ドルヒ視点
私は森を抜け、川を飛び越え走った。途中で大型の魔物を何体か殺したが全くと言っていいほど経験値になっていない。戦闘、経験値ともに対人間に特化している自分の能力がこの時ばかりは恨めしい。森を抜けると、憎らしいほどの青空と白日。目の前は崖になっている。でも眼下に広がる川沿いの谷に一個師団(一万人)ほどの軍が陣を張っていた。
「見つけたぞ」
私は崖を一跳びに跳び降りる。高さ百メートルはあったが、この程度私のレベルなら階段を一段飛ばしに降りたのと同レベルだ。
一瞬で将兵のただ中に、膝のバネを使って静かに舞い降りる。むろんドレスタイプのワンピースの裾を押さえるのは忘れない。
将兵は、鎧を着込んだ人間の中にワンピースを着た私が一瞬で現れたことに面食らっているようだった。急いで上官に報告に走る伝令兵らしき者もいれば私を呆然と見る者もいる。
その中に村上君の復讐相手だったナントカとかいう剣使いと同様の視線を向けた者がいた。軽く腹が立つ。
「無礼者」
私が手刀で軽く首をなでるようにすると、そいつの首が胴体から離れて宙を舞った。ここはヒロイーゼさんの店でないし遠慮する必要もないし、派手に行こう。
とたんに兵どもは大混乱に陥った。一人死んだくらいじゃ兵隊さんはあわてないだろうけど、私が走りながら手を振りまわして周囲の兵隊さんを百人くらい一気に殺したからみたい。
慌てて槍を構える人、逃げ出そうとする人、下士官らしき人は叱咤激励しているがあまり効果がない。
「うろたえるな!」
だが大混乱に陥った兵たちを一喝する人がいた。ひと際立派な鎧を着て、目は獅子のように鋭い。 年齢は四十台と言ったところか。顔に深く刻まれた皺と傷は現場叩きあげの将官という感じだ。階級章なんて詳しくはないけど、肩章に入ってる金地に三つの星がそれっぽい。
でもそれだけじゃない。苦労も辛酸も、そして名誉も知っている顔。苦労と努力の果てに一軍の将という名誉を勝ち取った、そんな感じの目。
気に入らない。すごく気に入らない。
あんなふうに、努力で逆境を跳ね返したという様な顔は気に入らない。ただ屈辱と把持だけを強制されて死んでいく人もいるのに不公平だ。
自分でも醜い嫉妬だとは思う。
でも、そのどこが悪い。嫉妬して何が悪い。自分が持っていないものを持っている人間を憎んでどこが悪い。
私がそんなふうに考えていると将官が一括した。
「たかが相手は一人、数を活かして対処すれば恐れることはない!彼女を打ちとった兵は前歴を問わず予備士官学校への入学を約束しよう!」
その言葉を聞いて恐慌状態に陥った兵たちの顔色が変わった。
兵には前科者も多いだろうから、前歴を問わずにエリートへの道を確約か。直球で利益をちらつかせて死への恐怖を忘れさせる、なかなかのやり手だ。
兵たちは私を遠巻きにして取り囲んだ綺麗な円陣で槍兵が長槍を構えて私の行く手をふさぎ、その後ろから弓兵が矢を雨のように射かけてきた。
空が暗くなるほどの矢を見ながら、私はあくびをかみ殺した。
あえて避けもせずに当たってあげる。私の皮膚やドレスに次々と矢が当たるけど、軽くマッサージされたくらいの感触しかない。指圧にいったらこんな感じなのかな?
「終わりか」
私が足元に落ちた矢を踏みながらゆっくりと歩いて行くと、兵士たちは悲鳴を上げて大混乱に陥ろうとした。
というのは、陥る前に私が走りながら兵士たちの頭や心臓を紙屑みたいに引きちぎりながら殺したからだ。
今の私の走る速度は残像すら見えないレベルで、兵士たちは痛みを感じる前に死んだだろう。心臓を突き刺すと二秒で絶命すると何かで読んだことがあるし、頭を潰して意識を司る脳幹網様体あたりを破壊すれば意識は一瞬で途切れる。
私を取り囲んでいた兵たちを円形に走り回りながら殺していく。蚊取り線香みたいに外側から徐々に、半径を詰めて内側へと向かう。
苦痛なき死、これこそ優しさだ。
最後だ、そう思って将官の腹に前蹴りを見舞おうとしたけど彼は身体を捻って避けた。走りながらの攻撃だったので私は彼の後ろに飛ぶことになり、咄嗟に地面に爪先を抉りこませてブレーキにした。地面が数メートルにわたって抉れ、舞いあがった土が倒れた兵たちの身体に振りかかる。
「貴様、只者ではないな」
そう言いながら将官は腰の剣を抜いた。
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