若かったな

「私の部下になる気はないかね?」

 将官はそう言って手を差し伸べてきた。

「……なにをたわけたことを」

 私は冷笑しながら声を荒げた。

「いや、私は本気だ。一個師団の兵を失ったのは惜しいが、君が味方になればそれ以上の戦力となるだろう」

「断る!」

「そうか。君の決意は固いようだね。残念だ」

 将官が剣を再び抜く瞬間を狙って私は駆けだす。

 剣に添えられた右手を掴もうと手を伸ばし、掴んだ。

 相手が動いて私の力を捌くなら動きを止めてしまえばいい。力は明らかに私が上だ。

 これで決まる。このまま腕を握りつぶすなりしてしまえばいい、そう思った。

 だけどそいつは握られた右手を軽くひねり、腰を落として全身をらせんの様に動かした。同時に私の身体は竜巻に巻き込まれたような力を感じて宙を舞い、地面にたたきつけられようとするが空中で無理やり体勢を立て直して足から着地する。

「驚いたな。まるで曲芸だ」

 将官はここにいたって初めて驚いた声を上げた。

 しかし私はかなりヤバいと感じていた。掴んでしまえば倒せると思ったのに、駄目だった。柔術というか投げ・関節技の心得もあるのか。

 どうする?

 どうすればいい?

 ここで逃げるわけにはいかない、まだ足りない。

 かといってまともにやりあって倒せる相手ではない。

 こんな時村上君ならどうするのだろう。村上君の今までの言動を、戦い方を必死に思い出す。コカトリス、レ―ム、シュプレンゲン、ヴィント……

 ああ、そうか。

 私は名案を思いついてまっすぐに突っ込んだ。

 防御なんて一切考えない。でもこの将官ならば隙があからさま過ぎると気づかれるだろう、初めは守りを固くする。

「ふむ、スピードに物を言わせた一撃離脱戦法か」

 向こうはわざわざそんなことを口にする。言葉でこちらを惑わせる作戦か、それとも自分の決意を言葉にして気持ちをより強くしたのか。

 どちらでもいい。どうせやることには変わりない。

 私はさらに走る、走る、走る。

 周囲の景色が後ろに流れるどころのレベルではなくほぼ見えなくなり、私の視界に映るのはほぼ真正面、将官の姿だけになる。

 これまでで最速の突撃。

 私は右足を思いっきり踏み込み、地面に着地すると同時に右拳を槍のように突き出した。

 八極拳で言う沖錘。突進の威力と腰の横回転を突きに加えた中国拳法でも最高クラスの一撃。

「甘い」

 将官は紙一重でかわそうとするが、今回はスピードが早かったせいか衝撃を完全に殺しきれなかった。私の右拳に添えた剣がはねとばされ、剣を持っていた腕が大きく弾かれて上体が後ろに傾く。

 だが手から剣が離れていなかった。彼は上体が後ろに傾いた勢いのまま、上体を大きく回転させて剣を横薙ぎに振るった。その軌道にあるのは私の胴体の右側、肝臓。

 剣が深々とめり込んで私の胴体を四分の一くらい切り裂き、剣がめり込んだ。

 胴体に今まで感じたことのない苦痛と熱さが走り、消化器の奥から血が溢れだす。赤黒い血が私の口元から下血した。

 消化器をやられた時独特の赤黒い血が後から後から流れ出す。呼吸器の血は鮮血だから、色の違いがよくわかる。

「思い切りは良かったが…… 若かったな」

 将官の声に、戦いが終わったという安堵の色が混じる。


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