第75話 再起動 ~ The Hatter III


 プレさんは一枚のチラシをわたしたちに見せる。


 それはヒーリング研究会が部員を勧誘するためのものだった。A四サイズで、緑を基調とした柔らかい感じのデザインとなっている。真ん中には二人の女性……何かの女神のようなイラスト。それは古代画と萌え絵を融合させたような微妙なものが描かれている。けして上手いとはいえないイラストだった。


「これ、たぶんアシュヴィン双神だね。あと、この絵のタッチ、どこかで見たことがある……」


 と、ななりちゃんが、そのイラストに反応した。


「あすびんそうじん?」


 わたしが首を傾げると、すかさずプレさんが解説を始める。


「インド神話における医術の神だよ。癒やしの神ってことで有名……でもないか」

「七璃は知ってたけどなぁ」

「ナナリンはマニアックだからね」


 みどりちゃんがななりちゃんに対して茶々を入れる。この二人の関係は見ていて微笑ましい。お互いに「かまって」オーラを出し合ってるのに、二人は気付いていないからなぁ。


「まあ、この女神に関してはそれほど重要じゃないとボクは思うよ。単純にカルト的なものの象徴として利用されているだけじゃないかな」


 問題はこの部活の目的だが、それはすでにプレさんと孝允さんが解析して予測している。ただし、それを操る『J』の動機だけがわからない。


「ね、ななりちゃん。この絵を見たことがあるってどういうこと?」


 わたしは気になる。彼女が、そのイラストのタッチを知っている事に。


「たぶんpixibで見たんだけど……思い出せないなぁ」


 ななりちゃんはノートPCを操作しながら続けてこう言う。画面に映し出されるのはイラスト投稿サイトのpixib。


「好きな絵師さんってわけじゃないから、お気に入りにも入れてないし……ランキングに入りそうな感じでもないんだよねぇ。どこで見たんだろ?」


 わたしはタブレットを取り出し、プレさんの持ってきたチラシをカメラで写す。そしてGoogooの画像検索にかけた。


 何件か一致するものが出たが、それは宅女のヒーリング研究会のサイトだった。すでにwebサイトも立ち上げていたのか。


「まあ、そりゃそうだよね」


 わたしは独りごちる。こんな独特の絵がそうそう検索一致ヒットするはずがない。


「さすがにここまで用意周到とはね。やはり我孫子陽菜は前もって計画していたようだな。いや、違う。計画したのは『J』か」


 プレさんがわたしのタブレットを覗き込み、そんな感想を漏らした。


「あ、七璃もこっちでも確認したけど、サイトの方だと絵師の名前が入ってるね」

「『サタイタイオ』って、聞いたこと無いな」


 みどりちゃんが、ななりちゃんの後ろから液晶画面を見てそう呟く。


「うん、有名な絵師さんじゃないと思うよ。そんなに描き慣れてないみたいだし」


 イラストに関する事なら、ななりちゃんがこの中では一番詳しい。彼女が覚えていないのなら誰にもわからないんじゃないかなぁ。あれ? でも、なんかその名前には覚えがあるような……。


 絵柄にはあまりピンとくるものがなかったが、ななりちゃんと話しているうちに『サタイタイオ』という名前が記憶に浮かび上がってくる。


「これ、ななりちゃんの炎上騒ぎの時に、トレス元としてあげられていた絵師さんじゃない?」


 あの騒動には我孫子さんも関わっている。なるほど、そう繋がるんだ。


「……あ、そうか。それで見たことあったんだ」

「ということは、『サタイタイオ』って人はうちの学校の生徒かな?」


 わたしがそう問いかけた時には、プレさんはPCの前に座っていた。


「今探るから待ってて、たぶん五分でわかる」


 そう言って舌舐めずりをする彼女。クラッキングをするプレさんは、なぜか生き生きとしているように見える。



**



 プレさんの調べで『サタイタイオ』は、二年三組の竹花小百合ということがわかった。本人自らがネットに出していた情報から探ったのではなく、あくまでもクラッキング。なので、ある意味申し訳なく思ってしまう。


 今のところ、この子に何の罪もないのだけど。


「三組だからさすがに知ってる人はいないよね」


 この学校は一、二年の間はクラス替えがない。三年生になると進路選択によって、初めてクラス替えが行われる。従って部活のメンバーに彼女と同じクラスはいない。


「竹花さんって、たしか去年まで松戸さんの配下だった子だと思うよ」


 かなめちゃんが真剣な顔でそう告げる。それと同時に嫌な記憶が甦ってきた。少し気分が悪い。


 彼女はわたしのために、わざと松戸さんの配下になっていたのだから。


「あ、七璃も思い出した。そういえば去年さ、三組の子が痴漢冤罪を行おうとしたって言ってたじゃん。で、アリスが懲らしめのために動画を載せたって。その中の一人じゃない?」


