第74話 独奏 ~ The Hunting of the Snark
無我夢中で駆けだし、集団の中へと無理矢理突っ込んで央佳ちゃんの前に出る。
「やめてください! 彼女泣いているじゃないですか?」
もみくちゃにされなが、必死で央佳ちゃんの身体を自分の後ろへと庇った。羞恥心も恐怖心も全部かなぐり捨てて、わたしの中にあるわずかな勇気を増幅させる。
「あなたはこの子のお友達ですか?」
マイクを向けられても恐れてはいけない。屈してはいけない。逃げ出してもいけない。孝允さんの代わりにわたしは戦うと誓ったのだから。
「映さないで下さい!」
「ダイジョーブダイジョーブ、あとでモザイクかけるから」
「そういうことじゃなくて」
「キミどいてくれない? この子は別に取材拒否してないんだから」
違う! 央佳ちゃんは大人たちに圧倒されて言葉が出てこないだけ。ウーチューブとかカメラの前では度胸のあるように見えても、これだけの人間に迫られたら取り乱すのは当たり前でしょ! この人たちは、そんなこともわからないの?!
「連続して起きた自殺についてどう思われます?」
「お答えできません。学校に許可を取ったんですか?」
「ただのインタビューだよ。国民は真実を知りたがっているんだ」
そんな最中にピコンとスマホに、LINFのメッセージ着信音が鳴る。
「なによ……こんな時に」
スマホを取り出してメッセージの確認をすると、かなめちゃんから【息止めて】とシンプルな言葉が送られてきた。
すぐにピンとくる。
振り返って央佳ちゃんの耳元に囁いた。
「しばらく息を止めて。苦しかったら口から息をして。タイミングを見計らって逃げるよ」
再び報道陣に向き直ると、その大人達の隙間からかなめちゃんとみどりちゃんの姿が見える。そして、その足元に転がってくる缶詰。
プシューッと缶の中から液体とガスの吹き出す音がして、周囲の空気が変わった。シュールストレミング開閉爆弾。これは孝允さんのオリジナルじゃなくて、みどりちゃんが製作したものだろうか?
「なんだ?」
「ぉええええ!」
「なにこれ?」
「くせぇぞ」
「いやぁぁああ!!」
央佳ちゃんの手を取ると、混乱し始める大人達を尻目に、彼女と一緒にそこを抜け出していく。
「あっちゃん、こっち!」
校門近くでかなめちゃんに手を引かれて、央佳ちゃんとともにその内側へと入る。ここまでくれば大人たちから逃れることができるだろう。さすがに無許可で校内には立ち入れない。
「ありがとう、かなめちゃん」
彼女にそうお礼を言うと、央佳ちゃんの様子を見る。
「……もう、やだぁよぉ……ぇぐ、ぇぐ……」
彼女は涙をぼろぼろ流していた。
昨日のような怖い物知らずで冷笑的な彼女ではなかった。あれだけの大人に囲まれて自殺の件で根掘り葉掘り質問されては、さすがに彼女の心も折れてしまうだろう。
そもそも、本当に強い子であれば、イジメられるはずがなかったのだから。
「もう大丈夫だよ」
わたしは央佳ちゃんを包み込むように抱き締めてやる。こういやって人は一人じゃないことを確認できるのだ。
央佳ちゃんの震えが伝わってくる。そして、ぎゅっとわたしにしがみつくように抱き返してくる。
「さあ、涙拭いて」
抱擁を解くとミニタオルを央佳ちゃんに渡した。少し落ち着いたかのようで、流れていた涙も止まっている。
「みどりちゃんもありがとね」
わたしはもう一人の救助者に礼を言うと、彼女が「あれ?」と首を傾げる。
「言ったでしょ。今は本来のあっちゃんに戻ってるの」
「なんか、微妙に顔つきが変わるんだね。こっちのアリリンは守ってあげたくなるような感じがあるよ」
