第70話 予言 ~ The End of The World


――「校内のみんな、聞いてるかな? セリナが役割を果たしたようだから、あたしも最後のメッセージをみんなに伝えるね」


 備え付けのスピーカーから聞こえてくるのは少女の声。たぶん、白子奈留だ。


 急いで階段を駆け上がり、田中さんと共に三階の放送室へと向かう。


――「今から一ヶ月後の八月二十日に世界は終わるの。これは死海文書にも記載された決定事項。信じられないかもしれないから、いくつか証拠を残しておくね」


 何を言ってるんだ? 世界の滅亡なんてカルト的だな。

 そもそもヨハネの黙示録によると今年の六月二十四日に滅亡していたはずなんだぞ。


――「まずは一週間以内に、館山先生が亡くなるわ。さらにその一週間後、一年一組の生徒が天罰を受けるの。そして八月に入ると天は怒り狂い、地に災いをもたらす。それであなたたちは、世界が終わることを実感するはずよ」


 おいおい、具体的な名前を出すわりには、後半ポエムじみてるな。というか、前半は絶対私怨だろ。事故死に見せかけて誰かが殺すとなると、完全にミステリの世界だな。


――「助かる方法はただ一つ。世界が終わることを受け入れること。そうすれば少なくとも魂は救われる」


 やはりカルト的な宗教か? 他人の宗教観には口出しする気はなかったけど、これだけインパクトのあることをやられると、田中さんの危惧した通り学校全体に影響が出る。


 放送室の前に行くと、そこにはすでに教師がいた。といってもたった二名。ただでさえ睦沢瀬梨菜の自殺で校内は混乱しているのだ。こちらに割ける人員など、それほどいないのだろう。


 ただ、放送を聞いて集まったであろう十数人の生徒たちがざわついていた。


「開けなさい!」

「白子さん。馬鹿なことは止めなさい」


 鍵がかかった放送室の扉をガンガンと力強く叩き続ける……あれは、二組担任の相浜先生と副担任の中里先生か。


「相浜先生。これを」


 後からやってきた日本史の船形先生が相浜先生に鍵を渡す。そして解錠するが、扉が開かない。バリケードでもしてあるのか?


――「魂が救われるには、予言の言葉を正しく理解する必要がある。その言葉はハルに伝えた。彼女なら、あの予言の意味を皆に正しく伝えてくれるはず」


 男性教師が扉にタックルをしている。そのせいで、少しずつ扉は開きつつあった。たぶん、その裏側は机などが積んであるのだろう。


「どうする?」


 田中さんにそう聞くと、彼女は渋い顔をして放送室の扉からくるりと反対を向く。


「遅かったね。校内に種は仕込まれた。これが発芽すれば大きな波にボクたちは巻き込まれる」

「ハルという子を探す?」

「そうだな。後手に回ってしまったのは悔しいが、今ボクたちにできるのはそれくらいか」


 彼女の言う通り、ここにいても何もできない。情報が断片的にしかない状態で白子奈留と会っても何も言えず、何も得られないだろう。いや、すでにもう手遅れだ。


 ガシャンと何かが崩れる音と同時に放送室の扉が開き、教師達が突入していく。


「やめろ!」

「だめぇ!」


 それらの教師の声の後、時間が止まったかのような一瞬の静寂。そして……。


「いやぁあああああああああああ!!!」


 女性教師の悲鳴は悲哀が込められたものだった。恐怖ではなく救えなかったという悲しみに満ちたもの。


 そして、全身が血に染まったであろう相浜先生が焦ったように、俺たちを追い抜いていく。それこそ、バケツ一杯の血を被ったかのような姿。


「きゅ……救急車を」


 たぶん、白子奈留は助からない。先生が被った血の量から見て、頸動脈辺りを切ったのだろう。彼女の体型が平均的な高校生女子だとすると、二分で二リットルの血が体内から失われ、出血性ショックで死亡する。


「助からないな……」


 田中さんが唇を噛みしめる。


 そういや、三ヶ月くらい前に世界の滅亡というオカルトチックな話が流行っていたこともあった。


 あれ自体はどこから流れてきた噂なのだろう?


