ep.39 それぞれの想い

 旅客列車の一等客室は良質の革を使った座席だ。

 尻が痛くならない席にずっと乗っていられるというのは非常に気分のよいことであったが、隣席の金髪の青年が気に入らなかった。


「なんで隣に座る。向かいの席も空いている」

「ここが切符の指定席だからです」


 金髪で白いコート、整った顔立ちに蒼い目。美しい発音ではっきりとしゃべる。


「それは便宜上だ。今回は相席じゃない。空いてる席は自由に座ればいい」

「いえ、私は決められた席で」

「そうかよ」


 向かいあう席の構成だ。切符の指定座席に座ると譲らないリュミエールの言い分は間違っていない。だが、個室の席を自由につかっていいという慣例を知っているのはカートだけであったし、リュミエールは知ったところで考え方を変えることはなかった。

 仕方なしにカートは向かいの席に移り、倒れ込むようにだらしなく腰を下ろした。靴ごとリュミエールの隣の席に足を投げ出した。


「行儀が悪いです」

「そうかい」

「足をおろしましょう、鉄道の仕事に関わる方とは思えません」


 かちんときたが正論に違いなく、黙って足だけおろした。ばつの悪そうに姿勢を少しだけ変え、背もたれに背を預けた。

 がたんがたんと車輪の音が響く。


「なあ」


 沈黙に耐えきれず、声をあげたのはカートだった。


「姫様助けた後、どうするんだ?」


 表情を変えずにリュミエールは答える。


「姫様のご意向次第です」

「なんだそりゃ、おまえに意見はないのかよ」

「……そういうあなたこそ、どうするんです?」


 カートはちっと舌打ちする。どうせメリーが喋ったのだろう。


「女性のことで悩んでいると聞いてます」

「悩んでるわけじゃない」

「では、私と同じでしょうか」


 きわめて冷静に答えたリュミエールに少し感心する。


「答えは出てるのか?」

「あなたの答えが出てるのなら、きっと私も同じようなものです」


 なら、簡単だった。


「ああわかった。お互い、自分の意見を実行する、それでいいな」

「……」


 リュミエールは答えない。端整な顔立ちがぴくりともしない。

 人形相手にしているようであった。


「姫様のご意向がどうでも、自分の意見をはっきりしろよ」

「いえ……それは」


 首を振って、軽く否定する。素振りは軽いが意志は明確だ。


「向こうだって、案外、意見を聞きたがってるかも知れない」

「それは違います。私の意見はあくまで私の意見、姫様の意向を曲げるようなことがあってはならないのです」

「それは部下としての正論だ。でも、正しくない。おまえの姫様に身の危険を感じたら独自で動くだろ。それにはご意向もなにもないだろ。そうやって、自分の気持ちをごまかすなよ」

「あなたに言われたくはない」


 その言葉を聞いて、お互い白い歯をみせる。

 ようやく本音らしい言葉が出てきたのだ。


「そうだな。俺もそう思うよ」

「ではわかりました。私も私の意見を言うようにがんばってみます。だから、あなたもローズさんに……」

「それ以上いうなよ、おまえに結論づけられたくない。だけどまあ、わかってる。お互い、頃合いだな」

「約束ですよ」

「言われたくねえよ」


 結局だれの話をしたのかわからないが、男二人の話は奇妙な約束を結ばせた。

列車は田園地帯を通り過ぎ、やがて住宅地が見えてきた。

駅は近い。




 出発の前の日のことである。

 赤猫亭はすっかり綺麗に直され、いつものようにコーヒー豆の香りが漂う、知る人ぞ知る喫茶店として営業していた。

とはいっても、客はいなかった。ミストはお客が誰もいないことをいいことに、だらだらとイスの上に寝そべった。カウンター用のイスなので、足が長く、腰掛ける面積も少ない。並べて寝そべっても、バランスを崩せば体ごと落下して非常に危ない。器用にバランスをとりながら、天井をあおいでいた。

 そこへ、買い出しに行っていたフィンが戻ってきた。パン袋を抱え、空いた手で扉を開け閉めする。


「ただいま」


 ミストは返事をしなかった。


「もう、お行儀が悪いわよ」


 フィンにお尻を叩かれて、むくりと起き上がる。気づけばスカートもめくれて、ふとももも露わになっていた。居住まいを正して、イスにお尻を落ち着かせる。


「どうしたの?」


 顔をのぞき込んでくるフィン。真っ赤な髪に大きな瞳。つややかなくちびるが優しく語りかける。


「気分悪い?」


 声を掛けながら、玄関扉の表札を本日閉店にかけかえ、鍵も閉める。


「ん……いろいろ考え事」

「作戦について引っかかることでも?」


 フィンが立案し、マーカスやミスト、はてはカートやリュミエールも納得した作戦だった。

気になるところはそこではないと、ミストは首を横に振る。


「……本当に望んでいるのかなって、ちょっと自信がなくてさ」


 フィンが差し出した手鏡と櫛を受け取り、ぼさぼさになっていた髪に櫛をいれながら、弱音をつぶやく。


「庶民の生活レベルに落ちることと、嫌々でも皇女としての生活をまっとうしていくの、どちらがいいって言われても、人それぞれ好きずきよね。ちなみに、私は自分の納得した生き様を選択するから、両方いいとこ取りよ」


