第87話 証言 ~ Jabberwock II
「待って、それはさすがにおかしいって」
ミドリーが焦った顔でかなめの言葉を止める。たしかに殺人だという噂は流れていたが、彼女の推測は常識の範囲を超えすぎている。
「そういやミドリンって姉の海美さんと中三の時クラスメイトだったんだっけ?」
ナナリーが確認の意味でそう聞いたのだろう。そういや、うちのクラスに流山海美がいるって教えてくれたのもミドリーだったな。
「そうだよ。だからこそ、入れ替わりがあったなんて思えない。そりゃ、双子の姉とも親しくはなかったけどさ、クラスメイトが入れ替わったなら気付くよ」
「けど、顔は同じなんでしょ? 一卵性の双子って親しい人でも見分けが難しいっていうじゃん」
「けど、あの双子は性格が違いすぎたよ。感情がないとも思える妹が、感情豊かな姉の真似なんてできるはずがない」
実際に中学時代の双子を知るのはミドリーだけだ。外野が想像で語るより、彼女の言葉の方が説得力はあるだろう。
「かなめちゃんの意見は推測であって、あの双子が入れ替わったという証拠はないんだよね?」
「うん、あっちゃんの言う通りだよ。あくまでも私が思っただけだもん」
有里朱とかなめが吐息を漏らす。真実がわからなくてモヤモヤする気持ちと、殺人が行われた事実はなかったかもしれないという安堵の二重の意味だ。
「いや、カナメの推測は状況証拠としては、かなりいい線だと思うよ」
プレさんはかなめの推理をかなり評価していた。
「となると、【J】は、イコール流山海美、さらにイコール妹の空美である可能性はゼロじゃないんだよね?」
その有里朱の意見に、プレさんは腕を組みながら央佳ちゃんの方へと顔を向ける。
「この中で唯一【J】に接触したことがあるのは、央佳だけだ。だが、ボクが調べた限り証拠になりうるものを一切残していない」
「けど、央佳ちゃん、実際に薬もらったり、電話で連絡を受けたりしているんでしょ?」
かなめがそう問いかけるが、彼女は申し訳なさそうにこう答えた。
「うん、それなんだけどね、センパイ。……わたし、まったく覚えていないの。誰かに会ったってのはわかるんだけど、どうしても思い出せないの?」
「記憶がなくなってるの?」
「ううん、誰かに会って、その誰かの顔がまるでモザイクがかかったみたいにそこだけ思い出せないの。電話でも話したけど、思い出すのは
央佳ちゃんはおでこに右手をあてて、少し顔を歪ませる。記憶を呼び出すときに頭痛でも引き起こしたのだろうか。
「ボクの予想では、央佳は暗示をかけられている。しかも、合成麻薬でトリップした状態でもあった。これを解くのは専門家じゃないと無理だろう」
今のところ【J】と流山空美を結びつけるものがまったくない。むろん、この推理が間違っているのであれば、すぐにその可能性を潰すべきである。不確かな情報に躍らされることほど、危険なことはないのだから。
「専門家って、精神科医とか?」
「ああ、ただ、それをするには事情を説明しなければならない。下手をすれば央佳は鑑別所送りだ」
そりゃ未遂とはいえ、大量殺人を犯しかけたからな。【J】に誘導されたという確かな証拠がなければ立場は危うい。かといって、事情も説明せずに催眠術を解くのは難しいだろう。
「あっ……【J】に接触している可能性があって、暗示が解けているかもしれない人がいるよ」
かなめがはっと、何かを思いついたようにそう呟いた。
「誰?」
首を傾げたナナリーのその問いに彼女は答える。
「松戸美園さんだよ」
**
次の日、松戸美園の両親にアポをとって彼女に会いに行くことにする。
彼女は現在、父親が経営する病院の閉鎖病棟にいるそうだ。最初、有里朱に会わせるのを渋ったが、
病院のロビーで待っていると、長身で体格のいい女性看護士が目の前に現れる。レスリングでもやっていそうな風貌だ。
「あなたが美浜有里朱さん?」
「ええ、そうです」
「付いてきなさい。美園さんに会わせてあげる」
彼女に付いていき、奥の階段を下がって地下通路から別棟へと歩いて行き、再び上がる。ここからは閉鎖病棟だと看護士は説明した。