「守ってあげたくなる」とか言われても、今のわたしは皆を守るべき存在だ。孝允さんの留守の間に、わたしは彼の代わりに戦わなくてはいけない。だから、そんな言葉に甘えてはならないのだ。
「あれ? 今日のアリスセンパイ、なんかかわいい」
央佳ちゃんが顔を上げる。泣き止んだ素の表情で、そんな言葉を漏らす。やっぱ、わたしって頼りにならないのかなぁ……。
その後は、それぞれ教室へ行き、鞄を置いて講堂へと向かおう……と思ったが、二年一組の教室は閉鎖されたままだった。まあ、昨日自殺が起きた現場で、平然とホームルームを学校側がやるとは思えない。
というわけで、二年一組の生徒は四組の隣の空き教室へと集まることになった。ここは、生徒の人数が多かった頃には、五組とされていた場所だろう。
そこに鞄を置いて、講堂へと向かう。すぐに終業式が始まるからだ。
連日の猛暑で体育館等での終業式を取りやめている学校が多いが、うちの学校は私立であり設備も整っている。講堂にはエアコンも取り付けられているので、通常通りの式となった。
相変わらずの校長の長話にうんざりさせられる。前日の自殺の件や、その前のいじめ問題。これらをくどくどと長ったらしく説教のように生徒達に語りかけていた。イスがない体育館のような設備ではなく、座って聴ける講堂でなければ貧血で倒れる者が続出しそうだ。
とはいえ、エアコンにしろ倚子にしろ、設備の面ではうちの学校は充実している。あとは教師さえ、まともな人が多ければ、もう少し学校生活も過ごしやすかっただろう。
「最後に、キミたちに悲しいお知らせをしなければならない。一年一組の担任である館山先生が、今朝亡くなられた」
その校長の言葉で講堂全体がざわつく。
「静粛に! 葬儀は二十六日なので、世話になった生徒は必ず行きなさい。以上だ」
校長は生徒のざわつきに少し苛立ちながら壇上を降りていく。それでも生徒達の話し声は収まらない。
「予言当たっちゃったね」
「ヤバイよ。白子さんの言葉通りじゃん」
「セリナが命がけで私たちに伝えようとしたんだよ」
「そうね。わたしたちはあの子の言葉を受け継がなきゃいけないの」
そんな周りの生徒達の言葉を聞きながら「これはマズい」と実感する。特に二年一組は目の前で自殺を目撃している生徒が多い。さらに予言が当たりつつある。しかも、それは死に関すること。
「まさか、こんなに早く動くとは……タカヨシさんの策が何個か封じられちゃったね」
隣にいたかなめちゃんがそう言ってくる。予定では館山先生の護衛計画なんていうのもあった。
「けど、このまま何もしないわけにはいかないよ。かなめちゃん」
このままプレさんの予想したとおり、集団自殺が行われたりなんかしたら、この学校はお終いだ。最悪の場合、この学校は閉校。せっかく仲良くなれたみんなとも離ればなれになってしまう。
「そうだね。私たちの居場所は私たちで守らないと」
**
終業式も終わって視聴覚室へと戻り、ホームルームとなるはずだった。が、担任の大網先生は来ず、代わりに副担任の浜田先生が現れる。
そして簡潔に夏休みの注意をするとすぐに成績表が渡された。最後に、心のケアを行うためにカウンセラーを呼ぶということ。今回の自殺の件で精神的な不安を覚えた人は、休みの間に学校へ通って欲しいとの旨を伝えられる。
こういう部分は、私立であるが故にフットワークの軽い判断と言えるだろう。公立なら、上の判断を待つというお役所的な理由で生徒を放置するのだ。
といっても、今、このクラスにいるのは半分くらい。今日来ているのは、昨日の自殺を目撃していなかったか、多少なりとも肝の据わっている人間と思う。
もちろん、我孫子さんは登校してきている。かなめちゃんの話だと、彼女はその現場を目の当たりにしているのだが。
相当神経が図太いのかな?