 毎年のように滅亡するという予言は出ているが、八月二十日に滅亡するという噂はあれが初めてだったような気がする。


「田中さん、SNSで流行っていた世界滅亡の噂を知ってる?」

「ああ、取るに足らない噂だと思っていたが、その頃から仕込まれていたようだな」

「やっぱりそう思う?」

「妹の事もあるから、いろいろ調べていたんだよ。あの松戸美園すらコントロールされていた形跡すらあるからな」


 それは俺がずっと疑っていたこと。そして、もしかしたら一連の事件がすべて一本の糸で繋がるのではないかと考えてしまう。



 部室に戻ってからは、部員とともに情報収集を行った。


 俺と田中さんはPCにて情報収集。ナナリーと央佳ちゃんはタブレットでSNSを追い、ミドリーとかなめは再び校内に戻って話を聞くことになる。


 まず「ハル」という人物だが、Tvvitterの方でそれらしき者と見つけた。といっても、、「ハル」という名前は同名が多く。俺たちが当たりを付けたのはハルHSGSというアカウント。


 占い研のアカウントをフォローしていたが、まだ核心に迫るようなツイートはなかった。過去の発言を見ても、身元がバレるような書き込みはしていない。


「しゃーない。クラッキングするか」


 田中さんがペロリと舌舐めずりをした。


「うわぁ、わたし見なかったことにする」


 と、央佳ちゃんが視線を彼女から逸らす。一緒に暮らしていたこともある姉妹なのだから、その意味もわかっているのだろう。


「あはは、やだなぁ。クラッキングなんて女子高生ができるわけないじゃん」


 ナナリーは少し引きつり気味の笑みを浮かべた。うん、気持ちはわかるがこれが現実だ。


 数十分が過ぎて、まずミドリーが帰ってくる。


「校内はかなり混乱してるね。運動部のほとんどは部活中止になってる。顧問が事件にかかりっきりだからね。文化部は顧問が付きっきりじゃないから、うちみたいにそのまま続行している部もあるよ。明日終業式だってのが学校にとっては唯一の救いかな」

「他には?」


 液晶から顔を上げてミドリーを見る。


「うちは四組だから、対岸の火事みたいにみんな冷静だね。世界の終わりに関しては、バカにしてる子もいる」

「普通はそうだよね」

「占いを信じる子でも、さすがに世界の終わりは『ないわ~』ってのが、うちのクラスの反応」


 その情報で俺は少しほっとする。人は場の空気で言動を左右されるもの。特に学校のような閉鎖空間ではそれが顕著に出る。まだ手遅れではない。


 しばらくおいて、かなめが戻ってくる。


「ただいまぁ。一組の子はちょっとマズいかもね」

「お疲れ。どうしたの?」

「自殺を直接目撃しちゃった子も多いから、次々と倒れて保健室に運ばれている。それで保健室満杯になっちゃったから、症状の軽い子は廊下でぐったりしちゃって座り込んでいるの」

「それ、あとで心のケアをしておかないと、かなりのトラウマになるな」

「あと、放送入ると思うけど、今日の部活は十五時までだって」

「なんで?」

「緊急の職員会議があるのと、警察が現場検証のために校内を封鎖するからって言ってた」


 さすがに二件も連続で自殺騒ぎがあれば、何か事件性があるのではと思うのが普通だ。


「じゃあ、撤収準備に入ろう。田中さん、ハルのアカウントはどうなった?」

「ん? もう少し待ってくれ。登録メアドがわかったからそれを辿っているところだ」


 普通のやり方じゃメアドなんてわかるわけないんだよな。俺は正攻法で調べるのは得意だが、クラッキングはやったことがない。


 そして数分後、かなめの言った通り、校内放送が流れてくる。


――「全生徒に告げます。本日十五時を持って部活動を中止し、校内から退去するように。これは決定事項です。繰り返します……」


 喋っているのは若手の教師か。放送室が使えないから、電話による内線を使った校内放送を行っているのだろう。


「田中さん!」


 俺は急かすように彼女を呼ぶ。今は十四時四十五分。まだ少し時間はあるが、早めに出ていった方がいいだろう。


「なるほど、メアドを辿っていくうちにわかったけど。これ、榛名わぴこのサブアカだね」

「どういうこと?」

「ハルの登録メアドの再設定用アドレスと榛名わぴこのものが一致した」


 榛名わぴこといえば、ナナリーの炎上騒ぎに荷担した、うちのクラスの我孫子陽菜か。


「うちのクラスの我孫子さんが予言を皆に伝えるってこと?」

「ああ、彼女はカースト上位だ。信頼も情報拡散力も高い。一番やっかいな人間だよ」


 それは同意する。だからこそ早めに手を打たないとヤバいことになりそうな気がする。これは俺のただの予感だが。


「榛名わぴこの件で、脅して口を封じるという手も」

「ダメだよ。彼女が予言を信じているのなら、そんな一時的な脅しなんて関係ない。なにせ世界が滅ぶのだからな」


 たしかに、俺たちの言うことに耳を貸すとも思えない。ゆえに、何か強引な方法をとられても俺たちには止めることはできないだろう。たとえそれが恐ろしい結末でも。


「ねぇ、田中さん。あなたはこの先、何が起こると予想している?」


 俺は背筋がぞっとなるのをこらえて彼女に問いかける。実のところ、俺の中ではすでに答えが出ていた。


「そうだな。この手のカルト集団がやりそうなことはただ一つ」


 ごくりと唾を呑む。


「それは生徒たちの集団自殺だ」

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