ep.44 さらばウィリアム


 リュミエールの背中が見えた。


「こっちだ!」 


 奥から男の声が響いた。

 どうやらウィリアムが避難経路を指示しているようだ。

 その指示に従い、一室に逃げ込む。

 カートも全力で走り、扉が閉められる前にたどり着く。


「俺も入れてくれ」


 ウィリアムはイヤな顔をするが、早く入れと腕をつかんでひきよせ、すぐに扉を閉める。


「助かった」

「君を助けるつもりはなかった。だが、見殺しにするのも本意ではない」


 ウィリアムの嫌みだかなんだかわからない言い訳を聞き流し、部屋を確認する。

 殺風景な会議室だった。窓がある。長方形の机が部屋の隅に折り畳まれており、イスも積み上げられている状態だった。リュミエールはメリーを降ろし、イスを用意した。座席をぱんぱんと何度かはたいても埃はないようなので、メリーを座らせる。

 メリーの目は真っ赤だった。

 リュミエールの手をしっかり握っていた。

 軽口を叩ける雰囲気ではなかった。


「君たちの仕業ではないということか」


 ひとりごとのように、ウィリアムはつぶやいた。


「……いえ、違います」


 リュミエールが返してきた。


「フィン殿下は大胆な方ですが、人死の出るような行為は必ず避けます」


 ウィリアムには作戦内容を話していないようだった。ウィリアムはリュミエールの言い分にうなずいた。


「たしかに、それはそうだろう。どちらにしろ、警備の甘さを露呈することになったか」

「爆薬をしかけようとしていたぞ」

「なんだと、いつだ! なぜそれを言わなかった」


 ウィリアムは初耳とばかりに驚いた。


「いや、俺がちらっとあやしいやつをみかけたから、調べたら火薬の粉がな」

「なぜそれを報告しない」


 ウィリアムは激高し、カートの胸ぐらをつかむ。


「俺に言われても困る。警備の責任者はあんただろ。どこにいるのかわからなかったし、少なくとも、俺は今日の親分であるフィン殿下には伝えた。それに、俺が伝えたって、怪しんだだろ」


 ウィリアムはぱっと手を離す。


「すまない……気が立っているのだ。君の言い分が正しいだろう」


 八つ当たりできるとしたら、周りを見ても、カートしかいない。一軍の将クラスのウィリアムであるが、心を許せるのか、ずいぶんと素直の感情だった。


「殿下、身の安全だけはなんとしても確保いたします」


 メリーはそう告げられて、うん、と頷いた。

 震える声で、

「……お姉さまを、助けて……」


 手のひらで顔を抑える。涙が自然と溢れてくる様子だ。


「また、わたしのために……」


 命をかけて、盾になる家族はこれで何回目か、それを知っている、身をもって体験しているリュミエールは優しく、メリーの肩を抱いていた。

 カートは窓の景色に逃げた。

 カーテンを少しだけ開けて、階下を眺めて驚いた。


「……駅につながっているのか」


 駅上宮殿と呼ばれるだけに、駅の真上に建物が造られている。駅を眺められる部屋があるというのは知識で持っていたが、実際に見て、驚いた。

 五階相当の吹き抜け越しの窓であった。窓の端には非常用階段が備えられて、駅にたどり着けるようになっている。

 ウィリアムは面白くなさそうな顔でカートの肩を叩く。


「君たちがここから、逃げるというのなら、私も一緒だ」


 イヤな笑いが立ちこめる。


「俺たちと?」

「違うのか? 殿下をどこかへお連れしてということだろう? だが、私がいるうちはそれをさせない。身の安全を確保するために、一時的にというのなら、話はわかる。だから、私もそれなら退路を確保する手伝いをする。殿下は我々の代表である」

