第2話  クラヤマさん


 強制的に異世界へ飛ばされた俺、闇山津見神クラヤマツミノカミはここにいる。ここにある。天之御中主神アメノミナカヌシノカミが言っていた通り、なんちゃって中世の雰囲気を醸し出した世界であった。


「はぁ~ 信仰ねぇ! スマホもねぇ! そもそも馬車しか走ってねぇ!」


 大通りの真ん中で叫ぶ。そして雄叫び通りに目の前を馬車が行き来していた。

 俺はイザナギに殺された火の神カグツチの男根から生まれた神である。チ○ポのごとく己を奮い立たせる事は俺にとって造作もない。


「やるしかねぇ…… ここでっ! 信仰心というパラメーターを最高値にするんだっ!」

 

 大見得を切ってしまったが、俺にも羞恥心というものが存在している。なので多少照れながらも愛想笑いを周知に振りまく。

 だが誰も反応しない。恐れていた事実を確認するかのように周りにいた異世界人に声を掛ける。


「あのっ! 神ですよ!? ここに日本の神がいるんですよ!?」


 必死さが虚しくなるほどに声掛けを実施する。日本なら事案になりそうな子供にすらすがっていく。


「僕ちゃん? 見えるかな~? 子供は神様のこと認識しやすいからね~?」

「ぺっ!」


 子供は俺に対して唾を吐く。だがその唾は自身の足にはつかず、まるでそこに俺が存在していないかのように、後方の地面へと染み込んでゆく。


「実体化が出来てないっ!? けど待って!? 唾吐いたって事は多少見えてるんだよね!? 会話しよっ!?」


 唾を吐いた子供は俺など見えていないかのように、近くにいた母親の元へと走り去る。そして聞こえてくる二人の会話。


「ママぁ~ なんか気持ち悪い感じがあの辺りに~」

「あら~ ホントに? でも何もないわよ?」

「絶対変なのいるよ~ キモ~い!」


 俺は母親の元へ走る。必死だった。口を開け、よだれが舞おうとも気にせず――


「キモくねぇ! 俺様は神様だっ!」


 大声で言い放ちながら母親を掴む。だがすり抜けてしまい、掴めたのはそこにある空間だけだった。


「あらホント。なんだか気持ち悪い感じがするわね。さっマーくん? 家に帰って身を清めましょうね?」

「うん! ママと一緒にお風呂はいるぅ~」


 俺は諦めなかった。往来のある通りで存在を賭けて、走る、話す、無視される。この三点セットを幾度となく繰り返した頃、お天道様を仰ぎ見た。


「俺さ…… 日本の神様なんだよね? ここ日本じゃないんだよね? 誰も俺のこと知らなくね?」


 ――眩い太陽さん。俺は己の状況を異世界の中心で叫ぶ。


「消えちゃう!? マジで消えちゃう!? あぁーっ!? なんか体がより薄くなって!?」


 ぼんやりとボンヤリと、体がゆるく点滅するかのように存在が不安定化していた。


天之御中主神アメノミナカヌシノカミ! 見てるんですよねっ!? 助けてっ!?」


 すると脳内に直接響くように、天之御中主神アメノミナカヌシノカミの声が頭の中で反響する。救いの神は見捨ててはいなかったのだ。


『あ~ よく考えてみたら誰も知らないんだから、存在出来るかも怪しいよね?』

「Exactly!」


『ごめんね? 一方通行ワンウェイ旅行トリップになっちゃったね?』

「Help me!」


『いやぁ~戻してあげたいんだけど、神でも出来ない事ってあるんだね~ それとも現地の神が干渉してるのかな? 会ったらよろしく言っておいてね~』

「Noぉぉぉぉぉぉぉーっ!?」




――― 現実逃避中(路地裏バージョン) ―――




「うっ…… うぅぅぅ……」


 俺は膝を抱えて蹲っている。時折、嗚咽しながら現実を直視できないでいた。


「結局…… こうなるのか……」


 走馬灯のように今までの神生じんせいが脳内を駆け巡る。


 同じ神にも認識されなかった切ない思い出。それならと女神様のプライベートを欲望のままに覗き込んだ楽しい思い出。

 生まれてからずっと住んでいた山を人間に切り開かれ、ふらふらと導かれるように東京を彷徨い、ヒキコモリと一緒になってインターネットを閲覧した小気味よい思い出。


 悲しい事もあったが、夢に満ち溢れていた事も多かった。だが今の俺に溢れているのは涙だけであった。


「も~♪ いくつ寝~る~と~♪ お消滅~♪」


 寝れる時間があるのかな……。


「ん……? あれ……? なんか体が激しく点滅してっ!?」


 俺の身体が雷に連続で打たれたように激しく点滅する。


「待って!? これ完全に風前の灯火!? 蝋燭は最後に激しく燃えるってヤツ!?」


 パニックに陥った俺は、慌てふためくと共にあらん限りの声を上げた。絶叫である。


「「いやぁぁぁぁー!?」」


 すると同じように叫びを上げた少女がいた。大柄な男が小柄な少女に襲い掛かろうとしている。俺は僅かながら残っていた良心を奮い立たせ、二人の間に割って入る。


「やめないか!」


 すると頭一つ分高い、筋肉ダルマな男が眩しそうに目を細めていた。それを見た瞬間、俺は相手の肩を強烈に掴んだ。


「見える!? 俺のこと見えるの!?」

「なっ なんだテメェは!? ピカピカしやがってよぉ!? こいつは俺の獲物だっ! 邪魔すんじゃねぇ!」


 今度は後ろで尻餅をついている小柄な少女に声を掛ける。同じように肩に掴み、今度は相手を思いっきり揺さぶった。体だけではなく豊かな乳房も激しく揺れる。


「ねぇねぇ!? 見える!? 俺見えちゃうの!? 認識しちゃった!?」

「は…… はぃ…… で、でも……ちょっと眩しいです……」

「眩しい!? 眩しくなっちゃった!? えぇ!? このぉ!?」


 興奮冷めやらない。


「え、あ…… はぃ……」

「認識されてるぅぅぅ!!! はぁーっはっはっはぁ!!!」


  ――――うっ!?


