外して床に放り捨てた。SIG-516用だった空の弾倉ポーチも同様に外して棄てる。ここから先は、少しでも身軽な方が良い。

 そうしていると、隠れるハリーの背中の向こう側。曲がり角の向こう側で、幾つもの扉がバタバタと開く音と、そして複数の重い足音が聞こえてきた。二階に潜んでいた敵が、遂に飛び出してきたのだ。

「行くか……!」

 ベネリM4を両手で握り直し、最後のショットシェルを口に咥えた格好のまま、ハリーは覚悟を決める。

「ロックン・ロール、後は出たとこ勝負だ!」

 意を決して飛び出し、そして走りながらベネリM4を即座に構える。飛び出した先は確かに廊下だったが、左右に幾つもの部屋が並んでいて。そしてその扉が、次々と開こうとしているところだった。

 走り込みながら――――まずは一番手近な左に一発。開いた扉から身体を出していた男が吹き飛ぶ。

 そして、続けざまに右へもう一発。更に左、左、右といった具合に、すれ違いざまに次々と12ゲージ径の散弾で吹き飛ばしてやる。イタリアの生み出した名銃・ベネリM4自動ショットガンによる熱い洗礼を受けた奴らは、一つの例外もなく一撃を見舞われただけでその命を天に召されてしまう。

「次!」

 叫びながら、またもズドンと見舞う。これで五発を発砲、装填された残りは三発……!

「ウオリャァァァッ!!」

 そうしていると、唐突に開いた左方の扉からまたも別の傭兵がハリー向けて飛びかかってきた。

「チッ!」

 ハリーは仰向けに押し倒されこそするが、しかしベネリM4の銃口は男の腹を捉えていた。

「ブッ飛べ!」

 零距離でダブルオー・バックショット散弾を接射された男の身体が、空中で激しく吹っ飛んでいく。その途端にハリーは背中を床に叩き付け、衝撃で肺の空気が押し出されるような気持ちの悪い感触に小さく喘いだ。

 だが、敵は待ってくれない。ハリーは寝転がったままで振り向くと、そのままの格好でベネリM4を二連射。この好機にハリーを仕留めんと飛び出してきた二人を、逆に吹き飛ばしてやる。

「これで、弾切れ――――!」

 二人目を吹き飛ばした途端、金色のボルトキャリアが後退したまま停止した。弾切れの合図だ。

 ハリーはくるりと床を回転するように立ち上がり、そして口に咥えた一発を左手でもぎ取ると、それを薬室へ直接放り込む。

「ッ!」

 そして、振り向きざまにボルトを閉鎖し、そして撃発。後ろからの闇討ちを狙い、先程隠れていた曲がり角から拳銃と共に顔を出していた奴の顔面を吹き飛ばした。

「ラスト――――!」

 またボルトキャリアが下がり大口を開けるが、まだ最後の一発が残っている。

 動物的な勘で危機を察したハリーが飛び退くと、すぐ横のドアから飛び出してきた奴がナイフを振り被り、今まさにハリーが膝立ちになっていた場所にナイフを振り下ろしていた。

「フッ……!」

 奴の目論見をまんまと外してやったことにほくそ笑みながら、後ろっ飛びに宙を舞うハリーは左手をベネリM4の機関部、その少し前へ沿わせてやる。手に触れるのは、マッチセイバー製の単発シェルホルダーに収まった、最後の一発。

 左手をスライドさせるようにシェルホルダーから最後の一発を抜き取ると、そのまま開いた排莢口にショットシェルを放り込んだ。ボルトストップを押し込み、薬室閉鎖……。

「これで――――」

 床へ強く背中を叩き付けるように着地しながら、後ろに小さく滑りながら、ハリーはベネリM4を両手で構える。

「チェック・メイトだッ!!」

 そして、ハリーは人差し指で引鉄を引き絞った。

 ズドン、と重い銃声が響く。ベネリM4の銃口から撃ち放たれた最後の12ゲージ径ダブルオー・バックショット散弾は男の左腕を肩口から抉りながら、そのまま胸と腹、それに側頭部へとめり込む。強烈な衝撃で吹き飛び、派手に錐揉みしつつバタリ、と遠くの床に落着したその男が息絶えたことは、どう見ても明らかだった。

「ふう……っ!!」

 弾切れのベネリM4を投げ捨てながら、ハリーが立ち上がる。僅か一分にも満たない交戦の末、あちこちに死骸が転がり血痕が滲む血みどろになった廊下を見渡せば、ハリーはひとまずの幕切れを感じていた。

(此処に来るまで、凄まじい量を仕留めてきた)

 これだけ仕留めれば、流石に此処に詰めていた奴の殆どは始末したことになるだろうか。もしかすれば外に居た奴らが残っていて、そろそろ背後から大挙して押し寄せてくる頃合かも知れないが……。

 そう思いながら、ハリーは再び走り出しながら、撃ち倒した死体から使えそうな武器を通り抜けざまに引ったくるみたく拝借する。チェコ製のスコーピオンEVO3サブ・マシーンガンが一挺と、ロシア製のTOZ-194Mショットガン。死体を漁っている時間が惜しいから、予備弾倉までは拝借しなかった。

 スコーピオンEVO3を右手に、TOZ-194Mショットガンを左手にそれぞれ握り締めたハリーは、血みどろの廊下を走り抜けていく。和葉の囚われている一室を、そしてユーリ・ヴァレンタインの隠れる、奴の私室を探しながら。時折遭遇する生き残りの傭兵を吹き飛ばしつつ、ハリーは広い屋敷の中を探索し始めた。

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