ep.15 輸送管理官の黄昏


 木製の大きな執務机に拳が振り下ろされる。

 どん、と大きな音がするが、どっしりと椅子に座った男は微動だにしない。それどころか、葉巻に火をつけて、吸い始めた。

 拳を振り下ろしたのは高級車掌服に身を包んだキャプテン=オーグリーだった。怒りの余りに、机を思い切り叩いてしまった。


「あなたまでもが保身に走るとは思いませんでしたッ」


 それでも、葉巻吸い続けていた。

 体格のいい、壮年の男だ。髪が薄いというが最近の悩みらしいが、綺麗にセットされ、スーツ姿とよく合っていた。

 胸には星が刻印されたバッジ。


「オーグリー、時代の流れに乗るのが一番正しいやり方だ。我々は国盗りをしているのではない、商売をしているのだ。勝ち馬に乗るのがそれほど悪いことか?」


 葉巻の男は逆に疑問を突きつける。


「青臭い感情で、すべてを台無しにするよりは幾分かマシな選択ではないか」


 キャプテンはその言葉で、応接ソファに脱ぎ捨ててある制帽、制服、肩章、勲章。高級な生地で出来ており、刺繍も立派なものがこしらえてあるが雑に扱われている。まるでこれから捨てるかのように。

 これらは元々、目の前にいる男が着ていた、鉄道公社の、もっと言えば、帝国陸運の重役だけが身につけられる制服と肩章。


「私はね、革命政府の中央議会の義員として歩むことになった。未開拓地域での鉄道政策、これが私の新しい仕事だ。私の手腕に期待してくれ」


 きらびやかに光る星のバッジ。

 それは議員の証拠であった。

 キャプテンはもう、言葉が出なかった。



 ロビーで待っていたカートはキャプテンのうつむいた様子に大体の結果が読みとれた。


「いい話はなさそうですね」

「道すがら話そう」


 公社の支店受付ロビーを無言で立ち去り、その足で繁華街へ向かった。

 立ち飲みパブに二人は吸い込まれていった。

 制帽をとり、制服の上着を脱いでハンガーを借りて壁の取っ手を見つけて適当に掛ける。白いシャツ姿でカウンターに向かい、木製のジョッキにビールを満たして、無言で乾杯。

 一口飲んで、大きく息を吐く。


「酒がうまいとは言いずらいな」

「俺もです」


 酒を飲んでる場合ではないが、酒でも飲まないとやってられない。

 言葉にしなくても、二人は同じ気持ちだった。

 オペレーション・スカイブルーとやらでウィリアムに列車を乗っ取られ、法律が新しく決まったというから、公社の一番話が出来る幹部に直訴してみれば、すでに革命政府と取引後、すべてが後手だった。

 つまみのナッツをほおばり、ばりばりと砕く。


「世の中にはどうにもできないことが、ある」


 大きな力が働いて、下っ端は上の言うことを黙って聞くしかない。


「冗談じゃない」


 カートはそういうが、特に手だてがあるわけではなかった。


「ブライアンまでもが公社を去ると、もう帝国陸運からの流れの幹部はいなくなる。帝国派を一掃して、自分たちの都合のいいように動かせる人材を配置完了というわけだ。我々が抗議したところで、顔すら会わせてくれないだろう」


 ブライアンという葉巻の男は帝国陸運時代からの幹部のひとり。鉄道公社と名前を変えた今でも辣腕を発揮していた。キャプテンとはよく知った仲らしい。キャプテンの交友関係がなかなか深いと感心する。カートだけで会いに来ても、面会すらしてくれないだろう。

 鉄道事業を半分、財団に売り渡すことに同意して、議員という地位になったとのことだ。


「議員というのは、投票とやらで決めるんじゃなかったんですか」


 選挙という方法が採られてまだ新しい。とはいえ、そんな大がかりな国家行事があればローズがうるさく騒いでいるだろう。


「今の政府は決まりがあるようでない。足りないから枠を増やした。お知らせはしない、とそんなところだろう」


 むちゃくちゃだ。さすがにカートも呆れた。

 帝国主義からの解放と言っておいて、自分たちに甘いルールをつくっているだけじゃないか。


「今日の新聞に出ていました。輸送管理官は不当にも貨物の搾取をおこない、帳簿を改竄し、帝国派に流していた、と。元々鉄道公社は帝国陸運、すなわち帝国政府と一体的なもの、ロイヤルブルーに忠誠を誓っているものたちだから、と動機としては充分わかりやすい内容になってます」


