第14話 あの子の行方 ~ Dormouse I
その日も、帰ってからPCでざっくり動画を編集した後はネットでの情報収集。インスタクラスの分析をちびちびと進めながら、Tvvitterの方にも手を出す。
あれからもう一人、アカウントの個人を特定した。
二組の稲毛
ところが彼女は今日の夕方あたりに家出した。といっても、書き込みからまだ市内にいることは推測できる。
家出の理由は、自暴自棄のようだ。家にも何か問題があったらしい。『もうなにもかもイヤ!』とのつぶやきがあった。
家庭での事情は詳しくは書き込んでいないのでよくわからないが、学校でもいじめられていたことは有里朱から聞いて把握していたし、今日の件でその詳細はわかった。
よく泣き言を漏らしていた子なので、メンタルはかなり弱いのだろう。
もしかして家出は、今日のトイレでのいじめがキッカケになったのだろうか? 実際にトイレの個室っぽい写真をあげ、助けを求めている。もちろん、それにリプライする者などいない。
いじめは、馬橋たちにとってみればいつものことでも、稲毛さんにとってみれば絶望するキッカケにもなり得る。
そして、彼女はこの世界も含め『何もかも嫌』になってしまったのかもしれない。
想像するだけでも、いたたまれなくなる。
『孝允さんも稲毛さんが心配?』
そういや、相手の心は読めないけど、心の機微は有里朱に伝わってしまうのだった。
「ああ、ほんの少しとはいえ接点はあったからな」
高木たちに、生け贄として差し出してしまった負い目。
『あれは仕方ないよ。孝允さんだってそう言ってたじゃない』
「そうだな」
俺は右手を強く握りしめる。
せっかく女子高生の身体に意識を移す能力があるんだ。おまけで魔法とか超能力とか付けてくれたってよかったんじゃないか? と、いるはずもない神に八つ当たりをしたくなる。
いかん! 冷静にならなくては。
『ね、わたし。この稲毛さんを助けたい!』
有里朱のその声は熱を帯びていた。
彼女の中では言いたくても言い出せない言葉だったのだろう。彼女自身はずっと助けられる側でいたのだ。一歩間違えばただの我が儘でしかない。
「助けたい?」
『この子、ネコ先生のマンガのファンでしょ。わたしも『桜Tnick』好きだし、なんか仲良くなれそうな気がするの』
助けたい理由を後付けする。でも、それは俺もよくあること。彼女を責めることはできなかった。だから、そのノリに同調してやることで彼女の負担を軽くしてやる。
「桜Tnickかぁ、有とか、うざかわいいしなぁ」
『わたしはミカンちゃんが好きなの』
微妙に好みは違ってた。まあ、俺との好みの違いだから問題ないだろう。
「わかった。有里朱の将来の友だちだ。俺が助けてやるよ」
じわっと何か温かいものが胸からこみ上げてくる。それは有里朱の感情だろう。
『ありがとう』
有里朱の声は嬉しそうだった。
**
今は午後六時過ぎ。
母親はまだ帰ってこないので出かけても問題ないだろう。
動きやすい格好でトートバッグに秘密道具を詰めて出かける。夕飯はまだだったので、戸棚にあった携帯食を囓る。
ヒントは稲毛さんの書き込みだけだ。
ある意味、宝探しっぽい展開だ。その宝というのが、将来の有里朱の親友ということで、何か綺麗なオチが付きそうなお話である。
「よし、まずは最後のつぶやきの『チーズバーガーで最後の晩餐』から推測しようか」
『普通にバーガーショップだよね』
「東浦和駅付近のバーガーショップは?」
「南口にマッグがあるよ。あと、バーガーショップじゃないけどファミレスが……」
俺はグーグーマップを開き、場所を確認する。ファミレスでもハンバーガーはメニューにあるよなと考え、そちらの位置も確認。
「よし、向かうぞ」
自転車に乗って駅方向へと走っていく。
念のため最初はファミレス。すぐに居ないことがわかったので、そのままマッグへと直行する。
店の前に自転車を置いて中を確認するも、それらしき人影はない。
歩きながら、ちらりとタイムラインを確認。
『あ、更新されてる。電車乗ったみたい』
遅かったか。
自転車はマッグの前に置いたまま駅へと向かう。ICカードをタッチして改札を抜けるとその上に表示されている電光掲示板を見る。
【18:50 東京行き】
【18:49 府中本町行き】
『どっち方面行ったと思う?』
タイムラインの最後の投稿は、東浦和の駅名標を撮った写真をあげ『ばいばい 七璃の街』と意味深な言葉を残している。そこからは何番線なのかは判別できない。
というか、もう名前とか隠す気がないようだ。これはかなりヤバイだろ?