 そう言われて、わたしも思い出す。たしか、かなめちゃんと出かけた帰りに見かけたんだっけ。


「たしか、竹花さんは、眉毛の上あたりでぱっつんした髪型だったかな。あと、フォックス形の眼鏡をしてたね」


 かなめちゃんが竹花さんの容姿の特徴を皆に告げる。


「ふぉっくすがた?」

「目尻が上がったデザインだよ。知的に見えるって一部では人気みたいだけど」


 眼鏡か。なんだかわたしの周りでは目立つような気がするけど、思い過ごしだろうなぁ。


「その竹花小百合ってどんな性格の子なの?」


 みどりちゃんのその問いに、かなめちゃんが斜め上に視線を向けながら考え込む。記憶を引き出そうと必死なのだろう。


「うーん……たしか三組は、岩瀬さんがまとめ役だからね。竹花さんはどちらかというと目立たない性格だよ。温和しくて、みんなについて回るタイプかな」

「彼女が黒幕って可能性は?」


 みどりちゃんがさらにそう問いかける。


「私も彼女をそれほど知っているわけじゃないからね。松戸さんを介して会ったことがあるってだけだから、何とも言えない」


 歯切れの悪いかなめちゃん返答。たしかに友達でもなければ彼女の正確な為人ひととなりなどわかるわけがない。


「ボクもいちおう竹花小百合をネット上から調べてみたけど、大したものは出てこなかったよ」

「それって真っ白ってこと?」


 と、ななりちゃん。疑う余地すらないって意味で言ったんだと思う。


「そうだね。真っ白すぎるってこと。彼女は岩瀬と共に、かなりあくどいことをやっているはずなんだけどさ。ネット上で確認できるのは、そのアリスが上げた動画だけだよ。ただし、モザイク入りで、それが外れたとしても彼女の顔は見切れていて確認が難しいだろうな」


 対するプレさんは、疑いがなさ過ぎて逆に疑いを持ってしまうという読みか。


「怪しいね」

「怪しいね」


 ななりちゃんとみどりちゃんの声が重なる。と、二人ともばつの悪そうな顔をしてお互いに苦笑していた。


「ボクも、もう少し彼女の過去を洗ってみるよ」


 まるで探偵か刑事さんのようなプレさんの言葉。なんだか格好いいな。


 孝允さんはもういない。だからこそわたしも、みんなの役に立てるようなことをしないと。


「ねえ? 孝允さんの案は実行するんでしょ?」

「そうだな。後手に回ったが、今からでも挽回できなくはない。ナナリ、例のデザインは完成してるか?」


 プレさんがななりちゃんにそう問いかける。孝允さんがいない今、皆をまとめられるのはプレさんだけだ。


「うん、トップページのイラストは描きかけだけど、今日中に完成できるよ。デザインはこんな感じかな」


 ななりちゃんが、新しく立ち上げるサイトのデザイン画のラフを机に広げる。


「イラストに関してはナナリンの方が本格的だし、集客力なら負けないね。あたしも動画の方で宣伝するよ」

「あ、わたしもする」


 みどりちゃんと、それに続いて央佳ちゃんも自分のチャンネルでそれを宣伝すると告げた。


「我孫子さんのヒーリング研究会と全面戦争だね」


 かなめちゃんが、やや緊張感を持った声でそう呟く。それに対しプレさんは、強い口調でこう言った。


「いや、こちらの勝利条件は『J』を表舞台に引き摺り降ろすことだよ」




**



 次の日は身体が重かった。


 まるで睡眠不足であるかのように、起きるのが怠くて、頭もはっきりしない。


 昨日の件もあるし、今日は終業式なのだから休むわけにはいかないのだ。


 気合いを入れて起き上がろうとしても、身体は鉛のように重くてビクともしない。


『あれ? おかしいな?』


 そんな風にひとりごちると、有里朱が驚いたように叫ぶ。


「孝允さん!?」

『ああ、おはよう。変な起こし方で悪かったな。こうでもしないと起きれそうになかったからな』

「そうじゃなくて」

『なにが』

「孝允さん、目覚めたんじゃないの?」

『目覚めた? ああ、今目が覚めたけど』

「そうじゃなくて」


 有里朱は何を言っているんだ?


『学校行くんだろ?』

「学校? 孝允さん、時計の日付を見て」


 そう言われて、視界の中にあったベッド脇のデジタルの目覚まし時計を見る。そこには七月二十五日の日付が。


『あれ? 今日二十四日じゃないのか?』

「それは昨日。もう! すっごく心配したんだよ!」

『心配言われてもなぁ。俺は寝て起きただけなんだが』


 さきほどから何かがおかしい。いや、有里朱の身体に乗り移っていること自体が異常事態だが、そうではなく、これまでの感覚と異なっていた。


「今日はかなめちゃんたちと一緒に、あなたのお見舞いに行くつもりだったんだからね」


 有里朱がそう言うと、身体がひとりでに起き上がる。


『???』

「どうしたの?」


 俺の心の機微を感じ取ったかのように、有里朱が心配そうに問いかける。


『今、勝手に身体が……じゃなくて、有里朱、おまえ自分で身体を動かせるようになったのか?』

「え? あれ? そういえばそうだね。というか、昨日孝允さんが目覚めてこなかったから、正確には昨日から自分で身体を動かせてたんだよ」


 昨日? そうか、昨日俺は目覚めなかった。そして、有里朱は本来の状態に戻った。さらに、次の日である今日、俺は目覚めたが、身体の制御は有里朱のままだ。


 いったい何があった? そして、何が起ころうとしているんだ?

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