第30話 十四歳 18
冬になると風邪が流行する。普通の風邪なら薬師が処方する薬を飲んで休んでいれば治る。そう普通の風邪なら。ルウルウという特殊な風邪が流行した年は何人もの死者を出す。
おそらくサラの両親が亡くなったのもルウルウ風邪のせいだろう。あっという間に街全体に広がる危険な風邪だ。もちろんルウルウ風邪に感染しても助かる人も少なからずいる。そして全く感染しない人もいる。薬はその時によって変わるらしく、薬ができたとしても小さな村や町には流行が治まる頃にしか手に入らない。
ここは王都だからもし流行しても薬は手に入れやすい方だろう。かくいう私も何年か前にルウルウ風邪に感染したが薬で治った。一気に熱が上がって苦しかったのを今でも覚えている。両親は感染を恐れて見舞いにもこなかった。メイドたちも感染するのが怖いのか用事を済ませるとすぐに部屋から出て行った。
でも兄だけは訪ねてきてくれた。そして熱で苦しむ私に癒しの魔法をかけてくれた。癒しの魔法はルウルウには効かないけど少しだけ楽になった気がした。
『クリュー、風邪にならないためにはどうしたらいいの?』
『うーん、体力がある人はかかりにくいみたいだね』
『体力?』
『最近は肉も食べてるから大丈夫だと思うな』
私が心配しているのが新しくできた家族のことだとクリューにはすぐにわかったみたいだ。
アニーもマルもフリッツも最初に見た時よりずっと顔色が良くなって、痩せていた身体も普通くらいにはなった。でも母は相変わらず痩せている。仕事のしすぎではないだろうか。
『あの人が心配なの』
『お母さんのこと?』
『そうよ。なんだか顔色が悪いでしょ? 冬が近づくから無理をしているんじゃないかしら』
『そうだね。夜もあまり寝ていないみたいだ』
『やっぱり。侯爵家からいただいたお金があるのだから、そこまで無理して手仕事をしなくてもいいのに』
どうしたものかと考える。母のお皿にお肉を入れておいても、いつの間にかマルとフリッツの皿に移動している。
このままでは母が一番に病に倒れるだろう。今までは頼れるアネットがいたから母はここまで働かなかったのではないかと思う。
『私が頼りにならないからだわ』
『アンナは頑張ってるよ』
『まだまだよ。冬になってもお金が稼げるようにならないと…』
『ドレスを売った金があるだろ? 足りなかったらまた売ればいい』
ドレスはまだ持っているから、売ればクリューが言うようにお金は手に入れることができる。でも今年大丈夫でも来年、再来年は? いつかはドレスの在庫もなくなってしまう。
『五人家族の食費ってどのくらいかかるのかわからないのよね。マルが燃料費もかかるって言ってたでしょ? 冬の間、収入がなくても大丈夫だと思う?』
『家計簿をつけたらどうだ? 人間は家計簿ってやつをつけるんだろ?』
『かけいぼ?』
『知らないのか? 収入と支出を紙に書いて残しておくんだ。ひと月にどのくらい使って、稼いでいるのか一目瞭然だろ』
確かに残しいておくことは必要だ。今までどのくらい使ったのかはだいたい把握しているけど、全部じゃない。それに記憶だけではいつかは忘れてしまう。
『これからはかけいぼをつけることにするわ』
クリューは嬉しそうに頷いている。
でもそれだけでは解決しない。何とかしなければ。
私の横で馬車が止まったのはそんなことを考えている時だった。
「アンナ!」
馬車から降りてきたのはエドだった。久しぶりに見るエドは輝いて見えた。
「エド?」
「君が学院にいなくてびっくりしたよ。だから会いに来たんだ」
豪華な馬車に貴族の服を着たエドは別世界の人に見える。庶民の地味な色合いの服を着た自分の姿がとても恥ずかしく感じた。
エドはどうして私に会いにきたのかしら。もう二度と会うことはないだろうと思っていたのに。
突然のことに私は目を見開いてただエドを見つめることしかできなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます