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「じゃあ、仕事の方は滞りなく頼むわね」
そう言って出て行った冴子を玄関口まで見送り、溜息と共に事務所へ戻ったハリーがブラインドを掻き分けて窓越しに下を見下ろせば。すると丁度、停まっていたサーブラウに冴子が乗り込むシーンが眼に飛び込んで来る。
鼻歌でも歌っていそうなぐらいに上機嫌な顔でドアを開け、冴子がサーブラウに乗り込んでいく。煌めく地金のような銀色のボディと彼女の栗色の髪とが、ハリーの眼には何故だか異様なまでに似合って見えていた。
やがて、獰猛なエンジンの雄叫びが窓越しにハリーの耳にまで聞こえてきた。冴子のサーブラウはスピード6モデルの筈なので、アレは四リッターの直六エンジン"Speed-Six"だったはずだ。
「…………♪」
そんな冴子とサーブラウをブラインド越しに見下ろしていれば、冴子はサーブラウを発進させる直前、一瞬だけフロントガラスからこっちを見上げ小さくウィンクなんか投げてくる。
「お見通しか」
冴子の悪戯っぽい仕草に苦笑いしつつ、ハリーは猛然とした勢いで発進し、事務所の前を走り去っていく冴子のサーブラウを見送った。そのテールランプが見えなくなるまで、二本の指で掻き分けたブラインド越しに眺めながら。
「本当に、変な趣味の女だ」
サーブラウを見送った後で、すぐ傍のスーツジャケットが背もたれに被せられた椅子に再び腰掛けながら、冴子を思い出しつつ苦く笑う顔でハリーがひとりごちる。
鷹橋冴子という女は、確かに優秀な公安刑事だ。それは認めよう。口先だけでなく腕っ節もかなり良いし、性格もまあ悪い方じゃないとハリーは思う。
しかし、こと彼女の車の趣味だけはハリーも本気で理解出来なかった。TVR・サーブラウなんて、言い方は悪いが国内じゃあマイナーもマイナー。しかも英国から直輸入したと冴子が前に言っていたものだから、まるで笑えない。
確かサーブラウの前にも、冴子は変な代物に乗っていた覚えがある。確かAMXだったはずだ。1969年式の、アメリカン・モータース社の古いスポーツカーだ。
「……変な趣味だよ、本当に」
ハリーは呆れたように呟きながら苦く笑い、そうしながらデスクの上へ雑に置きっ放しだった自前のスマートフォンを手に取る。画面に指先を走らせる頃には、既にハリーの頭からは冴子のことなどまるで最初から無かったかのように掻き消えていた。
電話帳をタップし、そして相手を選び開く。そうやってハリーが電話を掛け始めた相手は、電話帳に"ミリィ・レイス"と記され記録されていた。
『――――僕だよ、ハリー』
左耳にスマートフォンのスピーカーを押し当て、数コール待った後でそんな少女のようにあどけない、しかし何処か落ち着きの色に満ちた少女の声がハリーの耳に飛び込んで来る。
彼女が、
「やあミリィ、調子は?」
『可もなく不可もなし、まずまずって所かな。……でハリー、僕に仕事?』
「そんなところだ」と、ハリー。「ある人間の身辺調査を、特急で頼みたい。出来るか?」
『誰に聞いてる?』
確認の意味を込めたハリーの言葉に、ミリィ・レイスが電話口の向こう側でフッと不敵に笑うのが分かった。
『二時間あれば十分だよ、その程度を調べ上げるのには』
「今すぐにだが、大丈夫なのか?」
『勿論。……それで、相手を聞かせてくれ』
それから、ハリーはミリィ・レイスに
「園崎和葉の写真は電話を切ってから、カメラで撮ってそっちに送る。……頼めるか、ミリィ・レイス?」
『大丈夫だ、その程度の相手なら朝飯前って奴さ。
……二時間、移動時間を加味して二時間半か。二時間半後にいつもの喫茶店で待ち合わせ、どうだい?』
「それで行こう、特急料金は弾むよ。……悪いなミリィ、毎度毎度こんな無理を言って」
『良いさ。相手はお得意様、しかも君は他でもない伝説のハリー・ムラサメだからね。自然とこっちも気合いが入るってものさ』
電話口の向こう側で彼女がフッとクールな笑みを浮かべている光景を想像し、ハリーもまた「そうか」と小さく頬を緩めてしまう。
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