 フィンの自信満々な話を聞いても、なんの説得力もないと鏡の中のミストも一緒にため息をついていた。


「そりゃあね、あんたはなんでもできるし、考えもはっきり決まってるし、でも」

「デモもストもないわ、取り戻すと決めたら、それをやるのに迷ってはダメ。あなたの気持ちは伝わっているはずよ、あのコは環境に依存するコじゃない。傍にいる人がしっかりしていれば、どこでもついてくるわよ」


 メリーとフィンは、それほど面識があるわけでもない。ほぼ他人であるのに、身内としても、他人に断言されると、腑に落ちない。


「迷っているのが一番危ないってのはわかるけどね……動き出す前ってやっぱり迷う」

「そうね、誰だってそういうものよ、ああ、ホットでいい? お砂糖はいらないのよね?」


 ミストの話に相づちをうちながら、フィンが湯を沸かしはじめた。カチャカチャとコーヒーカップとソーサーがこすれあう音も響く。コーヒーを淹れる用意を始めだす。


「また、戦争になるかもしれない」


 メリーの動き方一つで、世界はすぐに変わってしまう。

 豆を選びながら、フィンは顔色一つ変えずに世界情勢を語る。

 レコンキスタ・メンバーズは反革命政府派が集まって出来た組織だ。その主流ともいえる旧帝国派が分裂し、また地方貴族たちが諸国連合を組むか、小国として独立するか、様々選択肢がある。大きな柱が崩れれば、組織は瓦解していく。それほど、レコンキスタ・メンバーズはまだ新しく、核となるカリスマ幹部が育っていない。財団がバックにいるとはいえ、人材が豊富であるわけではない。

 ひとつしかない、看板なのである。

 だからこそ、皇族の血を取り込み、自らが皇族となることで、大儀もあるというわけだ。


「そんなことに、妹が巻き込まれるのはイヤだと言うのは、わかる。だけど、皇女として生まれた以上、そういった政治的な背景から逃れることは出来ない。いやむしろ、お母さんが逃げて、あなたが無関心だからこそ、あのコは余計にその役割をまっとうしているのかもしれない」


 フィンは自分の話を例えに出した。


「私には弟がいるのだけれど、まだ年若くて、内気の子なの。だから、政治の世界に出すのもイヤだし、戦争なんて論外だった。代わりに私が、猛勉強して、政治家と対決したり、商人と交渉したり、剣の稽古もしたし、武器を研究した。最新のライフル銃でバンバン撃ち合ったこともあった。戦場に出て、采配を振るったし、人も斬った。知っているわよね? 私がどれだけの戦果をあげたか。まあ、その結果、私の評価は伸びていったけど、弟は役に立たない王子として名ばかりのものとなってしまった。それがよかったか悪かったか、私にはわからない。何事もなかったことを喜べばいいのか、男として活躍させればよかったのか、今でもわからない。でも、私は自分の生き方は好きよ。謎の喫茶店オーナーでありたいし、今でもファイナリアを仕切る王女であり、この国のために闘いたいと思っている」


 話しすぎたとフィンはコーヒーを口に含む。ミストとしては熱すぎるのは飲めないので、しばし待つ。


「で、何の話だっけ」


 一気に話したためか、とぼけてミストの反応を楽しんでいた。

 ミストが口を開け掛けたところで、またフィンは話し出す。


「そうそう、だから、どっちかが極端だと、片方は逆の極端に答えを出す訳よ」


 無言でコーヒーを口に含む。まだ熱い。


「なんだかんだでミストの家族への想いを私はこの国のためにつかわせてもらう事実に代わりはない」


 それはひどいことよね? と尋ねてくる。


「……本人がイヤがれば、ひどいことになる」

「そうなったら、あなたはメリーを守る? 私が敵になる?」


 剣を交えるのだったら、きっといい勝負になるわ、と、まるでゲームでも楽しむがごとくに軽い言葉で想像する。


「そう、したくはない」

「私だってしたくはない」


 そうならないために、どうしたらいいか。


「ちゃんと気持ちを伝えた方がいいのはわかってる。でも、ずっとうまくいかなかったから、あんまり自信ない」


 言葉が足りない。いきなりわけのわからないことを言う、あの妹からすると、そういうイメージなのだろう。


「でも、イヤだって言われても、あたしは繰り返し言うだろうな。そっちじゃないって、こっちだって」


 嫌われて、嫌われて、話を聞いてくれなくなる、その日まで。


「頑固に耳障りなこと言えるのも家族の証拠じゃない? 今回の作戦、成功させましょう、きっと新しい居場所をつくれる。それもこの街に、このファイナリアにね。市民として歓迎するわ」

「なにが市民……さっきは王女だって言ってさ」


 軽口を返すも、ファイナリアに温かく迎えてもらうのは悪い条件ではないのだ。友人としても頼れる人がそばにいて、家族とともに居場所をつくれる――母も父も亡い。たった一人の妹を救えるのは誰だろうか。

 なんのために、このチカラはあるのか。


「あ、そうだ」


 ひとつ閃いた。

 花をつくろう、あの子が好きだった、花を。

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