第65話 十七歳 18

 決行の日は朝から雨が降っていた。

 私は心配でならない。サラだって笑顔を振りまいているけど、本当はロックに危ないことをしてほしくないと思っているはずだ。


「サラ、本当にいいの?」


 私はロックがフリッツと話をしている時にそっと尋ねた。


「嫌だけど、止められないわ。ロックは自分を責めているの。彼がやらなくても他の人がしただけだとは思えないみたい。そういうところが彼のいいところだけど、今回ばかりは一緒に逃げてほしかったわ」

「姿隠しの魔法って便利だけどちょっと怖いわね」


 ロックがこの魔法を使うと誰も彼を認知できないらしい。どんな魔法でも彼がどこにいるのかわからないそうだから攻撃し放題だ。今回は攻撃するわけではない。誰にも見つからないように薬を盗ってくるだけだ。

 でも倉庫いっぱいにある薬をどうやって彼一人で運ばせるつもりなのか。それに鍵だってかかっているはずだ。

 決行の日になっても肝心のことは知らされていない。


『カランコロン』


 店に入って来たのはバレットだった。


「バレットさん、その節はお薬ありがとうございました」

「いえ、アンナ様のお役に立てて良かったです。それにこのたびは大変おもしろ…ゴホッ、良さそうなお話をいただいて主人ともども喜んでおります」


 バレットの主人はアネットの兄のことだろう。兄はルウルウ風邪の薬を手に入れようとして、ガルマダール子爵に高値を吹っ掛けられたことを根に持っていたようだ。アネットはそのことを知っていたから兄が協力してくれると踏んでいた。


「それで? お礼を言いに来ただけではないのでしょう?」

「はい。こちらが薬を入れるための鞄と鍵を解除するための魔石です」


 鞄はとても倉庫いっぱいの薬が入るとは思えないほど小さい。これでは助けることができる命も少数にしかならない。


「それはまさかマジック鞄ですか?」


 マジック鞄? 空間魔法が使われているとかで見た目以上に物が入るらしい、伝説級の品物だ。ダンジョンでしか手に入れることができないと聞いたことがある。ほとんど市場に出回ることがないので見た人も少なく、本当に存在するのか妖精よりも怪しまれているくらいだ。


「セネット家の家宝です。間違っても失くしたりしないでくださいね。もし失くされた場合、あなた方の命では償うことは出来ませんから」


 素敵な笑顔で恐ろしいことを言うバレットに、皆の顔がゆがむ。天井知らずの値段がつくだろうマジック鞄なんて使いたくはないけど、この鞄がなければ薬を手に入れることは出来ないだろう。

 恐る恐るロックがマジック鞄を受け取る。手が震えているけど大丈夫かしら。


「その魔石で本当に鍵が開くの?」

「そうですね。ほとんどの鍵はこれで開けることが可能です。さすがに王家の宝物庫の鍵は開けることができないでしょうが、それ以外ならかざすだけであっという間に解錠しますよ」


 説明するバレットはとても嬉しそうだけど、そんな魔石があるのが怖い。鍵の意味がなさなくなってしまう。

 もちろんそんな恐ろしい魔石が普通に売っているはずもなく、この魔石もセネット家の家宝(?)の一つということだ。セネット家っていったいなんなのと思わず叫びそうになってしまった。


「ご主人さまからの伝言ですアンナ様」

「は、ハイ!」


 バレットの言葉に背筋がシャキンとなる。兄の言葉は絶対だ。小さい頃に植え付けられたことは時間が経っても忘れることはない。


「くれぐれも手助けをしようなどと考えて、問題を大きくしないようにとのことです。貴女が動けば動くほどロックが危険になることを頭に入れておくようにとのことです」


 うっ、完全に読まれている。でも私だって成長している。昔のように無鉄砲ではないので考えて行動するくらいはできる。

 セネット家の家宝を二つもロックに与えているということは、セネット家は彼を見捨てるつもりはないと言うことだ。それがわかったので無茶はしない。もし彼らがロックを使い捨ての駒にするつもりなら、誰が何と言おうと助けに行く気だったけど、ここで大人しく待つことにした。マジック鞄や魔石があるのなら、私が行く方が邪魔になりそうだしね。

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