第40話 十五歳 2
報告会はいつもより長くなった。別にフリッツの件で長引いたわけではない。
新しいメニューについて、議論していたからだ。
「確かにこの『おかゆ』って料理は美味しいが、ボリュームがないから男には物足りないんじゃないかな」
「俺もそう思う。『おかゆ』より『うどん』の方がこうお腹に溜まる感じがあるよ」
新メニューの『おかゆ』は男性陣には物足りないようだ。
私は結構気に入ってるけど、残念ながらお蔵入りになりそうだ。
「で、でも女の人にはいいと思わない? 『うどん』だけで勝負するのもいいけど、変わったメニューも必要よ」
お米好きのサラは『おかゆ』をどうしても売りたいようだ。
「だがこの『おかゆ』用のお米っていうのは手に入るのか? 売れ出した途端に売り切れとかになるのは困るぞ」
確かにお米は手に入ってはいるけど、売っている店は一軒だけだ。そう、たった一軒。
一年を通して売ることができるかわからない。
でも私も『おかゆ』は好きなので売りたい気持ちはある。この美味しい料理をみんなに食べてもらいたい。
何か良い方法はないかしら。
「あっ、じゃあ試しに売ってみるのは? みんなの反応をみて決めたらどうかなぁ。お米がどのくらい手に入るかは結果が出た時に考えることにしようよ」
フリッツの妥協案にみんなが頷いたことで、期間限定メニューとして『おかゆ』の販売が決まった。
新メニューは他にもある。冬限定の『ココア』にマロンクリームのクレープ、そしてきなこ団子。
きなこをはじめて知ったのは三か月前のことだ。あのお米を売っている店に売っていたのだ。サラがいなければ買うことはなかっただろう。このきなこに砂糖を混ぜたものはアイスにかけて食べた時の感動は忘れられない。
本当にサラの故郷は美味しいものばかりある。一度行ってみたいものだ。きっと他にも変わった食べ物が沢山あるに違いない。
エドも私と同じように思ったのかサラに、
「サラさんの故郷って他にはどんな食べ物があるの?」
と尋ねていた。
「そうねぇ、私は『ナットウ』が一番好きよ」
「ナットウ?」
「豆を腐らせたものよ」
「く、腐らせたもの?」
「あら、腐らせたものは駄目なの? チーズだって似たようなものでしょ」
「う、それはそうかもしれないが…、それって本当に美味しいのか?」
「うーん、匂いが強烈だから嫌う人もいるけど、好きな人の方が多いわよ」
『ナットウ』については私も聞いたことがある。一度食べてみたいものだ。豆を腐らせるだけなら、作れないだろうか…。
「ちょっと、待て。今、不吉な事を考えただろ」
「えっ、考えてないわよ。豆を腐らせようとか、考えてないから」
「考えているじゃないか」
「はっははは」
「ははは、じゃないから。絶対に作るなよ」
「はいはい、作りません」
エドって意外と冒険心がないのよね~。
そこが良いとこでもあるけど、残念なとこでもある。
「エドモンド様とはどうなっているの?」
サラに聞かれて私は戸惑う。
「どうって?」
「アンナも十五歳。もう結婚している子だっている年よ。わかるでしょ?」
「わかるけど、どうにもならないわ。だってエドは伯爵になることが決まっているのよ。私とは身分が違うのよ」
身分だけはどうにもならない。私とエドは本来なら出会うことのない二人だった。
運命のイタズラではなく、妖精のイタズラのせいで出会ってしまっただけ。でもその出会いは間違いだった。
だから交わることはもうない。
「エドモンド様は気さくな方だから身分とか忘れそうになるけど、貴族と庶民ではやっぱりどうにもならないのかしら」
「そう貴族様なの。だからどうにもならないの」
エドとの婚約が解消されたと聞かされて時から、ずっと考えていたことだ。どんなに傍にいても彼と私は違うって。エドは貴族で私は庶民。天と地ほど変わってしまった。
「エドモンド様なら身分とか関係なくアンナさんを選ぶんじゃないかと思ったの。でもそういうのって物語だけなのね」
「そうよ。物語では王子様が身分違いの女性と一緒になって、幸せになりましたってあるけど、あれは嘘ね。反対されるにきまっているし、幸せになれるわけないもの」
もっと明るく話すつもりだったのに、暗くなってしまった。エドとのことを聞かれるとついつい暗くなってしまう。
「なんだか私たちって男運がないわね」
「そうかもしれない。もしかしてふたりとも一生独身でこの店をやってたりして…」
「不吉なこと言わないで。なんだかそんな気がしてきたわ」
ぶるぶる震えるサラを見て、私は笑った。
サラは私より年上で、はっきり言って結婚適齢期ぎりぎりなので笑い事じゃないけどね。
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