 そんなことをする輸送管理官がいたら、殴ってやりたいところだが、基本的にはそんなことをするのはいないとカートは信じている。

 キャプテンの意見としては、ひとりくらいやりそうなのはいたということだ。

 だからって、全部を当てはまるのはひどい、と憤る。


「またひとつ、帝国主義から財産を解放したっていう論調ですが、財団に委託されて、結局、あいつらは独占商売です。俺たちは都市の豊かさを保つための仕事です。本質が違う。表向きは綺麗事言って、事実はまったく逆だ」


 カートの憤りにキャプテンも同意する。


「新聞は検閲が入るからな。闇雲に本当のことを書いても、営業停止にされるだけだ」


 シエロの顔が思い浮かぶ。あの笑顔の向こうで、泣かされている人がたくさんいるのだろう。


「俺たちは正しいことをしていた。でも、これでは犯罪者扱いだ、たまりませんよ」


 勢いよく、ビールを飲み干して、おかわりを催促する。


「君は思い入れもあるだろう。つらいだろうな」


 顔を赤くして、カートはちいさくうなずいた。


「これからどうする」

「キャプテンこそ」

「私はな、少し考えがある」

「考え?」

「実はな……」


 声のトーンを落として、語りかける。


「君のように解雇された輸送管理官を集めて、一つの組織にしようと思う」


 酒のせいか、カートにはピンとこないようで、眉間にしわが寄る。


「新しい鉄道事業でも、いやでも無理か」

「商売してもいい、が、それよりも重要なのはネットワークだ」


 各地を移動する輸送管理官は同時に世界情勢に詳しくなる。その情報ネットワークを駆使し、政財界にうってでたいとキャプテンは言う。


「そんなことが出来ますか?」


 できるとも、と力強くキャプテンは返事をするが、その仕組みに興味がわけず、そうですか、と相づちをうつだけになった。


「カート、君も協力してくれないか」


 当たり前の話だが、まさか自分に誘いがくるとは思わず、答えがとっさに出ない。


「少し考えさせてください」

 今は初心に戻って、荷役で働くことを伝えた。

 気持ちが落ち着くまで、昔なじみの仕事をやるのがいいだろうと酔っぱらった頭なりに結論づける。


「そうか」


 と、少し残念そうに息をついて、キャプテンは席を立った。

 見送りはしなかった。

 一人でもう少し、飲んでいたかった。

 酒が進むにつれて、思い出がよみがえる。

 父が整備した鉄道で、世界をめぐる、そう夢見た子供時代。

 尊敬する父が急死し、大黒柱として荷役として働くようになった日々。

 働き詰めのある日に、困りはてたローズを見つけ保護した。

 母と三人で暮らし、輸送管理官に成ることを夢見ていた。

 試験の資格を得るために金を貯めていたが、そもそも金では解決できなかった。そんなときに現れた青い髪の女。キャプテンとの出会い。

 輸送管理官の合格発表を間近に控えて母が死去。

 ローズと二人だけで合格祝い。

 輸送管理官の仕事と、変わっていくローズ。


 ――俺の半生は鉄道とあった。


 努力と苦労が、よくわからない政治戦の影響でないがしろにされてしまった。

 そもそも、無理してこの仕事につかねばよかったのか。

 あの時、ミストと出会っていなければ、諦めがついたのかもしれない。

 そうすれば、メリーを運ぶこともなかっただろう。

 貧乏荷役のまま、毎日同じ暮らしだっただろうに。

 しかし、それでよかったのだろうか。

 子供の頃の夢。

 カートは頭を抱えた。


 ――ローズに合わせる顔がないな。


 偉そうにしていた自分が恥ずかしくなってくる。

 空になったジョッキに、もういっぱいとおかわりを催促した。

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