俺はタイムラインを遡り、何かヒントになるようなつぶやきを探す。
ある程度は家で分析していたので、関係ない書き込みは省いていく。そんな中で自分のスマホの背面にキャラクターをデコったものがあった。
つぶやきには『お気に入りのミッシー』と書いてある。ネズミーランドの主役のネズミのことだろう。そういやミッシー好きだったな。
「よし、わかったぞ。東京方面だ」
『東京? 南浦和で乗り換えってこと?』
有里朱が言ってるのは、京浜東北線への乗り換えだろう。だが、おれの分析では方向はそちらではない。
「違う。目的は舞浜だ。ネズミーリゾートがあるだろ」
『あ、そうか。武蔵野線なら時間帯によっては直通があるから一本で行けるね』
最終書き込みの時間から、彼女が乗ったであろう電車を時刻表で調べる。投稿は十八時三十八分。そのまま乗ったのなら十八時四十分の海浜幕張行きだ。そして次が四十五分の西船橋行きだが、これはもう行ってしまった。次に乗れるのは五十分の東京行き。
「間に合うぞ有里朱」
**
それから電車に揺られること四十分。西船橋駅に到着する。
俺の推測が正しければ稲毛さんが乗ってくるはずだ。彼女の乗った電車は舞浜には行かない。ここで乗り換えなければならないのだ。
発車ベルが鳴る。これで乗り込んでなかったらアウトだ。あれからつぶやきはない。
電車が動き出して速度が安定したところで席を立つ。ここは一番前の車両で、このまま後ろに歩いて行けば稲毛さんと出会えるはず。
二両目、三両目と見つからなかったが四両目で稲毛さんらしき女の子を見かける。彼女は座席の右端に座って、境目の壁にもたれて寝ているようだ。
緩くふわっとした栗毛色のセミロングの髪。身長は有里朱より十センチくらい低いだろう。小さくてちょっとぽっちゃりとした身体(男のいうぽっちゃりなのでデブではない)。服装はフリルとリボンのたくさん付いた淡いピンク色の姫袖のワンピース。いわゆる甘ロリだ。まるでお人形さんのようでもある。
「かわいい寝顔だな」
『そうね。それに間に合って良かった』
「さて、このまま話しかけても不審者だよな。この子とは知り合いではないんだろ?」
『うん、隣のクラスだしね。中学も違ったから。たぶん、向こうはわたしの顔も知らないと思うよ』
「そうか。なら、しばらく様子を見るか」
俺は彼女の斜め前の席に座り、それとなく見守るのであった。もちろん、これが男ならストーカーである。
それから十分ほどで舞浜に着く。予想通り稲毛さんも下車した。
同時に俺にとっては懐かしくもある風景である。
時刻は十九時四十分。テーマパークの閉園時間は二十二時なので、まだ入場することは可能だ。十八時から入れるアフターパスポートなるものもあるのだから、十分に遊べる時間ではある。
だが、稲毛さんはパークではなく、その入り口の外にあるテーマパーク公式のお土産屋さんに入っていく。俺たちもそれを追いかけていった。店の中では人が多く、見失わないようにと近づきすぎて、途中、何度か不審げにこちらを見られる場面もあった。
焦った俺たちは、手近にあったミッシーのお面を購入し、それを被ることにする。埼玉なら不審者だが、この夢の国の領域内であれば問題ないだろう。千葉県なのに東京と名乗れる不思議な空間なのだから。
ある程度、店の中を見回ると稲毛さんは外へ出る。入園ゲートへ続く道の途中にある街灯の前で止まり、遠くにライトアップされたパーク内のお城をぼんやりと見つめていた。
キラキラと輝く宝石のような国は、稲毛さんには眩しすぎる世界なのだろうか。彼女はそれを遠くから眺めるだけで満足できるのか?
しばらくそのままの稲毛さん。何を思うのかはわからない。タイムラインも更新されない。彼女の心は未だ闇の中だ。
ふいにパークの照明が落ちる。と同時に光の玉が天空へと打ち上げられていく。そして夜空を彩る光の花。
少し遅れてドンドンと爆発音が聞こえてくる。花火だ。
華やかで力強いその花は、打ち上げられて一瞬で消えていく。真夏の花火大会のものとはまた違った優雅さがある。
「綺麗だな」
『綺麗ですね』
まるでカップルで来た客のような会話だが、実際一人で心の中で喋っているので空しくもある。
(エア)デートみたいだが、有里朱にその気はないだろう。
お面を外し、俺たちもしばらく花火の彩りを堪能した。
真っ暗な空に咲く大輪。それを様々な角度から観客たちが見ている。
夢の国の主役は今、地上から空へと変わっていった。
時計をちらりと見る。今日は平日だからクライマックスはもうすぐだ。
ドンドンドンと最後の花火が乱れ打ちされる。たった五分の饗宴は終わった。時間が短いのは仕方がない。土日だけでなく、毎日のように打ち上げているのだから。
後に残るのは僅かに香る火薬の匂い、そして寂しさ。
『つぶやいたみたい』
俺はスマホを確認する。
稲毛さんのタイムラインには【綺麗な花火 でも一瞬だね 七璃も綺麗に咲けるかな?】とある。
頭に思い浮かぶのは、真っ赤な血の花。急いで辺りを見渡す。ここには高い建物はない。もし命を落とすことを考えているのなら……。
『孝允さん……稲毛さんから目を離さないで』
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