ep.42 アヤシイ男
「ようこそ、いらっしゃいました」
迎えてくれたのは、軍服姿のウィリアムだった。
勲章をいくつも垂らし、威厳のある態度で腰を折る。いつもの羽根付き帽子がないので、ぱっと見て誰かわからないくらいだ。
笑顔とは言い難い。
とはいえ、笑顔のフィンに握手を求められた時は表情が柔らいだ。
「ファイナリアのフィンです」
「お噂は兼ねてより。失礼、私はウィリアム=サドラー、レコンキスタ・メンバーズの執政を担当しております」
「ファイナリアと帝国は仲良しとは言い難いけれど、お祝い事には花を添えるわ」
「ありがとうございます。たくさんの花束をすでに頂戴しております」
「殿下はお花がお好きだと聞いているわ。そう、その殿下はどちらに? お会いできるかしら」
お付の兵隊として受付をすませたカートは、大物二人のやりとりに遭遇して驚いた。ミストがいない。いないところで、フィンがどんどんウィリアム相手に話を進めていた。
だが、ウィリアムがカートの姿に気がついた。
「フィン様。こちらの男性は貴女の配下のものですか」
「ええ」
わざとらしく、カートは敬礼する。帝国式で。
「そうですか」
特にお互い言葉を交わさず、
「警備が必要となる機会がないことを祈りたいですね」
先にフィンが牽制していた。
実際に事を起こすのはどっちだと内心あきれながら、無表情を繕う。
「では、のちほど」
ウィリアムとフィンの簡単な挨拶はスムーズに終わった。
ふうと一息。
肩を出し、胸元をひらいた真っ赤なドレスは目立つ。そして、赤い髪が美しく、スタイルも抜群のフィンの隣に並んで歩くのは恐縮してしまう、一歩後ろから付いていくのだが、首から紐を掛けて、背中で結ぶタイプのドレスのため、背中が露わになっている。目のやり場に困った。肌を見つめるわけにもいかない。
あわてて、周りを見渡す。
立食会場はざわめいていた。すでにたくさんの招待客が入場しており、ホールの中心部である巨大な鐘の下では、ダンスをするための下見をしている貴族もいた。
「お知り合いはいます?」
「ほとんどいないわ、でも大丈夫よ。あなたは周囲を伺って、見覚えのある顔を探しなさい」
なにが大丈夫なのかはわからないが、人見知りはしないタイプだろう。後ろをついて歩く必要ないんじゃないかとさえ思う。
「それとミストが一人だったら、声をかけてあげて」
ミストは同じ馬車ではあるが、先に預けておいた荷物を確保するため、別行動だった。一人でやらせてほしいという当人の希望で、一人だけ別行動。果たしてそれがよいのかどうか、フィンにもわからないといったところだろう。
「軍の関係者が何人かいますね」
「服でわかる、勲章の数でもね。勲章の数を誇る将軍なんてロクでもないけどね」
厳しい評価だ。
「鉄道関係の偉い人もいますね」
給仕から飲み物を受け取っていたスーツ姿の男性を指す。
「マーカスから、連絡がいっているはずだから、声かけてみるわ。ありがとう」
「俺は……」
「そうね、ちょっと会場周りを見てきて。時間になり次第、作戦開始よ」
うん、とうなずき、ホールを後にした。
受付に戻ると、ウィリアムとミストが話をしていた。
話がこじれているのだろうと察するに、実際にその通りだった。
「なんで会えないの?」
「以前にもお話ししたとおりです。殿下は我々の代表です。正規なルートで面会を申し込んでください」
「だって、そうしたらあんたが最終的に会わせないって判断を下すんでしょ」
「いいえ、私にその権限はない。殿下の指示をあおぎます」
「ふうん、自分に責任はないって言いたいの」
「それも違います」
メリーに会えるか会えないかで、揉めているといった、とてもわかりやすい場面だ。
「それと、その包みはなんですか」
布で巻かれた長柄モノ。ミストが抱えていた。どう考えても、ドレスに不釣り合いだった。柄の部分の膨らみが十字になっているところを見ると、剣のようでもある。ウィリアムは絶対に持ち込ませないと躍起になった。
カートは咳払いをして、会話に割り込む。
「俺が預かるって線でいかがでしょうか」
あからさまにふたりとも不満そうな顔をするが、平行線の会話より、よっぽど着地点をみつけられるはずだった。
「では、保管場所を伝えます。カート君、キミがそこに運んでください」
その提案で合意した。ミストはまだ納得してない様子ではあったが、カートに袋ごと預けた。抱き抱えると、うっすら、袋の内側で青い光が漏れていた。ミストの愛用の剣だ。あの、氷を操る力を増幅することが出来る聞いたことがある。かなり危なっかしい代物だ。
ウィリアムの案内はなかった。そんな暇はないという、これから来る招待客の相手をしなくてはならないらしい。それはそれで気軽でいいと、教えられた部屋まで行くこともなく、大広間の開けっ放しの大扉の裏に隠しておいた。ミストもその様子をちらっと見て、指でOKサインを出す。
カートは警備員の数を確認しながら、トイレに籠もった。トイレの清掃用具置き場に手はず通り、着替えが置いてあった。さっさと着替えてしまう。あっという間にホテルマンのような格好となった。ここの従業員の標準的な制服だ。シャツにグレーのベスト。パンツは黒。菱形の帽子で獅子だがなんだかよくわからない四つ足の紋章が入っていた。
同じように清掃用具入れにファイナリア士官服をおいて、トイレから出る。従業員らしく、廊下の端を歩き、同じように客に対して腰を折って、お辞儀する。廊下を進み、階段をあがり、ホールを見渡せる桟敷席を伺った。桟敷席にはテーブルとイスが用意されて、二、三人で一部屋。階下を見渡せるようになっている。とはいえ、今回は使われていない。黒いカーテンが引かれ、使用していないアピールがしてあった。他の従業員は忙しいのか、ここには一人も配置されていない。
ホールが円形のため、カーブが続く廊下を歩むと桟敷席のカーテンの裾でごそごそと動いているなにかを発見した。打ち合わせにはないはずだった。
だとしたら、それこそ、会場の整備か、警備か。
いや。
カートは声をかけた。
「ここでなにをしているんだ?」
咎めるようではなく、なにげなく聞くつもりが、少々とがった言い方になってしまった。しまったと思うが、振り向いた男の顔を見て、固まった。
相手も、うっと一瞬固まった。
「シエロ……!」
シエロはカートの顔を見て、すぐにわかったようで、シエロの方が行動は早かった。
腰を低くしてカートに近寄り、腹にブローを一発。身構える暇なく直撃して、うめき声をあげて尻餅をついた。
「敵を見つけたら、会話など出来ないと思った方がいいよ」
そう言い残し、足早に立ち去っていく。
「おまえに、いわれたく、ない……」
会話好きのスパイが……とまで、言えず、腹をさすった。
しばらくはじっとしていようと、シエロが作業していたところまでいくと、床板に火薬が仕込まれていた。
変な笑いがこみあげてくる。
冷や汗が背中を伝い、腹の痛みを緩和したようだった。
よろめきながら、桟敷席を出る。シエロの姿はない。
同じようにホテルマンの衣装でどこかにこうやって爆薬を仕込んでいるのだろう。
「しんどい、仕事だな……」
なんでこんなことをしているんだとぶつぶつとつぶやきながら、吐き気を押さえながら、廊下の壁を伝い、階下に降りていく。
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