回復

 僕の顔を見た瞬間、女は目を見張った。

「なんで、目が治ってるんじゃん?」

 女が驚愕したのが嬉しくて、僕はゆっくりと立ち上がる。

「知りたい?」

 僕の体を見て女はさらに驚く。何しろ全身が傷と言う傷だらけ。四肢は神経がはみ出し、胴体は睾丸を含む内臓がはみ出しまくっていたのに今はほぼ無傷だ。

 服までは治せないのでずいぶんとワイルドな外見になってしまったけれど。

 僕は全身が冷たくなりながらもまだ息があるエデルトルートに声をかけた。

「待ってて。すぐに終わらせるから」

 彼女は、儚いけれど確かな笑顔を作ってくれた。その笑顔を目に焼き付けた後、女に向き直る。

「お前、ひょっとして回復系のクラフト持ちじゃん?」

 驚いたようだけどさすがはバトルジャンキーと言ったところか、素早くなぎなたを構え直して脛を切り落としにかかる。

 空気すら切り裂くほどのその威力は、さっきまでの僕はろくにかわすことすらできなかった。

 でも今の僕は違う。カルトマヘンの力でレベルが急上昇したのでなんなくなぎなたの動きが見きれる。

 というか、のろい。

 こんな大振りの攻撃が良く当たったな、と人ごとの様に感心してしまう。

遠心力を活かした威力はすさまじいけれど、手元を見ていれば軌道がある程度読める。

先端のスピードは恐ろしいけれど手元の動きはそれほど速くない。

どうということもない。僕は軌道が見え見えの動きを最小限の動作でかわす。

「この~」

 あっさりとかわされたことに女は怒りをあらわにして打ちかかってくる。

 口調はのんびりしているが額に青筋が浮いているので不細工な顔がさらにブサイクに見えた。

 僕はとりあえずさっきまで止めると腕が折れそうに思えたなぎなたを短剣で軽く受け流す。

 軌道さえ読めれば受け流すのは難しくない。

 頭、脛、小手と狙ってくるけれどことごとく流せる。武器が短いから足元の攻撃は流せないと思ったけれど、素早く片膝立ちになることで問題なくかわせた。

 レベルが急上昇したせいで動き全般が滑らかになった気がする。

 試しに横面を狙ってきたなぎなたを足を高く上げて止めてみた。中国武術で言う踢腿に似ている。なぎなたは刃の部分が短いから柄の部分に足が届くので切られることはない。

「なんなんじゃん?」

 これでも体幹がびくともしない、剱田と戦ったときは体が固かったけれどもう今では別人のように動かせる。

 運動音痴の僕が生まれて初めて自分の思う通りの動きができたことに感動した。

「隙あり~」

 感動の余韻に浸っていた僕を、無粋な女が狙ってきた。今度は首筋を目がけてなぎなたが飛んでくる。

 かわすのは問題ないけれどまた攻撃されたら面倒だ。

 なぎなたをあいつから奪うとするか。

 僕はなぎなたを「裏に」払った。

 裏に払うとは武器を持っている手の手首と反対側、指先の方向に払うということだ。

「くっ!」

 案の定、指先に猛烈な力が加わった女は握りを離した。

 普通なら素早く持ち変えて反撃してくるだろうが、もう許さない。

 僕は手が離れて懐が空いた隙に、女に突進するように飛びこむ。懐に入れば長物は文字通り無用の長物だ。

 だが女は焦るどころか笑っていた。

なぎなたを手の内を利用してすべらせ、素早く短めに持ち変えて顔を狙ってくる。

「死ね~」

 鈍色の刃が僕の顔に向かってくる。

 醜い面が勝利を確信するとさらに醜い面になるな。

 避けるにも飽きてきたので、なぎなたの切っ先を歯で噛んで止める。

 少し女の顔が愉快な表情になった。

 とりあえずそのまま首を思いっきり横に振り、なぎなたを奪い取る。

これでクラフトは使えなくなったはずだ。



 なぎなたを奪い取られた途端、女の顔が驚愕と絶望に染まった。

 ここにきてやっと力の差を認識できたらしい。

 強いものほど相手の強さにも敏感だ、という漫画の台詞があったけどこいつは本当は強くなかったのだろうか。

 僕に背を向けて脱兎のごとくに逃げ出した。間抜けなことに武器まで置いて、おい武器がないとクラフトは基本使えないんだけどな……

 追おうかと思ったけど、やめた。

 すぐに女の悲鳴が聞こえ、斬り飛ばされた足首が二つ宙に舞うのが見えたからだ。


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