ううん、違う。あの子は二人が自殺することを前もって知っていた。だから平気でいられるんだ。
ホームルームが終わると解散。本来なら、待ちに待った夏休みが訪れるはずだが、生徒達は一様に暗い表情だ。
教室の隅で我孫子さんが、皆に囲まれながら穏やかな表情でそれに答えている。周りは彼女に縋るような態度だ。さながら教祖を慕う信者のようでもある。
館山先生が亡くなったことで、予言が現実味を帯びてきていた。死因はまだわからないが、生徒達にとって重要なのは結果だろう。
皆、恐怖を感じているのだ。
表面上は我孫子さんが、みんなのその恐れを消し去ろうとしている。けど、プレさんや孝允さんの予期する通り、彼女が中心となってみんなを悪い方向へと導こうとしているのなら、わたしたちはそれを止めなければならない。
「あっちゃん、行こう。部活はいちおう続けられるみたいだし」
わたしたちは部室へと向かう。一部の顧問が動けないせいで、中止となった部活動もあるが、基本的に文化部系は活動を止められていない。
昨日とは状況が変わったので、もう一度話し合いが必要だろう。
ガチャリと部室の扉を開けると、中にはみどりちゃんとななりちゃんがいた。
「アリス!」
ななりちゃんが心配そうに駆け寄ってくる。
「え? どうしたのななりちゃん?」
わたしのその返答に、彼女は軽く吐息を漏らす。そして、わたしの両手をとって笑顔でこう言った。
「アリス、ううん、有里朱ちゃんと話すのは初めてになるのかな?」
そういえばわたし、この子と直で話すのは初めてかもしれない。そう思うと緊張してきたな……。
「う、うん。はじめまして……けど、ななりちゃんのことはよく知ってるから安心して」
「良かったぁ、はじめましてだけど、はじめましてじゃないんだね」
彼女が繋いだ両手を上下にぶんぶん振ってストレートに喜びを表現していた。わたしはなんとなく照れてしまう。
「うん、だから今まで通りに接してくれていいよ」
「ありがと。けど、あなたから『ななりちゃん』って呼ばれるの、なんか慣れてなくてむずがゆい感じ」
そのななりちゃんの言葉に、みどりちゃんも手を挙げて苦笑する。
「あー、あたしも『みどりちゃん』はむず痒い」
「えー? ナナリーとかミドリーの方が恥ずかしくない?」
思わずそんなことを言ってしまう。
「いや、恥ずかしくないけど」とみどりちゃんがサラリと言い、ナナリーが「うん、むしろ格好いい!」と言い切った。
「ぁはははは、そうなんだ。けど、そう呼ぶわたしが恥ずかしいんだけど」
と、わたしの言葉に対して一同が笑う。大丈夫、わたしはこの場所に居ていいんだ。
「あっちゃんらしいね」
「なるほど、それが本来のアリスなんだね」
「なんか、有里朱って、こんなにかわいかったんだ」
部室に来る前は、みんなとどう話せばいいかわからなくなりそうだった。けど、そんな心配は杞憂だったようだ。
「ね、あっちゃん。明日、孝允さんのお見舞い行くでしょ?」
「うん」
「私も行っていいかな。いろいろお世話になったし、お礼も言いたいし」
「あ、七璃も行きたい」
「あたしも行くよ。アリスの中の人がどんなおっさんだったか見てみたいし」
部室内は穏やかな空気が流れかけていた。孝允さんじゃなくても、わたしはみんなと上手くやっていけるかもしれない。そんな希望が溢れてくる。
ガチャリと入り口の扉が開き、プレさんと央佳ちゃんが入ってくる。だが、プレさん眉を寄せ何か不快なものを目にしたような表情をしていた。
「あれ? プレさんどうしたの?」
みどりちゃんがそれに気付いて心配そうに声をかける。
「カウンセラーを呼ぶことになってたって話は聞いたよね?」
プレさんは眉を寄せたままそう話す。
「うん、担任が言ってたね。夏休みの間に学校に呼ぶから、精神的に不安を覚える人は来なさいって」
「七璃も聞いたよ。けど、二組は直接見た子も少ないし、あんまり影響ないかもだけど」
「それに先駆けてって訳じゃないと思うんだけど、昨日から我孫子陽菜がカウンセリングみたいなのを始めてたみたい。まあ、彼女はクラス内でリーダーシップをとってるから仕方ないと思う。けど、問題はそこじゃない」
「問題?」
たしかに彼女は放置しておけない。けど、プレさんが言う問題とはなんだろう?
「彼女は本日付で新しい部活動の設立を求める書類を提出したよ」
「新しい部活?」
このタイミングで新しい部活を設立するなんて怪しすぎる。
「ヒーリング研究会。顧問は二組副担任の中里先生だ」
「ヒーリングって……なんか胡散臭い宗教みたいだな」
「みたいじゃないよ。たぶん、そういう組織を校内で立ち上げようとしている。まったく……ボクたちは後手後手に回ってしまってるよ」
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