第24話 十四歳 13

「そうね。アンナさんはまだ十四歳。これからいくらでもいい男に会えるわよ」


 少しだけしんみりとした空気を晴らそうとしてか、サラは明るい声で言った。


「そうよね。今度は親に決められるのではなく、結婚相手は自分で選ぶことができるのよね」


私が冗談めかしてそういうとサラが首を傾げる。


「それはどうかしら。庶民の結婚も親が決めるのが多いのよ」

「そうなの? 庶民は結婚相手を自由に選べるのかと思っていたわ。庶民になっても自由に相手を選べないのね」


 正直まだ結婚とか考えられないのでどうでもいい気もした。ただ貴族の結婚は家同士のつながりとかあって自由はないけど、庶民は自由に選べると思っていたので驚いただけだ。


「心配しなくても親に反対されるような相手を選ばなければ大丈夫よ。でも田舎だとほとんどの人は親が決めた相手と結婚しているわ。結婚式の日に初めて相手に会うことも珍しくないのよ」


 結婚式の日に初めて会った人と結婚? それはちょっと嫌かもしれない。


「それで幸せになれるのかしら」

「うちの祖父母は幸せそうだったわ。もっとも初めはどうだったかは知らないけどね」


 いろいろな結婚の形があることを知った。

 でも私は今度婚約するときは自分で選びたいと思った。

 話をしているうちに開店時間になった。私もサラを手伝ってクレープを作った。本当は売り子を経験してみたかったけど、まだお金の扱いが下手なのでサラを見て学ぶことにした。

 計算は得意だけど買い物の経験が少ないから戸惑ってしまう。

 でも屋台ではどの客も大きいお金を出すことはない。これなら私でも大丈夫な気がする。あとは客のあしらい方だ。安くしてほしいと言われた時やクレームに対する処理。サラはてきぱきとさばいていく。

 今まで一人でクレープを作りながら対処していたなんてサラはすごすぎる。

 私はサラから入った注文を聞いて、黙々とクレープを作っていく。

 一番人気はほんのり香るバターに甘いメープルシロップを組み合わせたメイプルバタークレープ。値段も手ごろなのでほとんどの客がこれを頼む。

 冒険者の人に人気なのは野菜の上の乗せたウインナーソーセージにとろけたチーズと特製のソースをかけクレープ。この特製ソースは秘伝の味とかで教えてもらっていない。詩行錯誤したけどまだまだこのソースの味は再現できていない。ピリッとした味が難しいのよね。


「あー、材料増やしたけどやっぱり売り切れになりそう」


 サラが言うように今日も昼過ぎには在庫がなくなりそうだ。


「日に日に人が増えているみたいね」

「有難いことだけどいつまで続くかわからないのよね」

「こんなに売れているのに?」

「冬になると人通りが減るのよ。屋台ではなく暖まれる所で食べたり飲んだりするからね」


 庶民のほとんどは昼ご飯を食べない。でもちょっとしたおやつを食べる習慣はあるらしい。でも冬の寒いときに屋台で買って外で食べる人は確実に減ってしまうそうだ。


「じゃあ、今のうちに稼がないと」

「明日はもっと材料を用意することにするわ」


 マルとフリッツが迎えに来たときは店じまいをしている時だった。サラはマルとフリッツに昨日と同じようにクレープをくれた。今日はウインナーソーセージ入りだったので二人はとても喜んでいた。


「いいの?」


 私が尋ねると、


「いいのよ。男の子はもっと食べなきゃだめよ」


と言った。やっぱりサラから見ても二人は痩せすぎているようだ。食事の改善は少しずつしているけど、肉を手に入れないと駄目みたい。


「やっぱり肉が必要だわ」


 わたしが呟くとマルに睨まれた。昨日も肉を買おうとして反対されたばかりだ。

 マル曰く肉は贅沢品ってことらしい。


「肉を買うのは駄目だ。冬になったら稼ぎがぐっと減るんだ。そんなものを買う余裕はない」

「だから私が買うからって言ったでしょ。人間は肉を食べないと成長しないのよ」

「そんなことはない。貴族と違って肉を食べることはほとんどないけど僕たちは成長している。それにアンナが持っているお金は学校に通うための金じゃないのか?」

「学校には行かないって言ってるのに。頑固なんだから」


 サラが私たちを見てクスクスと笑った。


「本当に仲がいいのね。マル君の言いたいことはわかるけど、アンナさんの言うように強い冒険者になるつもりなら肉は食べたほうがいいわ」


 私が言っても駄目だとしか言わなかったのにサラに言われると気になるようだ。目が泳いでいる。


「でも肉は高いから…」

「うん。冬が越せないと困るし…」


 二人が私のお金を使いたくない事だけはわかった。二人の姉であるアネットを売ったみたいな気がするのかもしれない。


「アンナさんは明日も手伝ってくれる?」

「ええ。私は暇だからいくらでも手伝うわ」


 手伝いをしているといろいろなことが学べて楽しい。庶民として生きていくために必要な知識があるのだ。


「はい。今日手伝ってくれたお金よ。これでお肉を買うといいわ。もちろん明日も払うわ」

「えっ? お手伝いにお金をくれるの?」

「クレープを作ってくれたのだから当たり前よ。私一人では今日のお客を全部対象するのは無理だったわ」


 こうして私は仕事を手に入れることができた。

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