 嬉しさのあまり状況を失念していた俺は、暴漢筋肉ダルマに思いっきり殴り倒される。その勢いのまま路地裏を転げまわるものの、俺は笑みを浮かべていた。

 なぜなら既にドーパミンをフルスロットルで脳に噴射しているからだ。


「げへへぇ~ 気持ちいぃぃぃ~」

「こ、こいつ…… 瞳孔がガン開きしてやがる……」


 暴漢ダルマが発した言葉はこれが最後であった。俺は左腕で相手の右胸辺りを掴み、右足を一歩前に出す。右腕で相手の右肩をしっかり固め、そのまま地面に叩きつけた。相手は呻く事も出来ず地面と一体化した。


「ビンビンだぜぇ~?」

「ひっ……」


 怯えるように後ずさりするは小柄な少女。腰が抜け、いやいやするように身をよじるが、豊満な胸が左右に動き扇情的な気分にさせる。だが俺は別の意味で興奮していた。


「存在! 存在! 存在ぃぃぃー!!!」

「確立! 確立! 確立ぅぅぅー!!!」



 俺の身体は、前後に突き出す徒手空拳に合わせるかのように激しく点滅している。眩しそうに事の成り行きを見続けている少女に、ようやく声を掛けるまで数分。


「怪我はないかい?」

「あ、ありがとうございます……」


 ――今一度確認するんだ。


「俺の事…… 見えるよね……?」

「は、はい。ピカピカしていて見づらいですけど、見えますよ?」


 俺は両拳を天にぶつける。


「存在確立! 確率変動! 異世界転移さ~いこ~う!!!」

「は、はぁ…… あ…… ようやくピカピカが収まってきましたね…… あ…… 体が透けて……? あれ……? 私の目どうしちゃったんだろう……?」

「え……?」


 俺は己が部位を確認する為、鳥のように頭だけを激しく動かしていた。消え行く神体。極まっていく神生じんせいの進退。縋る様に少女に哀願した。


「助けてくれ! お願いだ!」

「えっと…… どうすれば……?」

「認識だ! 信仰なんだ! そして俺の名前を言ってくれ! 俺は闇山津見クラヤマツミ!」


 俺は少女の手を両手で握った。その必死さに少女も頷き応じた。


「クラヤマ……ツミさんですか? え~と、なんてお呼びしたらいいですか?」

「なんでもOK! 愛称OK! 認識OK!?」


 少女は戸惑いながらも――


「じゃ、じゃあクラヤマ…………クラさんで良いですか?」

「問題なし! だが呼びかけが全然足りない!」


 少女は少し恥ずかしそうに顔を赤らめながら、俺の愛称を連呼する。


「クラさ~ん クラさ~ん」

「ヘイガール!? カモーン!?」

「クラさ~ん! クラさ~ん!」

「来てる!? 実体化来てる!?」




――― 存在確立中(路地裏バージョン) ―――




 お天道様がじわりじわりと傾き始めた頃、俺はぼんやりとながらも、存在を確立させ始めていた。目の前には声を枯らした少女。彼女はこの世界で始めての信者である(勝手に確定)


 ――――そうだ、彼女は初めての信者。大切にせねばなるまい。だからこそ、この気持ちをしっかりと伝えないといけない。俺は名前も知らない少女に向かってゆっくりと話し始めた。


「言おうと思ったんだ。お前が異世界のどこにいても、必ずもう一度会いに行くって」

「え~と、以前にどこかでお会いした事ありましたか?」


 ない。


「大丈夫、憶えてる。クラヤマ、クラヤマ、クラヤマ」

「はぁ」


 はぁ……俺もつきたい、そんな溜息、あぁ溜息。


「おまえは…… 誰だ……? 俺はどうして異世界に来た? あいつに、あいつに会うために来た。助けるために来た」


 そして少女は頭を下げ――


「ムンです。助けて頂き、ありがとうございます」

「ちょっとぉぉぉぉー!? 名乗るの早いよっ!? もうちょっと溜めが欲しかった! 感動ネタの続きがあったのに!?」


 だがそれで良かったのかもしれない。色々と本当に。

 首をかしげながら不思議そうに俺を見つめるは、ムンと名乗った少女。俺はその小柄な少女らしからぬ、二つの豊満な実りを凝視して祈りを捧げていた。


 なんと、たわわな実り。俺はムンに語りかけながら、乳房ちぶさに両人差し指と視線を向ける。


「これの名は?」


 ――ムンは少しの間、俯いてしまった。そして顔を上げると、そこには自信を持った表情が小さい顔に満ち溢れていた。


「おっぱいですね」


 おっぱいだった。





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