第19話 十四歳 9
焼き立てのパンと胡椒をきかせたスープの夕食は好評だった。マルやフリッツからの誉め言葉はなかったけど、がつがつと食べる姿で食事を気に入ってくれたことがわかる。昨日も思ったけれど食事のマナーはそれほど悪くない。がつがつしていても、口に入れたまま話したりはしない。庶民でもそのあたりは教育されているようだ。
「明日は買い出しに行こうと思うの」
私は一応明日のことについて皆に話した。
「買い出し?」
マルが不機嫌そうな声を出す。
「食料品の買い出しよ。スープを作るにも材料がいるでしょ?」
「明日は学校が休みだから僕たちで買いに行く予定だ。薬草を冒険者ギルドで売ったからお金もあるし、アンナが行かなくてもいいよ」
マルの返事にフリッツも頷いている。でも私も買い出しに行きたいのに。
「そうね。三人で行けばいいわ。アンナは市場のことも知らないでしょ? マルとフリッツが教えてあげて」
「「えーっ!」」
「母さんは裁縫で忙しいのよ。頼むからアンナにこの街のこと教えてあげてね。特に近付いたら駄目な場所は念入りによ」
「…わかったよ」
マルは不承不承という感じで頷いている。近付いては駄目な場所ってどんな場所なんだろう。駄目だって言われると行きたくなるのよね。
「おい、今変な事考えているだろう。僕たちの言うこと聞けないのなら連れてはいけないからな」
マルってどうして私の考えていることがわかるのかしら。
「私はマルより年が上なのよ。一人で買い物くらいできるわ」
「アンナ、それは駄目よ。このあたりは危険が少ない方だけど、全くないわけではないの。特に若い女の子は気を付けないと騙されたりすることがあるの。マルとフリッツに教えてもらうまでは外出禁止よ」
母の真剣な瞳には有無を言わせない何かがある。マルもこの瞳に弱いのね。
「はい。わかりました」
こうして明日はマルとフリッツと出かけることが決まった。
今日は食事の後片付けも手伝うことができた。皿洗いは魔法でもできるけど母に教えてもらいながら洗う。母と一緒にすることがなんとなく楽しい。
クリューは私の肩の上に座って、そんな私を見守ってくれていた。
部屋に戻ると開けられていない箱が待っていた。
『片付けないのか?』
『うーん、でもどうせ着ることがない服ばかりでしょ? それに片付ける場所がないわ』
私の部屋にあるタンスにはアネットが着ていた服が入っている。今の私に必要なのは庶民用の服で、貴族の時の服ではない。このまま箱の中に眠っていてもらっていいのではないだろうか。でも確かにこの部屋には邪魔な気がする。
『仕方ないなぁ。僕が預かるよ。狭い部屋がこの箱のせいで余計に狭く感じるからな』
クリューはそう言って箱を片付けてくれた。クリューの空間魔法って本当に便利だよね。私には空間魔法の才能がなかったのが非常に残念だ。
『明日の買い出しで小麦粉とかたくさん買う予定だったけど、マルとフリッツがいるとクリューに預けるのは無理だね』
『それならアンナが空間魔法を使えることにしたらいいんじゃないか?』
『でもそれだとクリューがいないときに空間魔法を使ってくれって言われたら困るのよね。クリューもいつも私の傍にいるわけじゃないでしょ?』
クリューは時々どこかに出かけている。妖精としての用事みたいなのがあるんだと思う。
『それは困るな』
『そうでしょ』
とっても便利な魔法だけどホイホイ使えるものではない。特にクリューのことは皆には見えていないのだから気を付けないとね。
私はクリューに聞きたいけど聞けずいることがある。もしそれを聞いたとたんにクリューがいなくなったりしたらと思うと口に出せない。
クリューの仲間である青い頭の妖精のことだ。彼はアネットと一緒にいるのだろうか。アネットも私と同じで妖精が見えるのか。
聞きたいことは沢山ある。でも聞けない。
それに答えを聞いたところで何も変わらないのだ。アネットが私と同じように妖精と一緒にいたとして何も変わらない。合格発表の日の親子の再会が偶然ではなく仕組まれていたことだとしても、私にはどうすることもできない。
『もう寝るんだろう?』
『うん、クリーン魔法で奇麗にしたら寝るわよ。それにしてもお風呂に全く入る様子がないけど、いつ行くのかしらね』
母とアニーはほとんど家の中で過ごしているからそれほどでもないけど、マルとフリッツは薄汚れている。濡れたタオルで拭いたりはしているようだけど…。いっそのこと寝ているときに魔法をかけようか。でも朝になって大騒ぎになるのは困る。
『生活魔法が使えることは話したらどうだ? 別に隠す必要はないだろ』
『うーん、そうよね。でもアネットに比べるとしょぼい魔法だからがっかりされそうで言いにくいのよね』
『庶民にしたら生活魔法が使えるだけでもすごいことだと思うぞ』
『うーん、いつまでも黙っているのも限界だし、明日にでも話すわ』
ベッドに横になるとクリューが足元で丸くなって眠る。
夢の中に現れるのは前の家族だ。優しい笑顔の家族。まやかしだったってわかった今でも夢の中の家族は優しい。
そしてきまって最後にエドがいる。初めて会った時の不機嫌そうな顔のエドもいれば、私が作った料理を美味しいと食べてくれるエドもいる。
どちらのエドも懐かしい。会いたい。でも、もう会えない。
朝目覚めた時にはいつも涙の跡がある。いつか夢を見なくなるのだろうか。
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