第80話 家族ーエドside

「駄目だ、許さん!!」


 アンナの父親であるジムは机をバンッと叩いて、エドを睨みつけている。

 エドは結婚の承諾を受けに来たときから、緊張感のようなものをビシバシと感じていた。

 そして意を決して「お嬢さんをください」発言をすると、ジムに先の台詞を突き付けられたのだ。

 エドは冷や汗をかきながらジムの前に座っていた。何というか、迫力が半端ないなと感じていた。ジムはセネット家の長男と同じくらい厄介な相手だった。

 エドがチラッとアンナの方を窺うと、頑張ってと言うように拳を握りしめてエールを送ってくれている。


「だいたい、貴様は貴族だろう。アンナと本気で結婚できると思っているのか。まさか騙しているのではないだろうな」

「え? エドは騙しているの?」


 アンナがちょっと怒った顔になっていた。いや、騙していないから。


「変なこと言わないでください。私は騙してなんていませんよ。真剣に彼女との結婚を考えています」


 アンナにまで誤解されてはたまらないと、すぐに否定する。アンナはそれを聞いてホッとしたような顔になった。

 アンナの方は信じてくれたようだけど、エドの顔つきは変わらなかった。不機嫌そうな顔をエドに向けている。


「だが、貴様は信用ならねえ」


 カチンときた。ジムがアンナの父親でなければ殴っていたかもしれない。信用ならないと言う言葉は侮蔑されたようなもので、一番言われたくない言葉でもある。


「ジム、失礼よ。よく知りもしないのに信用ならないとか言ってはいけないわ」


 アンナの母親であるベラはニコニコとほほ笑みながらジムを窘めている。エドはベラの言葉で落ち着きを取り戻した。

アンナ母親似だなと思う。容姿だけでなく雰囲気も似ている。

 幼い頃、全然両親に似ていないとからかって、アンナを傷つけたことがある。それもそのはずで、アンナはセネット家の子供ではなく、この家の子供だったのだ。そのことを知っていれば、あんな風にいじめたりはしなかったのにと後悔したものだ。


「そうは言うが、ちょっと前までアネットと婚約していた男だぞ。その前はアンナと婚約してたって話じゃねぇか。ころころ婚約者を変えるような男のどこを信用できるって言うんだ」


 確かにジムの言う通りだとエドは思った。はたから見ると自分は随分といい加減な男だ。これでは信用できるはずがない。エドも反論する言葉を失ってしまう。


「そうねえ、ジムの言う通りだわ」

「アンナ、そこは君だけでも私を信用していると言うところだろ」

「う~ん、言ってあげたいけど嘘はつけないわ」


 アンナはきっぱりと言い切る。

 それを見たフリッツが同情したような目でエドを見た。


「そうだろう、そうだろう。アンナだってそう思うだろう。今からでも考え直せ。いくら貰い手がないからって、こんな男を選ぶことはないさ」


 ガッハハハと満面の笑みでエドを見るジムの顔は勝ち誇っている。

 「大人げないわねえ」とベラが横で呟いていたが、ジムには聞こえていない。


「ちょっと、貰い手がないってどういう意味よ」


 アンナが黒い笑みを浮かべてジムに詰め寄っている。ジムは笑いを引っ込めて皆に助けを求めるが、誰も助けようとはしない。どうやらいつものことのようだ。


「い、いや。そういう意味じゃない。アンナは結婚できないんじゃなくて、しないだけだってわかってるぞ」

「本当にわかっているの?」

「も、もちろんさ。今まで通り、このまま家族だけで一生一緒に暮らせばいいじゃないか。結婚なんて苦労するだけで、良い事なんかないぞ」


 お前が言うな。と誰もが思っただろう。

 家族に迷惑をかけた一番の功労者であるジムの言葉に皆が呆れかえった。

 エドは咳払いをして、ジムと目を合わせた。


「あー、確かに私のことを信用できないという貴方の言葉はわからないでもありません。ですが私はアンナを幼いころから知っています。彼女は努力の人で、いつも家族のことばかり考えて行動していました。それは貴族の時も庶民になった時も同じでした。私はそんな彼女をずっと見てきました。そしていつも思っていたことがあります。私も彼女の家族の一員になりたいと。そして一緒に家族を大事にしたいとずっと思ってきました」


 エドとアンナの付き合いは長い。ジムやベラが知らないアンナのことも知っている。


「その家族に俺たちも含まれているのか?」

「もちろんです。アンナの家族であるあなたたちは私の家族でもあります」

「…そうか…、アンナ、お前も同じ考えか?」

「え? そうね。結婚したからって、家族であることは変わらないわ、父さん」


 アンナの言葉に一番衝撃を受けたのは誰だったのか。

 ジムは椅子から転がり落ち、ベラは涙を浮かべ、フリッツとアニーは石のように固まった。そしてトムは皆の動揺を感じたのか激しく泣き出した。

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