第67話十七歳 19
ロックのことが心配で、馬車で迎えに行くとガルマダール子爵家からとぼとぼと歩いてくるロックに出会った。どのあたりで魔法を解いたのかはわからないけど、全く気付かれなかったようだ。
借りた馬車を返して店まで帰るとホッと息をついた。ここまでくれば安全だ。
「それでこの薬はどうするんだ? 俺たちが売ったりするのはやばいだろ」
ロックがマジック鞄を指さして、今さらなことを聞いてくる。
「僕たちが盗みましたって言ってるようなものだからな。さすがに表立っては抗議してくることはないだろうが、危険すぎるよな」
フリッツもマジック鞄を眺めながらうーんと頭を悩ます。
「でも早めに配らないと亡くなる人が増えるわ。ここに薬があるのに助けることができないなんて……」
サラの言うように、できるだけ早く配りたいのは私だって同じだ。でも急いてから後悔する羽目になるわけにはいかない。慎重にしなければ皆が不幸になってしまう。
「この薬は一旦、セネット侯爵家に渡すことになるわ」
私が発言すると目に見えて、がっかりとした顔になった。結局貴族のものになってしまうのかと思うのも無理はない。でもセネット侯爵家を通さなければ薬を売買することは出来ないのも事実。私たちが売れば、いろんな人たちから、どこからこの薬を手に入れたか根掘り葉掘り聞かれるだろう。私たちはそれに答えることができない。盗んだなんて言えないのだから。
「この薬、ちゃんと庶民に配られるのかな」
フリッツが不安げに呟く。
「それは大丈夫よ。あの人たちは約束を違えたりしないわ」
エドもアネットも兄さまもこんな大事なことで、私たちを騙したりしない。
「そうだよね。姉ちゃんは病気の人を放っておける人じゃないもんね」
こういう時はやっぱりアネットはフリッツにとっては姉なんだなって思う。どんなに身分が離れてしまっても、血が繋がっていなくても姉に変わりない。
私にとっても兄さまは兄さまなのと同じなのだろう。たとえセネット家の二人がどう思っていたとしても私たちにとっては姉であり兄なのだ。
「それにしても簡単だったな。あれでは泥棒が入り放題だぞ」
ロックがどれほど簡単だったか詳しく話してくれた。私はそれを聞いて首を傾げる。いくらなんでも貴族の屋敷としていかがなものか。ロックの魔法がなくてもいくらでも入れそうだ。
『うーん、いつもはそんなことないよ。あの部屋の前にも人が立ってるよ』
クリューも首を傾げている。
私がクリューの意見を皆に伝えるとロックが、
「なんだ。使用人の中にセネット家のスパイがいたってことだな。それならそうと話してくれたらあんなに緊張しなかったぜ」
と嫌そうな顔をした。
なるほどね。確かにあり得る話だ。兄さまは元々あの貴族を怪しんでいたみたいだから、スパイを潜り込ませていてもおかしくない。
「何を言ってるの。少しくらい緊張している方が良いのよ。それにスパイなんて当てにしていたら足元をすくわれるわよ。いつ裏切るかわからないんだから」
さすがにサラは手厳しい。でもサラが言っているようにスパイだったものが裏切ることはよくあるので当てにしないほうが正解なのだろう。
「まあ、そうなんだけど。なんかしてやられたって感じがしてさ」
ブツブツとロックが呟いていた。
「なんかお腹が空いたな」
「そうね。今日は朝から緊張して食べられなかったから、安心したらお腹が空いてきたわ」
私は早速温かい食べ物を用意した。やはりここは鍋でしょう。簡単にできるし雨で濡れてしまって冷えてしまった身体も暖まるはずだ。
鍋もサラに教えてもらった料理だ。鍋いっぱいにキノコや肉や野菜をたくさん入れてうどんも入れて煮立たせる。それをショウユの中にダイダイという柑橘の果物を絞ったものにつけて食べると、とても美味しいのだ。
エビやカニを入れるとさらに美味しくなるらしいけど、海が遠いため値段が高くて手が出なかった。いつか食べられるといいなと思っている。
「あちっ、でも美味い」
フリッツはいつものように食べようとして舌をやけどしたようだ。
「やっぱり冬に鍋はいいわね」
「ああ、冷えた身体が暖まるぜ。それにしてもダイダイまでよく手に入ったな」
「なんか東の国と取引している店があるのよ。米もショウユもミソもそこで買ってるのよ」
「へ、あんな遠い国からすごいことだな」
サラとロックの会話を聞きながら私も食べる。一度地図で見たけど確かに東の国は遠い。あんな遠くから運んでいる割にコメは安い。なんかからくりがあるのかもしれない。
でも今はそんなことはどうでもいい。
「このダイダイのすっぱい感じがいいわ~」
早く食べないとなくなってしまう。大きな鍋を皆で囲んで食べるのはとても楽しい。
明日の夕飯は家族で鍋もいいかもしれない。
一番の難題だったルウルウ風邪の薬も手に入れたから、きっと近いうちに庶民にも薬が手に入るようになって多くの人が助かるだろう。
ロックとサラがこの先どうするのかはわからないけど、少なくとも黙っていなくなることはないだろう。
鍋を楽しそうに食べている二人を見ながらそんなことを考えていた。
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