第75話 十八歳 4

 マルは希望通り、冒険者ギルドの職員になれた。残念ながら隣街だったけど、隣街は馬車で二日くらいの距離なのでジムやベラはホッとしている。

 最近の私は生まれて半年になる弟に夢中だ。生まれたばかりのころは触れることさえ怖く、遠巻きに眺めることしかできなかった。しわくちゃの顔をして泣くことしかできない赤ん坊は、正直可愛いとは思えなかった。兄さまが赤ん坊の時の私が可愛かったと言っていたのは嘘だったのねと思ったくらい酷かった。

でも半年もたつと人間らしくなってきたので、抱っこやおんぶをしておもりをすることもできるようになった。

 弟の名前はトム。新しい家族だ。

 トムには姉さんと呼んでもらうつもりだ。今はまだ話せないけど楽しみでしかたがない。


『それは無理じゃないかな。フリッツもアニーもアンナって呼ぶんだから、きっとアンナって覚えると思うよ』


 確かにクリューの言う通りだ。私は店にいる時間の方が長く、ほとんどの時間家で寝ているトムとは休みの日にしかゆっくり会えない。きっとアニーの方が姉さんって呼ばれるのが早いだろう。 一番初めに姉さんって呼ばれるのは無理でも、絶対に姉さんって呼んでもらうんだから……。


『なあなあ、エドからはあれっきり連絡はないのか?』

『クリューが知らないのに私が知っているわけないでしょ』

『僕がいないときに手紙が来たかもしれないだろ』

『そんなの来ていないわよ』

『本当に?』

『本当よ』

『おっかしいなぁ~』


 クリューが首を傾げているけど、エドから手紙が来たことは本当にない。

まさか結婚式の招待状とか? いや、さすがにそれはないだろう。

 おんぶひもでおんぶをしているトムはいつの間にか眠ってしまったようだ。

トムにはクリューが見えている時がある。もしかしてトムは私と同じように妖精が見える体質かもと思っていたら、クリュー曰く純粋な心をもっている人には妖精が見えるらしい。でも今の世の中で純粋な心の持ち主なんて赤ちゃん位なものだとか。トムだっていつもクリューが見えているわけじゃなく、時々のことなのでそのうち見えなくなるだろうとクリューは言っていた。それでもトムを見るクリューの目はいつもよりずっと優しい気がする。

 そこで私が気になったのは私には何故クリューの姿が見えるのかということだった。赤ちゃんのような純粋な心は持ち合わせていないと断言できる私になぜクリューが見えるのか。不思議だ。


『例外ってやつじゃないかな』


 クリューの答えは例外だった。まあ、結局のところクリューにもわからないってことみたいだ。長く生きているクリューにも初めてのことで、そういう人間(大人)がいなかったかクリューよりも年寄りの妖精に聞いてみたが、知らないと言われたそうだ。

クリューが私の傍にいるのは、研究のためでもあるらしい。退屈だった毎日に光が差したような気がしたとか…、でもクリューが研究している様子は全くない。毎日私の肩の上に乗って、つまみ食いをしているだけだ。これが研究の一環だとしたら、妖精の暮らしは随分楽だなと思う。


『クリューは何か知っているの?』

『何かって?』

『エドのこと気にしてるじゃない』

『気にしてるわけじゃないさ。ただそろそろ何か言ってきてるかなって思っただけ』


なんか隠してる気がするのよね。クリューにきっと色々なものが見えているんだと思う。でも肝心なことは教えてくれない。

あの合格発表の日もああなる事を知っていたみたいなのに教えてくれなかった。魔法の使い方とかは教えてくれたから、クリューなりの線引きがあるみたいだ。

エドのことは教えられない部類に入るらしい。

よくルウルウ風邪の薬のこと教えてくれたものだ。きっとあれは教えられない部類に入ってたはず。私たちのためにクリューは線引きを引き直してくれた。もしあの時クリューが薬のことを教えてくれていなかったら、家族の誰かが死んでいた可能性もあるのだ。そしてそれは私だったかもしれない。

だから私はあまり強く言えない。エドのこと知っているのなら教えてって言いたいけど、ぐっと我慢している。命が関わらない限り、どんなに頼んでも無駄だと思うしね。

それにしてもエドについて何を知っているのかしら。でも今さら何か言ってくるとは思えないのに.....。


「ン、ギャーーーーー!!」


トムが起きてしまった。クリューはわざとらしく耳を押さえている。妖精だから耳が聞こえなくする魔法くらい朝飯前なのに。

私は子守唄を歌いながらトムをあやすけど、お腹が空いているのか泣きやまない。


『お姉さんだって認めてもらえるのは、まだまだだ先になりそうだね~』


何をしても泣き止まないので、ガッカリしながら家に帰る。原因はオシメが濡れたからだった。 アニーがオシメを上手に替えるのを見ながら、子守って難しいなあって思っていた。

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