「言っておくが、あいつらは俺たちの友達じゃないからな」

「当たり前だ。ミスト様の態度をみればわかる。もしも謀っているというのなら、この場で君を殴り殺してしまうかもしれない」

「冗談じゃない」

「というわけで決まりだ。とっておきの列車がある」

「なに?」


 駅舎を指さす。そこに待機しているのはパレードにつかいたかったのか、装飾を施してある特別仕様の列車だ。

 うっ……と、思わずカートは息をのんだ。蒸気が立ち込めていて、いかにも発車寸前なのだ。その意味を示すものはわからないが、ウィリアムは気づいていない様子でもあった。


「ある意味予定通り出発すれば、奴らは追ってこれない」

「待ち伏せって言うことは考えられないのか」

「ないな。行き場所は発表していない」


 今回の会場は発表していたから情報が漏れたとばかりに主張する。

 カートとウィリアムは立場は違えど、逃げるという意味では、一致していた。

 だが、今まで静かだったメリーが口を挟んだ。


「イヤよ、お姉さまをおいてはいけない!」


 涙を拭いて、強い口調で断言する。


「し、しかし、お言葉ですが、お体の無事があってこそです。ミスト様は殿下のご無事を願って盾になっておいでです。そのお気持ちに反することは……」

「もう、これ以上、家族を失いたくない! わたしだって、お姉さまとともに戦うわ。わたしは、荷物なんかじゃ、ないの」


 ウィリアムは反論しようと口を開き掛け、やめた。

 カートも腕を組んで、少し考えていた。

 リュミエールを見ると、彼も困っているようだった。指示を待つのが彼の役目だが、メリーがそれを出せないでいる。かといって、リュミエールが主体的に動くのでもなく。


「リュミエール、おまえさんの意見はどうだ」


 声をかけて、反応を待つ。

 彼の対応如何では、すぐにでも動けるのだ。


「……殿下の御心のままに」

「じゃあ、俺たちが無理矢理連れてくようなら、その剣で俺たちを止めるって言うのか」

「そうですね」


 冷静に答えてくる。

 そうじゃないはずだと。


「おまえはどうしたいんだよ」

「私は……」


 メリーがちらっとリュミエールを見ていた。その視線に何の意味があるのか、カートにはわからなかったが、リュミエールがすぐに答えを出した。


「わたしは、姫様のお気持ちに応えるのみです。反するものを迎え撃つのが私の仕事……」

「バカヤロウ、このわからずやめ」


 今どういう状況か、わかっているのかとカートは怒鳴り散らす。

 ウィリアムでさえ、利害関係が一致して、逃げることには賛成していた。

 それなのに、メリーだけが状況に対応できてない。


「みんな、おまえを助けるために、命はってんだよ」

「うるさい! わたしにだって、プライドがある。足を引っ張るような荷物扱いはもう、うんざりよ。わたしはレコンキスタ・メンバーズを率いて、新しい国をつくるのよ。わたしを誰だと思ってるの!」

「いまそんなこと言ってる場合か……!」


 カートはそこまでいって、ウィリアムに殴られた。


「もうやめろ」


 ただ、言葉は強くなかった。


「気持ちは分かるが、おまえが今なにをいっても、殿下の心を変えられない」

「なんだよそれ、おまえたち、ほんとに身の安全を確保するつもりなのかよ」

「方針転換だ。責任は私が取る」


 ウィリアムが扉を開け、廊下に出た。

 この廊下を戻り、ミストたちと合流するのか。あの、戦場となったところへ戻るのか。ちらりと見ると、メリーはリュミエールの裾をぎゅっと握っていた。

 リュミエールはメリーの指示のままに動く。

 約束が違う。

 自分の気持ちを伝えて、わがままをいっても、たしなめるのが彼の役目のはずだった。こう言う時に腰が引けて、どうするのだろうか、とカートは憤った。とはいえ、ウィリアムとリュミエール二人を相手にするのは無理がある。不満ながら、三人について行こうとしたその時。

 ボーイが、ウィリアムを見つけて、急いで駆け寄って状況報告をしていた。

「閣下、ホールの賊を一掃しました」

「殿下は?」

「ご無事のようです」


 カートはそのボーイの声に聞き覚えがあった。

 誰の声だ?


「爆発で天井が崩落している廊下がありますので危険ですから、私が案内します。殿下もご一緒に」

「よし、頼む」


 声の主を直感的に閃き、冷や汗が走る。

 きっと、ウィリアムは笑顔にだまされた。

 ウィリアムに続き、メリーも廊下に出ようとしていた。


「待て、行くな!」


 カートは思い切り叫んだが、扉は開いてしまう。

 扉はあっという間に開かれるはずなのに、とてもゆっくりに感じられた。鼓動が強く高鳴り。思わずメリーとリュミエールの間をかきわけようとする。


「ウィリアム! そいつはスパイだ!」


 シエロの邪悪な笑みが向いていたのは、青い髪の少女。

 カートはあわてて怒鳴るが、ウィリアムの判断は今一つ遅かった。ウィリアムの脇をすり抜け、シエロは腰の動きで反転して、同時にベルトに隠してあった拳銃を抜く。

 一番早く反応したのはカートだった。シエロの腕に飛びつく。なんとか銃を持った腕にからみつこうとするが、あっさり交わされる。反動でカートは床に転がっていく。

 銃口はメリーに向いていた。

 構えたと同時に撃鉄が起こされ、シエロの高笑いが響きわたる。

 引き金を引く瞬間、射線上に飛び出した男の影。

 火薬の音が何回も響いた。壁に音が反響して、何回撃ったのか、わからない。硝煙が立ちこめる。

 仁王立ちした男の影から、一閃の白刃がきらめいた。

 影から現れた光のようだった。

 サーベルの先端が瞬時にシエロの胸を貫通していた。

 シエロの手から銃がぽとりと落ちた。

 銃の落下音が響く前、影となった男の名前が木霊した。


「ウィリアム!!」


 影となった男は血を吐きながら、倒れた。

 そっと首元を撫でたのは女の手。メリーであった。

 メリーは歯をがちがちと鳴らせ、真っ赤な目で今にも泣き出しそうだった。


「……ご、ご無事で……」


 青い髪が視界に入ったからか、ウィリアムはまず、メリーの無事を確認していた。


「バカッ……!」


 メリーの涙がぼろぼろとこぼれていった。

 傍らでリュミエールはウィリアムの胸元から服を引き裂き、傷口を確認し、弾痕を見つめると、首を横に振った。もう、手がつけられないという意味だが、メリーはその時ばかりはリュミエールを見なかった。ずっとウィリアムの青ざめていく顔を見つめていた。


「そ、そのようなお顔をされないで……くださ」


 息も絶え絶えに続ける。


「で、殿下は……私がいなく……なれば、自由、で、す」


 え? とメリーは聞き返した。


「……総帥たちは、あなたを置いて、先に逃げた。そのような人に、あなたを……嫁にやるわけには、いかない……くそくらえだ。この結果でよかったのかも、しれない……な……」


 ニヤリと笑う。


「……殿下を、頼ん……だ……ぞ」


 力なく、震える手がリュミエールに伸びていた。金髪の男はその手を握り返した。満足したように、腕は落ちる。


「ふはっはっ、殿下に……看取られる……最期なら、悔いは、ないッ」


 血を吐き、ウィリアムは絶命した。

 静かになった廊下にいつまでも、メリーの嗚咽が響いた。

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