第18話 スコーンーフリッツside

フリッツにとって五歳年上の姉アネットは父親のような存在だった。アネットが働かなければ家族は路頭に迷っていただろう。アネットは常にお金を稼ぐことだけを考えて生きているようなそんな人だった。


「いつかきっと見返してやる」


この言葉が口癖だった。

 誰に? と聞いても答えてくれることはなかったけど、常に前を向いて歩いている姉は逃げてばかりいる父よりずっと父親らしかった。

 大きい家に移るときにおかしい気がした。今まではどんなに稼ぎが良くなっても家を変わろうとはしなかった。家にお金をかけるのはもったいないと言っていたのだ。それなのに急に自分の部屋が欲しいと言い出して大きな部屋を借りた。

何故そんなことをしたのか。姉はこうなることがわかっていたのではないか。そんな気がする。そう、姉は貴族として暮らしていたアンナのためにこの家を用意したのではないか。でも姉にとっては赤の他人に過ぎないアンナのために大事にしていたお金を使うだろうか? 自分がアンナの場所を奪ってしまうことを知っていたとしか思えない。そのことに罪悪感でも感じたのか? 姉はそんな甘い奴じゃないはずなんだけど……。


「アンナのことどう思う?」


 学校が終わってフリッツとマルは森へと続く道を歩いている。マルからアンナのことを聞かれたフリッツは首を傾げる。


「どうって?」

「だから、本当に僕たちの姉なのかってことだ」

「そりゃ、そうだろう? 姉ちゃんと入れ替わっていたんだからさぁ。それに姉ちゃんは僕たちとはまるで違った。外見だけでなく内面も普通じゃなかっただろ? それに比べるとアンナは僕たちに似ている」

「確かにな。僕だってやっぱりなって思っているさ。でもアンナからも僕たちとは違う匂いがする」

「それは…貴族として暮らしていたからじゃないか?」

「うーん、そうなのかな」


 それほど歩くことなく目的地にたどり着く。たくさんの薬草があるこの場所はアネットが見つけてきてくれた。傍には洞窟もあり近くに川も流れている。それにこのあたりには何故か魔物が近付かないので、安心して採取できる。

 ポーションに使える癒し草、満月草、毒消草といろいろあるけど、このあたりで採取できるのは癒し草と毒消草の中級だ。上級だと値段が倍になるけど、魔物を狩れないフリッツたちには中級の薬草が採れるだけでもありがたい。

 全部採り尽したりしたら次が採れなくなるから駄目だと教えてくれたのもアネットだった。誰かにこの場所が見つかる前に一気に稼ぎたかったマルは全部採取したかったけど、アネットには逆らえなかった。


「なあ、アネットがいなくても約束は守るよな」


 フリッツはマルに尋ねる。


「ああ、妖精を怒らせたくはないからな」


 この場所は妖精の水飲み場だから結界に守られているのだとアネットに教えられた時、二人は半信半疑だった。それでもアネットに従ったのはアネットが持つ不思議な力を知っていたから。


「本当に妖精がいたなんてね」

「子供を入れ替えて何がしたいんだか……」

「兄ちゃん、アンナから貰ったのを食べようよ。僕、お湯を沸かすから」


 洞窟に置いてある荷物から鍋を取り出して、火を熾してお湯を沸かして薬草を採る時に一緒に採ったきのこでスープを作る。


「雪が積もったらさすがに採れなくなるな」

「今年の冬は姉ちゃんもいないし、どうなるんだろう」

「姉ちゃんの家からお金貰っていたから今年は大丈夫だろう。それよりあいつにお金を盗られないようにしないと…」

「あいつってアンナのこと?」

「いや、父ちゃんだ」

「…父ちゃんかぁ。いま、どこにいるんだろう」


 フリッツは父親があまり好きではなかった。たまに現れて可愛がってくれるけど、アネットにだけは冷たかった。そして母を責めることばかりして、金遣いも荒かった。だからいなくなってホッとしていたのに、また現れるのだろうか。

 フリッツは嫌な考えを振り払うように頭を振って、スープをお椀によそう。


「少し寒いから温まる」

「アンナにもらったスコーンも熱い石の上に置いていたから温かいはずだよ」


 スコーンはパン屋ででも売っているからフリッツもマルも見たことはある。けれど食べたことはない。日頃食べているパンの何倍も値段がするスコーンは高根の花だった。実は朝貰った時から食べたくて仕方がなかったのだ。


「上手い!」


 サクッとした食感。口の中に広がるバターの香り。初めて食べる味だった。

 マルもフリッツも言葉さえ忘れて食べることに熱中した。


「なあ、またスコーン食べられるかなぁ」

「これって侯爵家で作ったものだろうから、アンナは残りを持っていただけだろ? 次は買うしかないけど、魔物を狩れる冒険者になるまでは無理だろうな」


 一気に食べたことを後悔しながらマルは紙袋に残っているスコーンの小さなかけらを口に入れる。


「僕早く魔物を狩れる冒険者になってお金を稼いでスコーンをたらふく食べられるようになるよ」


 マルが宣言するとフリッツも手をあげる。


「僕もスコーンのために頑張る! でも魔物を狩れる冒険者になるのってまだまだ先だよね。もっと早く食べたい。ああ。アニーにも食べさせたかったなぁ」

「うっ、勢いで全部食べたけど、母さんにも残せばよかった」


 二人が後悔しているころ、母親と妹のアニーは焼き立てのスコーンをジャム付きで美味しくいただいていた。

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