さらに階段を上がり、二階に着くと目の前に二重扉がある。全体的に清潔で明るい雰囲気だが、何かピリピリした空気を感じた。
そこを抜けると両側に個室が並ぶ真っ白い廊下が見えてくる。全体的に清潔で、暗くて陰湿な雰囲気はまったくない。
その一室に松戸美園は閉じ込められているらしい……もとい、入院しているそうだ。
「今は精神的にも落ち着いていますが、あまり攻撃的な言葉を使わないようにお願いします」
看護士が、そう注意事項を話すと解錠し、病室への扉を開ける。
「美園さん。学校のお友達が来たわよ」
看護士がそう呼びかける。と、窓際の机に向かって座っていた松戸美園がこちらに向く。
一瞬、ぎょっとした顔となるのだが、取り立てて騒ぎ立てることもなく、静かに憎まれ口をたたいた。
「あんた、何しに来たのよ? 笑いに来たの?」
立ち上がった彼女が苦笑しながら、こちらに近づいてくる。その様子を見て看護士が、彼女の側に近づく。
「美園さん。大丈夫? 具合が悪いようなら面会は中止していいのよ?」
「問題ないわ。だいじょうぶ……落ち着いているよ。もう暴れないから」
彼女は看護師を宥めるようにそう言う。きっと今までは我を失うように暴れまくって、その度に看護士にベッドに拘束されていたのだろう。ただ、この会話から、松戸美園の状態はかなりよくなってきていると窺える。
「私は扉のすぐ外にいますから、何かあったらすぐに呼んでください」
看護士はこちらにそう言うと、そのまま部屋を出た。そして、松戸美園と二人だけになる。といっても、こっちは三人なんだけどね。
「お久しぶり。元気そうね」
有里朱がそう声をかける。
「ええ、おかげさまで。リハビリは順調よ。だけど、あんたがあたしにしたことは忘れないからね」
そう答えた彼女の顔は歪んでいた。だが、実際に暴れるような、筋肉に力が入ったような兆候は見られない。感情をコントロールできているようだ。
「あなたも懲りないですね」
「そこらへんは学習したわ。直接はあんたに危害は加えない。そのかわり社会的に抹殺してやる」
彼女は左右非対称の笑みを浮かべる。そういう思考を持っているうちは、ここから出られないだろうけどね。
「まあ、楽しみに待ってますよ。だけど、復讐の対象はわたしだけでいいんですか?」
「は? どういうことよ?」
「【J】……あなたは彼女をなんと呼んでいたんですかね? あなたの行動の半分くらいは彼女に誘導されていたんじゃないんですか?」
「彼女?」
「一度不登校にまで落ちぶれたあなたが、どうやってそこから這い上がったんですか? 例えば宮本香織。あなたに脅されてわたしにいろいろ仕掛けてきましたが、その脅すネタってどこから仕入れたんですかね? 松戸さん、あなたが直接見聞きしたわけじゃないでしょ?」
「それがどうしたってのよ」
「あなたはわたしに復讐をしたいんでしょ? だったら、自分をそういう方向に向かわせた人物にも同様に復讐をしなくていいのかなって」
「復讐?」
まだ理解していないのかもしれない。ならば、決定的な証拠を見せつけるしかないだろう。有里朱もそのことはわかっていて、ポケットから瓶に入った錠剤を松戸美園の目の前に見せつける。
「あなたはこれを知っているはずよ」
それは央佳ちゃんに使われていた合成麻薬。松戸美園も同様の手で暗示をかけられていたはずだ。
「J……」
松戸美園がこめかみを押さえるようにうずくまる。
「松戸さん?」
「……そうね……あたしはお調子者だから、すぐに人に乗せられてしまう。彼女は言葉巧みにあたしを担ぎ上げたってわけね」
きちんとした医者にかかっているのだ。非合法な薬の服用もしていないだろうし、精神科医とのカウンセリングによって暗示も解け始めているはずだ。
「【J】を知っているの?」
「あたしは友達だと思い込んでいたけど……そう……そうね、冷静に考えてみれば友達なんかじゃない。あれは
「【J】は誰なの?」
松戸美園の顔がこちらを見上げるように嗤う。
「流山海美よ」
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