第78話 十八歳 7

 てっきりアネットとエドが結婚するのだと思っていたので、驚きしかない。庶民だったアネットと子爵家の三男がどういうわけで恋仲になったのかは説明してくれなかったけど、アネットの一途な思いが実ったことだけはわかった。彼女は幸せになるために、たくさんの選択をした。十四年一緒だった家族と別れることを選び、ロイドと一緒になることを選んだ。

 すごいことだと思う。

 私はこの年になっても、覚悟を決められずにいるのに。

 

「で、でもね、たとえエドがアネットと結婚しなくても私と結婚なんてできないわ。だって私は庶民なのよ。そして貴方は伯爵家の子息なの」


 私はアネットとは違うのだ。エドだけを選んでいばらの道を進むことはできない。


「それなら大丈夫だ。跡取りについては従弟を養子にすることで解決した。時間はかかったが両親も納得してくれた。そして私は父が持っている爵位の一つである男爵家を継ぐことにした。実は庶民になることも考えていたんだが、それについては父がどうしても許してくれなかった。男爵家なら君と結婚できると言われて承諾したんだ」


 何てこと。私が悩んでいるうちにエドはとんでもないことをしていた。男爵家? 伯爵家の嫡子だったのに、私のために男爵家になるというの? それになんだかもう決定したことのように話している。私からプロポーズを断られることは全く考えられてない気がするんだけど。


「男爵家だって貴族じゃないの。結婚なんて無理よ」

「そんなことはない。男爵家は庶民からなっている人もいる。問題はない」


 確かにそう言う人もいることは知っている。庶民でも活躍次第では貴族になれる。

でも私が今さら貴族になるなんて許されるのだろうか。他人がなんて思うだろう。

それにそんなことをして、セネット家が黙っていないのではないか。


「でもセネット家が何か言ってくるかもしれないわ」 


 アネットとの婚約解消はいっけんアネット側に非があるようにみえる。でも初めから仕組まれていたことは調べればすぐにわかるだろう。それでもあまり強く言えないのはアネットの方に非があるからだ。でもそんなときに私がエドと婚約するなんて知ったらどんなことになるかわからない。エドの方にも私という存在がいたとなれば、話が違ってくるのではないか。


「そうだね。だから私は男爵家に行く事にしたんだ。アネットだけが責任を取る形だと難癖をつけられそうだからね」

「でも…」

「大丈夫だ。君の兄の協力があるからね」

「兄さま?」


 まさかここで兄が出てくるとは思わなかった。


「そうだ。このことを考えたのは君の兄なんだ。アネットと君の幸せを一番に考えて動いてくれたんだよ」


 兄とはずっと会っていない。それなのに私の幸せを考えてくれていると言われても実感はわかない。


「そ、そんな…」


 エドは私に手を取り、跪いた。とても真剣な目をしている。


「アンナ、私のプロポーズを受けてくれるかい? 私は君を幸せにすることを誓うよ」


 その時の私は少しだけおかしかったのだと思う。よく考えればとんでもない事なのに、私は頷いていた。雰囲気に流されたのだ。未来のことなんて全く頭になかった。

 ただエドと一緒にいたいと思っただけ。そしてアネットのようになりたかった。たった一人を選んでみたかった。

 私が頷くと周りからも拍手と歓声が響いた。皆の注目を浴びていたようだ。

 私は涙が止まらなくなり酷い顔になっていたと思う。エドはそんな私の顔を優しくハンカチで拭いてくれた。


「酷い顔だ」


 エドは相変わらず口が悪い。涙を止めるために言ったのなら効き目は十分だった。ムッとして思わずエドを睨む。だがエドは私を見てはいなかった。

 エドは満面の笑みで拍手をしてくれている人たちに応えていた。

 私の肩の上にいたクリューは何故かエドの頭の上で手を叩いて喜んでいる。

 二人の笑顔を見ているうちに私も笑顔になっていた。

 でもすごく恥ずかしい。だって私たちに拍手をして「おめでとう」と言ってくれている人たちは知らない人ばかり。

 皆が皆、私たちの結婚を歓迎してくれるわけではないだろう。だから今だけでもこの歓迎ムードが嬉しい。たぶんエドも私と同じ気持ちでいるはずだ。

 もう一度貴族になることの不安は言葉にできないほどだ。でも、エドと一緒なら何とかなる気がする。ううん。自分たちの手で幸せにならなくてはいけない。

甘い考え? そうかもしれない。でも何もしないで、のちに後悔するよりずっといい。

アネットのように不可能を可能にして、幸せを自分の手でつかむのだ。

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